疲弊文学.

疲れていた。
彼はただ、疲れていた。
疲弊の中に自分を見出していた。疲弊があり、自分があった。とてつもない時間を掛けて、労力を費やして、彼は疲れていった。
疲弊はオブラートのように彼を包んでいた。蒲団に包まれ、彼は深く眠った。彼が眠る間、樹木が育ち、熊たちは都市へと赴き、育ち盛りの木の実を齧った。疲弊は彼の中枢を砕き、柔らかくふやけた肉を育てた。疲弊があるからこその成熟した睡眠を得た。
とても信頼できる眠りは彼に束の間のくつろぎを与えた。それでも疲弊は彼の身体の、心の、彼を取り巻く環境の、その全てに恋人の左手のように絡まりついていた。疲弊は彼を愛していた。

ある日、疲弊にまみれた睡眠から解放され起床した彼は、眠気眼で砂糖菓子を齧った。砂糖を直接脳に摂取しているかのような鋭い甘みだった。身体が一気に覚醒に向かうのを感じた。その菓子を次々に噛み砕いた。顎を上下動させて、砂糖と砂糖の間を歯が潜り抜けた。砂糖の崩れたあとの粉が、使い古した革靴の上に落ちた。
彼は動き始めた。

まずは木材屋に行って、木の切れ端を安価に買い購めた。ずだ袋の生地である布切れも、隣家の貴婦人が嫌味のようにリビングに敷いていた虎革の絨毯と同じくらいの面積だけ木材屋に切ってもらった。木材屋は「そんなもんタダで持っていけ」と煙草をふかして木材を切り刻みながら呟いた。
彼は礼を言って店を後にする。

彼は家に帰り、木と布の切れ端を組み上げ、みるみるうちに小屋を作り上げた。
それは、見る人によっては哀れとでも思われかねないようなみすぼらしい姿をした小屋だったが、彼にとっては宮殿に違いなかった。
彼は疲れを忘れて作業に没頭した。

そして彼は、布の切れ端の余りにインクで文字を書き連ね、50枚ほど同じものを作ると近所の仲間たちに配り始めた。
機械工は「なんだこれは」と怪訝な顔をしたし、薬屋は老婆で全く字も読めないほど老眼だったが、渡した。菓子屋は鋭い甘みの砂糖菓子を売ってくれた青年で、「菓子はいるかい?」とまた聞かれたが彼は丁重に断り、布切れだけ手渡した。青年は「ありがとう、また来てくれよ」と好意的な笑みをこぼした。
そうして町の50人に切れ端を配り終えると、彼は先ほどの小屋に籠り、何やら稽古をし始めた。

冬の短い陽はみるみるうちに西の空に落ち、やがて暮れた。辺りは暗闇に染まり、町は静寂に沈んだ。
また陽は上り、暮れて、上り、暮れて、上り、暮れて、上り、暮れた。

ずた袋の生地でできた幕が開き、木の切れ端でできた舞台に裸電球の明かりが灯った。
彼は、まだらに生えた芝生の上を歩いて舞台に上がる。

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彼はベッドに倒れ込む。
疲れた。
疲れ果てていた。

疲労の中に自分があり、自分の中に疲労があった。
多くの時間を使い、労力を費やして、彼は疲れていった。今は立つことすらままならない。
疲労は毛布のように彼を暖かく包んだ。

町の人は皆、彼の檜舞台を見届けに、何やらぶつくさ言いながらも集まってくれた。

機械工は無言で腕を組んでいたし、薬屋の老婆は起きているのか寝ているのか分からない顔で椅子に座っていた。菓子屋の青年は件の砂糖菓子を噛み砕きながら舞台を真剣な目で見つめてくれていた。

彼の初舞台は散々な結果と言っても過言ではない出来栄えだったが、町の人たちはとても喜び、疲れ果てた彼に酒を振る舞ってくれた。
下戸の彼は丁重に断ったが、とても良い夜だった。

快い疲れに包まれ、夜が更けた。
深い泥の眠りに彼は絡め取られ、ベッドへ沈んでいった。
彼にとっての宮殿も夜露に濡れる。朝陽が上る。

彼はこの疲労を愛していた。

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