経済学

私はもともと理工系出身なのだが(物理と数学が大好きだけど専門家のように分かるわけではない)、20代のとき、もっと社会の仕組みについて学びたいと思って大学院で人文系の政治学や社会学をかじり始めた。その際、自然科学と同じく数字を扱うから分かりやすいだろう・・・という感じで経済学も学び始めた。しかし、軽いノリで始めた経済学で壁にぶち当たる。

教科書を開いて、「需要と供給」、「限界効用」、「生産関数」・・・などの理論をふむふむと読んでいったのだが、内容が上位概念に移り「古典派経済学」、「マルクス経済学」、「新古典派経済学」、「ケインズ経済学」・・・などの話題になってきたところで混乱してしまったのだ。物理学では、よほどのことがない限り理論が覆されることはない。その理論を前提として様々な研究が積み上げられ、学問として大きな成果を上げてきた。理工系出身の私は当然そんな認識で経済学の理論を捉えていたので、時代によってコロコロと理論体系が変わることが理解できなかった。

さらに"理論"の捉え方についても悩んだ。物理学における理論とは厳密なもので、理論を使えばかなりの精度で現実を推測することができる。もし推測が大きく外れるならば、その理論のどこかに不備があると見なされる。一方で経済学の場合、理論を使って現実を推測しても実際は当たり外れが大きい。これは経済学者を集めて今後の経済予測をさせると、皆がいろいろと予測する光景をイメージすれば分かるだろう。(たとえ彼らの知識レベルが同じであっても…である)

他人からみれば些細なことだが、当時の私は深刻に悩んでいた・・・笑
人知れず悶々としていたのだが、以下のような考えに至って何とか悩みから抜け出すことができた。(経済学の捉え方は人それぞれだと思うけど。)

(1)経済学と物理学は根本的に異なるものだ。科学的なアプローチは重視するが、その根本は思想である。("Social Science"の”Science"に気を取られ過ぎてはいけない)

(2)経済学は現実を考える際のベンチマークとして活用するものである。(経済学の理論はあくまでも"考え方"で参考に過ぎない。未来予測のツールとして過度に期待してはいけない。)

このような認識を持つようになってからは、楽しく経済学を学べるようになった。いろいろな理論体系が、じつはその時代背景を色濃く反映したものだと理解できると経済史は抜群におもしろくなった。例えば、今ではもう歴史の一部となっている「マルクス経済学」だが、マルクスとエンゲルスの著書「共産党宣言」(1948年)を読んでみたら、彼らの発想の仕方が今で言うところの"イノベーティブ"な感じで、とても新鮮だった。伝え聞くところによると、当時学識ある多くの人間がマルクス経済学に熱中したらしい。「さもありなん」と納得したものだった。(ただし後世の私たちは、その後に”ソビエト連邦の設立"という壮大な社会実験がなされ、それが大失敗したことを知っている。)

昔の経済学は人間を「利潤の最大化を目指す存在」として捉えていたが、それは単純で分かりやすい一方で、そのアウトプットは実感との乖離など首を傾けざるを得ないこともいろいろあった。しかし今では行動経済学や神経経済学など、人間は必ずしも機械のように損得計算をする存在ではないことを前提とした経済学が発展してきている。これまたとても興味深い。

・・・などと、ふと経済学のことを考えたのは、昨日の日本経済新聞の記事でエコノミストの香西泰氏の訃報を知ったからであった。大学院時代、香西氏の分析の鋭さやお人柄に魅了されて何冊か著作を読んでいた。こんな形で香西氏を思い出すのは残念だが、新しいことを貪欲に吸収しようとしていた当時を思い出して懐かしさが込み上げてきた。ご冥福をお祈りします。

◯ 経済学本のピックアップ
良い本はたくさんあるのだが、特に印象に残っている経済学本を独断と偏見でピックアップしてみた。

・ミクロ経済学の力(神取 道宏)
経済学の教科書は星の数ほどあるが、私が知る中でも断トツなのがこれ。経済学の基礎がしっかり説明されているが、その説明が分かりやすい。ミクロ経済学は一般教養として誰もが知っておいた方が良いと思っている。

・二十一世紀の資本主義論(岩井克人)
岩井さんの本はどれも面白くて個人的にもファンなのだが、"資本主義とは何か"や、"貨幣とは何か"という切り口でいろいろ考えさせられる刺激的な本だと思う。

・道徳感情論(アダム・スミス)
経済学に興味ある人向け。アダム・スミスといえば「神の見えざる手」があまりにも有名だが、じつはその背景に「道徳」や「倫理」を説いた本書があったことに経済学を学ぶまで知らなかった。アダム・スミスについては、少なくとも「国富論」と本書のセットで理解されるべきだと思っている。

・雇傭・利子および貨幣の一般理論(ジョン・メイナード・ケインズ)
経済学に興味ある人向け。経済学のスーパースターであるケインズの代表作だが、個人的には本稿で言及されている「アニマル・スピリット」が一番印象に残っている。ケインズは、人間は合理的な存在としながらも、一方で事業を拡大させたいと願い、それに伴うリスクを積極的に受け入れるような非合理的な側面も持っていることに言及し、「アニマル・スピリット」と呼んだ。

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