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クリームパンのような母の手を握って、私は祈る。

最近、妊活をしています。
本当にシンプルに子供を作る心の準備が出来たぜ!という理由で始めたのですが、想像以上に人間世界にはまだまだ未解明のことが多いな…と痛感中です。
妊活を通じて、母との関係性を考えることが増えたので、今の正直な気持ちを書きとめておきます。

母と同じになりたくなかった


私の母は23歳で私を産み、その後2・3年おきに妹を3人産むという、日本の特殊合計出生率維持に明確に貢献した人です。
一番下の妹を産んだのが30歳とかなので、現在32歳の私と同い年だった時には、リアルに物理的に両手に娘を抱えているような母でした。

そんな彼女は看護師資格を持っていたので、私を産む直前まで非常勤で働き、父親(当時は薬理の研究者)の渡米に付き合ったりなどでしばらく専業主婦をして職を離れたのちも、資格をフル活用して職を再度得て、今は看護師として働き続けています。
(なお、子供を育てている間、地元北海道で働きながら放送大学で心理学学士を取得するという謎のバイタリティも発揮していました…)

こうして書くと何だか強そうで、私を知る人から見ると「あんたと同類や!」と言われるカテゴリの女性に見えるのですが、こう書けるようになったのは、私の中での母との関係性がうまく整理できるようになったからだと思います。
正直、専業主婦時代の母と私は折り合いがあまり良くなく、それが私の産む意思決定に影響を与えているからです。

多分今思うと、彼女のエネルギーは持て余されていたのだと思います。その上、私自身は「大変扱いにくい子供」でした。
全然笑わず、普通の子供ならやるような「ママ〜」という可愛いおしゃべりもほとんどしない幼児でしたし。
そしてお気に入りの趣味は「ビンをまっすぐ並べること」。その一歳児ちょっと怖い。

私自身、そんな子供を突然第一子に持った24歳の女性が、その子供に無茶なことを全く言わないわけないよな…という当たり前の事実を受容するまでには、30年近い歳月が必要でした。

母は結果として父と離婚し、離婚時に父の悪口をたくさん娘たちに話したのに、彼女が買ったわけではない実家からは長いこと離れなかったので、専業主婦時代の印象も相まって、一時期、私は母を受け入れられなくなったのでした。

そんな母を見た私は「自分で自分の面倒を見られるまでは結婚しないし、子供を作らない」という強力なロックを自分に課して、ここまでやってきました。
自分で自分の面倒を見るためには稼ぎが必要ですから、就活も腰掛けするつもりは全くなく、最初からいわゆる総合職のつもりで、一生働くつもりでした。
そうして、父とはタイプの違う、心のあたたかい伴侶を得て、経済的にもどうにかなりそうという確信の全てを揃えてようやく、安心して子供を産めると思ったのです。母とも違う人生を得て、自分で納得してからようやく産めると思ったのです。
それが29歳の時でした。

妊娠までの遠い距離

でも…自然に妊娠しないんです。
調べれば調べるほど、妊娠成立までの条件はシビアなのに曖昧で、私の不安に答えられる材料は何一つありません。
医療職一家に生まれ、巡り巡って医療系のIT企業に入った私は当然、無為無策ではありません。助産師になった妹や、先に産んだ親友の助けも借りながら調べました。
それだけの条件を揃えても、確実な妊娠成立方法については、何一つ確かなことはわからないのです。
これが最初の驚きでした。

そうしてもなお、妊娠に至らないので、妹の後押しもあって不妊治療を始めます。
今はタイミング法を過ぎて、人工授精のフェーズに入っています。
幸い、夫は非常に協力的で、男性が嫌がると噂の各種検査も全て受けてくれました。病院にも付き添ってくれます。
それでも不妊治療の負荷は女性の方が多い仕組みです。投薬量も女性の方が多い定め。ホルモン剤いっぱい!
そして、不妊治療は体の周期優先なので、仕事の予定も構わず、会社を抜ける必要もあります。(上司には事前に共有していますが…ホワイト企業じゃなかったらこれ、普通に離職案件だなとも思います)
そうして生活の一部を犠牲にしてもなお、確かなことは何もないのです。これが2つめの驚きでした。

医療にできるのは「確率を上げること」だけで、受精から2週間後までの期間は祈ることしかできないのです。検査すらできません。
ただ、この期間はホルモンの影響で水分量が増えてむくみ、怒りの沸点が下がってイライラもすごく、耐えるのは私にとって努力が必要です。
なお、私自身は過去にPMSでピル療法を使っていたこともあるくらいで、女性ホルモンの影響を大きく受ける体質なので、余計に細心の注意が必要です。

母との共通点…暇が苦手だった

さらに厄介なのは、「暇なのが苦手」という生来の性格です。暇になると行動力を持て余してろくなことをしないので、仕事なり課外活動なりで時間を埋めておかないとストレスが溜まるのです。
消費活動だけだと時間もうまく潰せなくなってくるので、時折生産活動を織り交ぜる…とかしないと心が落ち着かなくなるのです。

妹の計らいで久々に私が母と会う機会ができ、妊活で悩んでいる話を母にした時、母も

私もあなたが(お腹に)できる前は結婚から半年かかってもできなくて、すごく焦っていたの。
でも暇すぎてどうしようもないから、非常勤で働き始めて(※注:母は父の国内留学に付き添うため、結婚後すぐにゆかりのない土地に引っ越している…ゆえに私だけ母子手帳の管轄都道府県が違うw)、それから、やってみたかったスイミングスクールにも申し込んだらできたのよね、あなたが。
だから、妊娠を理由にしてやりたい活動をセーブする必要はないと思うの。

という話をしてくれたのです。
ここで初めて「仲間だ…!」という感想を持てたのでした。そしてこれが、私の中での雪解けのきっかけでした。
母のクリームパンみたいなぷにぷにの白い手を、彼女が元気なうちに「可愛い」と思って握れたのもよかったです。なんであんな可愛く太れるんだろう、うちの母…。私も似てくるのだろうか…。

現代においては祈りが必要な時など、ほとんど無いと思います。
仕事は祈りとは無縁で、徹頭徹尾現実との格闘です。現代は人間関係だって選べるし、どこにでも行けます。結婚相手だって同じです。

それでも、好きな人の子供を作りたい、という願いだけは、こんなにも難しく、ままならないのです。
ただ私は、妊活を通して祈りを覚え、母との和解のきっかけを得ました。今はそれで良いのだと思います。

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