『牧竜』 伍(終)
「アイエエエエエ!!娘から離れるのじゃああ!!!」
マロは今までの己に背を向けて逃げ出した。なけなしの勇気を振り絞り絶大なる捕食者へ向けて木刀を握りこむ。
(これまでのあらすじ)
"名誉の戦い"のために森林地帯へ訪れた武家大名一行は飛竜の母子に遭遇し壊滅する。残されたのは大名と牧羊家の2名のみ。戦闘力を持たない彼らは生き残ることができるのか。
登場人物
キナ:フリーの牧羊家、技量は”熟練者”→”達人”クラス(生存)
麿:誉国の武家大名、侍としての技量は”達人”クラス(生存)
仙衛門:護衛の上級侍(死亡)
甚五郎:護衛の上級忍者(死亡)
小姓:2名(死亡)
マロが飛龍の横っ腹へ木刀を叩き込むが飛竜は弱敵には見向きもせず不可思議な杖術を操る娘に夢中だった。
「アイエエエ!!」
ポクッ ポクッ ポクッ ポクッ
マロは泣き喚きながら木魚めいた打撲音を響かせて木刀を繰り返し叩き込む。そのダメージは微小、飛竜が意識を向けるまでもない。牧羊家は分身術の域にまで達した牧羊術で飛竜の攻撃を間一髪で回避していく。触れなければどうということはないが、捕らえられるのは時間の問題だ。
「このバカマロ!逃げなさいッ!!」
「いやじゃ!アイエエエ!!」
ポクッ ポクッ ビシィッ ビシィッ
マロの木刀の響きが変化した。打ち込むごとに打撃の質に変化が生じている。(神経ニ障ル……)飛竜の認識はある意味で正しい。木刀による非斬撃浸透は着実に飛竜の末梢神経を削り続けていた。
悪い予兆を感じた飛竜が麿の方向を向いた瞬間、一瞬のスキを突き放たれた毒矢が皮膚へ突き刺さる。再び牧羊家の方へ身じろぎする飛竜、その背中へ木刀の一撃、飛竜はイラつき背後へ首をもたげ、その背中へ今度は手裏剣が突き刺さる。
グォワアアアアアアンン!!
飛竜が苛立ち咆哮するが、二人に恐怖はなかった。大名への噛みつきを牧羊家が逸らし、牧羊家への跳躍を大名のいやらしい打撃が阻止する。最低の囮と最強の誘導が飛竜を雁字搦めに捕らえている。
「マロ、毒矢を!!」
「キイエエッ!!」
猿叫を上げて叩き込んだ電光石火の斬撃が毒矢を楔めいて飛竜の皮膚下へ押し込む。激しい毒熱により飛竜が初めて悲鳴を上げた。
グォアッ!?
("致命の毒"が通った!)
明らかな体幹のブレ、ゆっくりと戦場から後ずさりはじめる巨体。キナは勝利を確信した。
◆◆◆
牧羊術で誘導するまでもない敗走の姿に一瞬だけ私は油断をする。杖を持ち替えて吹き矢を背嚢へしまい込む瞬間の隙を飛竜は見逃さなかった。大木を背に牧羊家の警戒の死角となる後方へ跳び、幹を蹴って飛び上がる。侍を仕留めた滑空鉤爪の奇襲だ。
グォアアアアア!!
空中殺法は牧羊術による進路変更が不可能
─回避不能、即死だこれ、野生をなめてた、お父さんゴメン──
走馬灯を巡らせるキナの眼前に何者かが走りこむ。マロだ。武家大名は、侍の総大将は、木刀を両手で掲げ、威張った。
グォアアアアア!?
瞬間、滑空軌道を逸らされ弾け飛んだのは飛竜の方だった。大質量が後方の巨木へ激突しどうと倒れる。
侍の奥義「威張り」は瞬間的にあらゆる打撃、魔術、質量を弾き逸らすことを可能にする。マロは恐怖のあまり全身の冷汗が逆流しているが、精いっぱい虚勢を張った。
「娘、アッパレである!」
私は鼻水まみれで威張るマロの顔を見て安堵し、ついに気を失った。
◆◆◆
我々は家路につくために仲間達の遺品を集めた。飛竜の尾、仙衛門の野太刀、甚五郎の手鉤、小姓たちの扇子を担ぎ、危険な森林地帯からの離脱を開始する。
帰路の道中、マロは口を固く結び何かに耐えているようだった。あれほど文句を言っていた荷担ぎを積極的に行い、足元の悪い場所では私を支えるほど献身的だった。やや展望が開け光が差し込む。街道は近い。
その時、背後から飛竜の鳴き声が聞こえてきた。
クォココココ
若飛竜が母を追って着いてきてしまったようだ。私が杖を振り上げ森へ誘導しようとするのをマロが制止した。
「こやつはまだ幼い。森へ帰しても他のオスに襲われるでおじゃる」
クォココ?
「よって、我が城へ連れ帰り飼いならし乗騎とする」
かつて【誉国】と【勇国】を束ねた【禅都】では、若飛竜を飼いならし武将の乗騎とする風習があり、それに倣うのだという。
「マロの武勇と度量を国許へ見せてやりたい。頼めるか牧羊家、いや、牧竜家殿」
「よしなに」
「飛竜の子よ、お主の親はマロが討った。遺恨があらばマロをいつでも喰え」
森林地帯を抜け街道へ出る。二人と一頭の道連れにいつの間にか美しい女性が一人加わっている。キナは故郷で伝わる牧羊歌を唄う。
All follow me ここだよ
All follow me 怖くしないから
船への道程はまだ遠いが、武家大名の足取りに迷いはなかった。
『牧竜』 終わり
◆この作品はウルティマオンライン in Game小説「ヒリュウとマロ」を改題し大幅に加筆修正を行ったものです◆
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