記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

令和になってようやく『とらドラ!』を全部見たら覚悟のススメだった。(2008年のアニメ)

約4000文字。本作はAmazonPrimeVideoやNETFLIX、WOWOW等で配信されていますので各自でアクセスしてください。

ライターの小林白菜(はくさい)さんの口車に乗せられて(私は口車に乗るのが好きだ)『心が叫びたがってるんだ(実写映画/2017)』心が叫びたがってるんだ(アニメ映画/2015)』『空の青さを知る人よ(アニメ映画/2019)』を見ました。

それぞれ優れた(痛みを伴う)青春映画であり、私も青春映画が好きだということを再確認したわけですが、白菜氏が常々口ずさむのです。「とらドラ!」「とらドラがなければ俺は」「とらドラを見てくれ……」と。

折よく、リニューアルしたWOWOWオンデマンドで超平和バスターズが関与している映画作品と一緒に『とらドラ!』が配信されはじめたので機運だと確信。白菜さん入魂の怪図も後押しして、普段はまず手を出すことのない連続アニメーションに触れてみることになったのだ。だが、そこはとんでもない沼が待ち構えていたのだ。

渾身の怪図

あまりにも完成度の高い第二話

令和になってようやく『とらドラ!』を見た。

2008年から2009年にかけて全25話、2クールにわたって放送された本作。
筆者はアニメ消化酵素がないので、作画や声優等の評価についてはナン ノブ マイ ビジネス(夜に影を探すようなもの)なんですが、それでも『とらドラ!』は非常にクオリティが高い作品であることは心で理解できました。

とても気持ちの良いラブコメで、特に主題歌変更以降の後半パートの解像度や感情密度が大変に濃い。オマージュとしての「ドカベン」や「覚悟のススメ」あたりが盛り込まれているので要素を理解できると楽しみが増えるかもしれません。

本作は「父譲りの凶相で恐れられるが誰よりも家庭的なドラゴン高須竜児」「華奢で可憐な美少女だが凶悪な本性が剥き出しの手乗りタイガー逢坂大河」の二人が出会いふたりが互いの恋愛を応援するために、タイガー&ドラゴンとして並び立つ交流を軸にした青春群像劇だ。

特に第一話と第二話が単話読み切りとして、とても完成度が高い。ぜひこの部分だけでも鑑賞してください。二話で50分くらいだよ→Amazon Prime

龍虎が出会い、互いの恋の秘密を共有し、相棒のために愛の告白をして、対等な立場になって、名前を呼び捨てあうようになり、少しだけ前に進む。

シリーズの構造すべてがこの二話に含まれているので、まずはここだけでも見てみてください。ここから先は恋愛の交換殺人的な共犯状態が楽しいラブコメが待っています。

私が一番好きなのは、修学旅行の準備で大河の部屋を訪れた際に部屋が片付いている、という大河の成長を感じられるシーンです。第一話の、少しだけ環境を良くすればこの世アレルギーは抑えられるんだという描写が光っている。めちゃくちゃ良い話だよこれは。

改めて……よろしくお願い申し上げます。

ノスタル爺リバース、令和にあらわる

本作の評価を決定づけたのは物語の結末なので、それについて語ろうと思います。

この物語は未成熟な人間が、独立して歩き始めるドラマを描き出しています。父のいない竜児と家庭に恵まれない大河は、共犯関係を結ぶうちに恋愛関係を越えた疑似家族の状態に陥っていきます。竜児は大河の保護者役に徹することで彼女の心を埋めようとして、「父親の呪い」が積み上げられていきます。

竜児のやさしさは鈍感さの裏返しでしかないのではと心配する筆者
竜児が少年らしい年相応の悩みを抱えていることを知って安心するも積み上がった父親の呪いに深く心を痛める筆者

二人の距離が近すぎて自分の気持ちを直視できないほどの相棒との共同戦線はクリスマスの夜に崩壊し、血の修学旅行を経て、地獄のバレンタインでの告白で決着します。

この一連の心の解きほぐし方があまりにも危うく、ほとんど共依存の状態に陥っていきます。皆さんは予想もしていなかったと思いますが、竜児と大河が結ばれるという驚くべき展開に、私の中のノスタル爺が目覚めました。

「やめろー!」「これ以上はダメだ!」「依存するな!」「死ぬぞ!」「帰ってこい!」「このままでは共倒れするぞ!」

ノスタル爺リバースの誕生です。最終回は祈りながら二人の行く末を見守っていました。どうか、どうか、いまは離れ離れになってくれ。お前たちの気持ちは危ういものだ。初めて見せた竜児のわがまま(成長)に喜びながらも、心のノスタル爺が祈ります。

私は『とらドラ!』鑑賞時の早い段階(完成度の高い第二話)で「主人公の二人が共有した青春を《礎(いしずえ)》にして、それぞれ独立した人生を歩んでほしい」という希望を持っていました。恋愛感情や依存ではない、なにか甘くて尊いものを見つけてほしい。

このように互いの欠けた部分を埋めあう「共依存」のままで物語が終わることを不安視していました。だが、家族として三人と一匹の暮らしが始まると思われた最終回に大河は出奔し姿を消します。

心のノスタル爺もこれには呆然としていました。だけど、大河の決意は伝わります。二人だけがみえる未来へ向けての準備期間だということが俺だけにはわかる。そう言い残して心のノスタル爺が昇天していきました。

そして、ラストのわずか数分で描写された1年間を経て、二人は再会します。なんと濃厚な1年間か!走馬灯のようにこれまで過ごした1年間が脳裏を巡ります。逢坂のいない1年間。進路について家族と決着をつけた1年間。桜の花びらと共にあの姿を幻視して……美しく儚い幻想です。だけど、1年前と同じ場所で、彼女は実際に竜児を待っていたのでした。

二人が再会した時に、竜児から見て大河が「少し大きく見えた」(サイズは1mmも変わっていない)という締めくくりが非常に良かった。とても成長したんだよ、きっとね。

近すぎて恋心が観測できない距離の二人が結ばれるという、やや予定調和のクライマックスを何段か踏み越えた、二人三脚でも共依存でもなく、二人は独立した個人として並び立つエンディング。タイガー&ドラゴン、『とらドラ!』本当に美しい物語でした。ありがとう。

ラブコメ世界に葉隠覚悟がいた。

本筋の話はさておき、重要人物の話をします。

それは、前半はただの明朗快活健康優良謎死語怪人だったが終盤のキーマンとなった櫛枝実乃梨のことです。みのりんのことを考えるとノスタル爺が土蔵に帰って来る。

櫛枝実乃梨さんは、笑顔と強がりと役割(ロール)の仮面で常に真意から一定の距離を保っている複雑なキャラクターだ。そんな彼女が夏休みのUFO談義を経て、少しずつ仮面の奥がみえるようになってしまう。大河を挟んだ竜児との疑似夫婦(おままごと)関係が続き、彼女の仮面は痛みを伴いながら、少しずつ剥げ落ちていく。

竜児はみのりんが好きで、大河もみのりんが好き。大好きな二人が近づけるように大河が竜児とみのりんを近づけようと世話を焼くほどに彼女は傷ついていく。それが爆発するクリスマス→修学旅行→バレンタインの一連の流れ。後期OP映像で何度も取り上げられた、櫛枝実乃梨全力疾走のシーンを経て、彼女は恋心に「ジャイアント・さらば」をするのだ。

そう、あの「G・さらば」である。

【G(ジャイアント・さらば)】
漫画『覚悟のススメ』の最終回、全ての因果と応報に決着をつけた主人公 葉隠覚悟の兄、散(はらら)が去り際に宣言する別れの台詞。

櫛枝実乃梨は『覚悟のススメ』を最終回まで読んでいる。その前提で物語を振り返ると全てが腑に落ちてくる。櫛枝実乃梨は葉隠覚悟なのではないだろうか。野球に対して覚悟完了している彼女は、それ以外の全てを捧げ、プライベートの全てをアルバイトに費やし、心の余白をなくしているんだ。

野球の神は浮気を許してくれない。ゆえに、その覚悟を揺らす対象には常に「ときめくな俺の心、揺れるな俺の心、恋は覚悟を鈍らせる」と釘を刺し続けていた。貯金の件についても、やがて独立して野球を目指すつもりがあったのだろう。

だから彼女の最後の大ふざけ「ジャイアント・さらば」によって因果を断ち切り「残った右がやけに熱いぜ!」とうずくまる姿にぼくは泣くのだ。

 (櫛枝は再見時に最も印象が変わるキャラクターで本記事のために序盤を見返したら第二話の土下座シーンで泣きそうになった)

ラストに難しい関係にあった川嶋亜美と和解して泣き顔を見せ合える関係になったのも良かった。亜美ちゃんは、大河と竜児の間で疑似夫婦(おままごと)にまきこまれ、すりこぎにされていく櫛枝のことが見ていられなかったんだよな。二面性キャラクターとされていた亜美ちゃんよりも、もっと心の底の深いところに真意を隠したまますりこぎとして擦り減らせていく友人を見過ごせなかった。

赤橙じゃねーか!!事件

少し、深層に深入りしすぎたのでクールダウンするために最後のセクションへ移動します。

『とらドラ!』は少女漫画的な、感情を表に出さず仕草やほのめかしで語る傾向がある。取りこぼしているサインがないかだろうか。そこで主題歌とかイメージソングとかには、テーマが直接出るだろうと思って楽曲集を聞いて見たら、その直接が強すぎて具合が悪くなってきた……本編しか見ていないから気が付かなかったけど、こんな直接的に「好きだよ好きだよ」申すタイプのパッケージだったの……ぼくはおびえてしまった。

収録曲もキャラクター名義の楽曲と声優名義の楽曲が入り交じり、キャラクターが歌っていたとしたら明らかにアウトな感情表現は声優名義とされている(と思う)。北村のテーマソングだけ異次元だし矢印の方向がおかしい(だがそれがよい)

「後期OP主題歌はキャラクター名義の歌唱じゃなくて声優名義」ということに気づいて、震えたね。震えたよ。

そして、楽曲集を聞いているうちに気が付きました。
収録された楽曲の1曲『プリーズ フリーズ』が、あからさまにある曲のフレーズを使用している。そう『赤橙』である。(お手元のサブスク等でお聞き比べください)

気持ち良く鑑賞し終わったアニメ作品の感想文を、うまく言葉にできない事件で締めくくることになってしまった。世の中は絶対にうまくいかないんだ。

未来へ

白菜さんの口車に乗せられた結果『とらドラ!』の沼の奥深くまで連れてこられてしまった。優れた作品は、作品の中に己の姿を見出すことができるとされているが、私もあの頃の記憶の扉が開いたり、好きな曲がアレされたり、様々なモチーフから感情が呼び起こされたりもした。ただのアニメとあなどるなかれ。ここからしか摂取できない栄養がある。

私もです。これからもよろしくお願いします。

関連記事



いつもたくさんのチヤホヤをありがとうございます。頂いたサポートは取材に使用したり他の記事のサポートに使用させてもらっています。