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タイトル未定の2つの強み

後で知ったのだが、「いつか」という楽曲らしい。
芯が通って張りのある声の周りを暖かな‘ゆらぎ’が包み、北の大地の澄んだ空気を優しく切り裂いていた。
彼女の歌い出しの情景はその後2日間、私の脳裏を捉えて離さなかった。それは今回の北海道遠征で観た全グループの全てのパフォーマンスの中で最も心に残ったシーンだった。

阿部葉菜さん(2022年10月23日撮影)

2022年10月22日(小樽でHOKKAIDO IDOL EXPO プレ!)と23日(タイトル未定 presents「HOKKAIDO IDOL EXPO Vol.3」)は北海道に遠征してきた。
札幌を拠点に活動するタイトル未定が企画したイベントで、彼女たちのパフォーマンスを観るのは初めてだった。タイトル未定は、この夏、TIFのメインステージ争奪戦を圧倒的な強さで勝ち抜いたグループだ。ここの強みに触れることは今回の遠征の裏テーマで、わざと全く予習をせずにライブに臨んだ。

ライブを観て感じたことは2つだ。

1つは細部に至るまで丁寧に作り込まれたグループであること。
「何者かになろうとしなくていい。何者でもない今を大切に。」というコンセプトを掲げてはいるが、実態は各メンバーの成長物語を描いているように見えた。

コンセプトに合わせて、ビジュアルはメンバーの素材をありのまま活かすように練られている。誤解を恐れずに言えば、オールドスタイルな純朴さを意図的に打ち出しているように思えた。

彼女たちの楽曲のジャンルは、世紀が変わる前に流行したシティ・ポップをベースに、曲によって歌謡色、ロック色、ダンス色で味付けしている。かといって音響に古臭さはなく、特にダンス色が強い曲は低音が厚めで心地よく、耳の肥えたファンを十分に唸らせるに足るものだった。そして、パフォーマンスは総じて沸かせるというより魅せる方に振っていると感じた。

このスタイルはコロナ禍で培われたフロアとの相性が抜群に良い。コロナ禍はライブアイドル界にとって災厄以外の何物でもなかったが、唯一の副産物は、じっくりステージを観て楽しみたいという年齢高めで課金力のある客層を掘り起こしたことだ。静止画のみ撮影可能というフロアルールもその手の客を呼び込むのに適していると思う。
タイトル未定は札幌から東京に挑むメンバーの成長物語を応援するという価値を、狙った客層にロジカルに提供していた。それこそ透けて見えるほどに。

提供する価値が明確で一歩間違うとダサくなるこれらの丹念な作り込みに、鮮やかな生命を吹き込んでいる彼女が、このグループのもう一つの強みだ。
タイトル未定の心臓・阿部葉菜さん。

阿部葉菜さん(2022年10月23日撮影)

10月22日。タイトル未定の出番の冒頭で彼女が「いつか」を歌い出した時、シンプルに“やられた”と思った。

対バンにおいて1曲目の歌い出しはサビよりも重要だ。初めて見る客はその僅か1〜2エイトでグループの実力を判断する。たとえ無意識であったとしても。
その意味で武器としてのこの「いつか」はあまりにも完璧だった。しかも、聴く者の気持ちを落ち着かせるあの声質は紛れもなく天賦の才だ。同時に、この曲の歌い出しを見た瞬間、私の頭に1つの仮説が浮かんだ。

おそらくこの「いつか」は1曲目に演じられることが多く、阿部さんは歌い出しを任されることが多いのではないか、と。

セトリが公開されていないので1曲目が多いのかどうかは分からないが、22日と23日の2日間、約10曲を見た限りでは、阿部さんは歌い出しか、頭から2番目のパートを任されていた。全曲でだ。
ここの運営は対バンの戦い方を知っていて、そして阿部さんに全幅の信頼を寄せている。彼女は歌でミスしないし、何なら他のメンバーがミスしても彼女で取り返せる、そう考えているのだろう…と。

22日は歌ばかりに気をとられていたが、23日に踊っている阿部さんの姿を観ると、ダンス面においても明らかに他のメンバーよりもスキルが高いことが分かった。体軸が安定していて、動きには表現の余白を感じさせる。また、楽曲の雰囲気に合わせた表情の作り方が秀逸で、汗だくでひたむきに踊っている姿はシンプルに目を惹いた。彼女はそうして、フロアの感情を巻き込んでうねりを起こしていた。

10月23日のステージで彼女たちは新曲となる「最適解」を披露していた。台詞が多めに入っているミュージカルのような楽曲だった。
人生に正解はない、その時々で選んだ最適解の積み重ねがその人の進む道となる。そんなメッセージを受け取った。
若者が未来に進むための道しるべとなるような、かつ、おじさんが自身の過去と先行きに思いを馳せて自己肯定感を高めることができるようなメッセージだと思った。TIFの新人部門を制した者がファンに向けて掲げる旗印として実に上手い。

タイトル未定が最終的な目標をどこに置いているのかは分からない。おそらく今、現在進行形で彼女たちを支えているのは課金力のあるコアユーザーで、中でも主力は30代中盤〜40代の男性だろう。従って、Zeppを埋める、あるいはその先を目指すためには、ファンの裾野を広げフロアの雰囲気を変える次なる一手が必要となる。
戦略立案力に優れ実行力を併せ持つ運営がどういう手を打つのか、あるいは札幌発のロコドルの地位に留まることを選択して敢えて策を打たないのか…。

その答えは、北の大地に柔らかな春が訪れる頃には明らかになっている気がする。

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