当然の結末
こんなにも充実することがあるだろうか。
ぼくは毎日無為に過ごす腑抜けた大人たちに刺激を与えている。確かに騙しているかもしれない。確かに狂言かもしれない。
初めて「狼が出たぞ」と叫び村の大路を走り抜けた時は,薪屋のジジイは狼から羊を守るために血相を変え鋤を握り戸を飛び出し,隣の家のババアは野良仕事に出た旦那のことを心配し青ざめた表情でまごついていた。
この,ぼくの一声で日常が慌ただしい非日常に取って代わられるのが,ぼくの息を詰まらせていた田舎臭い陳腐な空気が入れ替わるのを感じ,胸がすく思いであった。
「これはこの退屈な村とぼくへのプレゼントだ。」
そんなことを思いながら,次の日も,また次の日も,大声で狼の存在を吹聴しながら村を走り抜けることを続けた。
しかし,流石に回数を重ねるごとに人々の反応も逓減する。
遂には誰からも相手にされることなくなったが,ぼくは得られる背徳感だけの為に狂言を続けていた。
ある日,日課と化した狂言を終え,村の外れで休みながら,どうすればまた村の人々が慌てふためくのかと色々思慮を巡らせているうちに,急に劈くような悲鳴が鼓膜を揺すった。
振り向いた刹那に,獣特有の焦点を一つに絞った威圧的な目と合い,ヤツは明らかにヒトのものであろう肉塊を咥えていた。
狼だ,狼が出たんだ。
ぼくは竦む脚を必死に押し出し,倒れんばかりに前へ前へと走りながら,喉を潰し腹を裏返す勢いで「オオカミが出たぞ!オオカミが,オオカミが村へ,すぐそこへ!オオカミが出たぞ!」と叫び続けた。
オオカミがぼくに飛びかかろうと、ぼくの腕に歯牙を掛けようと、ぼくは意識が途切れる限り叫び続けた。
ふと、意識を手放す前に、あの、初めて村を走り抜けた時に、吸い込んだ空気がまた肺に満たされたことを実感した。
誰も家の外には出ないが、狭い町に共有された緊張感を尻目に、狼は肉を貪っていた。
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