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entry number.9-5『初恋の人からの手紙』
○○くんへ
ご無沙汰しています。
幼稚園からずっと一緒だった長山です。
覚えてくれていますか?
もしも覚えてくれていたら嬉しいです。
先月発売されていた雑誌△△△の初顔出しインタビュー記事を読んで、作家名は違うけれど○○くんに違いない!と思ったんです。(すぐに分かったよ)
ずっと今まで書かれてきた作品が大好きで全部読んでいました。それがまさか○○くんだったと知ってとても驚いています。
雑誌に書かれてあった○月○日に行われる火ノ国屋書店での新刊発売記念サイン会があることを知って、どうしても会いに行きたくて。
大阪に帰るのは久しぶりなんだけれど、もう既にちょっと豪勢なホテルを予約しちゃった。
夫や子どもたちと離れたひとり旅というのあって、とてもワクワクしています。
お互いに積もる話もあると思いますので、もし良かったらお時間合わせてゆっくりとお食事でもしませんか?
私の電話番号は、090-****-****です。
でも、お忙しいと思いますので、無理なときはいちファンの戯れ言だと思って気になさらないでくださいね。それじゃあ、お身体大切にしてください。これからも応援しています。
長山
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手紙を持つ手のひらが少しじんわりと汗ばんでいる。
お、覚えてるに決まってるじゃないか……
この手紙の送り主は、私が初めて異性というものを意識した初恋の女性なのだから。
あの頃の私には「異性は宇宙人だ」と思い込んでいる節があった。世の中の女性全員に大変失礼なことだけど、これは本当なのだから仕方がない。
父子家庭で育った私にとって、異性と話すことは苦手中の苦手だったのだ。それでも幼い頃から近くにいた分、彼女はずいぶんと話しやすい存在だった。
いつも肩から背中まで伸ばしていたきれいな黒髪を揺らす彼女に惹かれていったのは、自然な流れだったように思う。
結局、自分から告白する勇気もなくて、そのまま卒業して別々の高校に進学して疎遠になってしまったっけ……
高校生になってから、小中学校とずっと私とよく遊んでいた男と「付き合っているらしい」という噂を友人から聞いたときにはなんとも言えないショックと告白しなかったことを悔やんだのを覚えている。
今は作家として活動している私。
今回の新作の出版をしてからも、ありがたいことにたくさん届くファンレターの山。ふいに現れた、まるで過去からの「思い出の鍵」が同封されたような手紙。
素晴らしい伴侶と出会って何不自由ない暮らしをしているというのに、いったい何を期待してるんだ私は。
お互いに30年も経てば、顔に面影が残っていれば良い方で……ふと顎を引きながら30年間蓄えられたでっぷりとしたモノを眺め下ろす。ふぅーっとため息をひとつつきながら、自嘲した。
大きく深呼吸してから、意を決したようにスマホに手を伸ばす。
手紙に書かれたあった電話番号を入力して震える指でコールボタンを押す。
一回、二回……なり続ける呼び出し音。通話モードの始まりと女性の声が聴こえた。
「あ、もしもし、長山さんですか?」
そこにはドキドキしながら、子どもの頃の自分に戻ったように話す自分がいた。
【おわり】
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