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砂糖の夜に

この文章は、tipToe. 都塚寧々ちゃんが作詞した「砂糖の夜に」の歌詞をもとに生まれたものです。
そういったものが苦手な方は、ブラウザバックをお勧めします。

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 煙草のにおいがして目が覚める。オレンジ色だったはずの部屋が、いつの間にか灰色になっていた。なにもかもが色を失って、死んでしまったみたいだ。

 気がついたら見慣れないコンビニにいた。まるで何かから逃げるみたいに、いつもとは違う道を歩いたのだと思う。よくあることだった。今は帰り道もわからないけれど、きっと次に気がついたとき、私はあの部屋のベッドにいる。いつもそうだ。

 狭くて広い教室の隅でひとり本を読んでいると、いろんな音が聞こえてくる。風に揺られたカーテンのはためき、ノートの上を走るペン、上履きに踏まれる床、耳障りな声。そのどれもが遠くて違う世界にいるみたいだ。教室はいつだって息苦しいけれど、なぜだか今夜の生ぬるい風も肺が苦しくなる。涙が零れそうな予感がして、空を見上げ目をとじた。
「星、見えないでしょう」
 突然声が聞こえた。かすかに夜の香りがする。
「……だれ?」
「ここの星ね、あんまり美味しくなかったの。うんざりして、絵の具で塗りつぶしちゃった」
 私の問いには答えてくれないその人は、目の色がひどく綺麗だった。暗くてよく見えないのに、何故かそう思った。
 しばらくぼんやりと話を聞きながら、塗りつぶされて見えない星を見つけようとしていた。
「あ。あの星、ひとつだけ塗り忘れてない?」
 やっぱり返事がなくて、星から目を離すと、その人の背中はもう小さくなり始めていた。
「ついていってもいい?」
 その人は静かに振り返って、ふわりと手を振った。
「またね、おやすみ」
 ひどく綺麗な目が、細く笑っていた。

 気がつくと私は、灰色の部屋のベッドにいた。ほらね、やっぱり今日もそうだった。カーテンの隙間から見える月に誘われて空を見上げた。星がひとつだけ、静かに瞬いていた。

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