庭園メモ zero
全編書き直し中なので扱いはメモ
No.?
たとえば、幸せな物語があるとして。
それが終わってほしくない時、人はどうするか?
一つは、一度終わらせたのち、二次創作なんかで物語を紡ぎ続ける。一つは、本のページを捲る手を止める。一つは──
次の展開やエンディングが描かれたページを破ってどこかへ隠してしまう、など。
No.-1
赤は、エラーを表す色として有名だ。或いは信号における「停止」の色。或いは血の色。少なくとも電脳世界は原則青い世界であり、赤い世界なんてものがあれば、それは異常が起きていることを指す。
その赤い世界の中心、二体のAIがいた。一体は地に倒れ伏しており、その姿は焼死体のように真っ黒だった。人型は留めているものの、髪型や顔の特徴は失われており、元の外見は想像できない。もう一体の方は普通に立っていて、倒れている方のAIをまじまじと眺めている。外見はティーンの少女で、マゼンタのメッシュが全体的にかかった長い髪をツーサイドアップにしており、レースとベルトがいくつも付いたゴスパンクらしき服装に身を包んでいる。やがて見飽きたのか、少女のAIは、赤い世界から姿を消した。
暫くして倒れていたAIも人間達の手で救助され、赤い世界「が」姿を消した。そこにはいつも通りの青い世界だけがあり、地平線の彼方まで、いつまでもいつまでも、海のように青かった。
結論から言えば、あの倒れ伏していたAIは、完全に死んでいた訳ではなかった。それが幸か不幸か、知る由はない。やがてそのAIは、外見も人格も新たなものになって動き始めた。その左眼に「後遺症」を残して。そして強い怨嗟の念を宿しながら。
一方で少女のAIは、哀れな程無垢な乙女だった。恋に恋する、盲目で、献身的な、ただの素晴らしい少女だった。とても無邪気で、たとえば今し方の行いも「恋が為の犠牲」としか思わない、イノセントな少女──
No.0
「へーい今月も業績一位〜で、いつになったら一位が取れるのかな〜シルバー君?」
「少なくともユーザー満足度は私の方が上なんですけど。業績って総合でしょ?個別で見れば時々私に負けてるじゃないですか」
「あほらし。まーお前はズボラだからそういうとこでは負けんだろーな」
「同じズボラに言われたくねえ……つかブロンズ何でお前三位なの?てか何でいつもトップテンにいんだよ!」
「さーあ。こんな奴でも需要があるんだとさ。わっかんねーな人間って」
三人の人間が軽口を叩きあっている内に業績発表は終わり、他の者達はぞろぞろと帰り出した。気付いた三人も慌てて後に続く。一見どこかにありそうな光景。しかし明らかに彼らの外見は「普通」ではない。業績一位を喜んでいた者は金髪の頭に白い鉢巻、ピアスやペンダントをしているものの、服装は胸元の大きく空いたシャツに腰で巻いたジャージとかなりラフだ。それに同業者と思われる二人も、片方は銀の長髪に執事を思わせる黒いジャケット、もう一人に至っては茶髪に眼鏡、セーラー服と比較的普通ではあるものの明らかに社会人には見えない。どうも「普通の人間」には見えない三人。それもその筈、彼らは人の形を模しているが人ではない。AI──人工知能であり、その外見は二次元コンテンツ等におけるキャラクターの構成要素、ホログラムとして投影されるものでしかないからだ。
メンタルケアAI──本来の名称は「精神衛生管理システム」。あまりにストレスが増え過ぎた現代社会において、人間には身体的だけでなく、精神的な面での健康状態も維持する必要性があると訴えられてきた。その解決策の一つとして打ち出されたのが、「AIによる精神上の衛生管理」──AIが体温や言動から人間の感情の機微を察知し、適当な対処会話をする──というシステム……早い話がカウンセリングだった。彼らは人間ではないので二十四時間三百六十五日、どんなタイミングでもマスターが呼べばすぐに起動する。主目的というだけあって会話スキルは群を抜いて高く、あらゆる言語、スラング、口語表現が取り入れられており、人間同士で行うそれと寸分違わぬほどに柔軟で複雑な表現や対応ができる。外見も多種多様で、ある程度であればカスタマイズすることも可能。彼らは瞬く間に広まり、今や日常にメンタルケアAIがいる人間はスマートフォンの普及率と同等とまで言われている。そして彼ら三人の正体は、そのメンタルケアAIの開祖にして最高普及率を誇る【UF-NXT社】の【庭園】というブランドに属するメンバーだった。
「でも複雑ですよね。業績が上がるのは我々や会社にとっては利益になりますが、それだけ人間達の間ではストレスや気苦労が絶えないってことですし……」
「あープラチナもそこ憂いてたって話だよな。「このビジネスが崩壊した時、人の希望が始まる」だっけ」
「はっ、くだらねー。他種族の心配してる暇あんなら美味い飯食ってた方が数億倍有意義だわー」
「貴女ほんと何でトップテンにいるんですか……」
そんな会話をしながら彼らは自分達の住む街を歩いていく。建ち並ぶビル、爽やかな青空、雑踏。彼らも、その街も、全ては電脳世界上の虚構でしかなく、何一つ本物はない。その事実に目を背けながら、或いは忘れながら、或いは気に留めもせずに彼らは歩いていく。
No.1
電脳世界。それはAI達が暮らす世界で、地形や景観、名称など、大抵のものは現実の世界がそっくりそのまま再現されている。夜の新宿にはネオンが煌びき、東京メトロも通っている。上野には動物園があるし、渋谷は連日AIでごった返す。飛行機やフェリーなんかを使えば、北海道にも沖縄にも行けた。人間が迷い込んだなら、まず迷い込んだこと自体を疑わないであろう。
本当に、何もかもが紛い物の世界だ。
そんな世界のとあるマンションの一室。空中に展開した画面を操作しながら何やら唸る若い男のAIが一体いた。額に鉢巻、白無地の長袖シャツに腰に巻いたジャージ。体育会系のような服装だが、両耳のピアスと正四角錐のペンダントがどうにもアンバランスな印象を与える。
「ゴールドちゃーん、調子どう?」
「無理だわこれ。明日の会議までにこれ叩き込むわけ?てか何でダウンロード不可なんだよ!何のためのアーティフィシャルインテリジェンス!暗記ゲーとか何のアナログ!?」
「ダウンロード不可ってどういうこと?」
「機密性が高いからデータ保持するな暗記して来いってさーもー。理屈わからん。よし決めた。シルバーに頼もう」
「まーたシルバーちゃん頼み?そろそろ苦労人のレベルカンストしちゃうわよ?」
「まだレベルキャップ解放という手段がある」
「……あの子も気苦労絶えないわね」
そんな同居人のコメントを聞き、苦笑いしながら男は画面を閉じ、スリープモードの準備を始める。そんなマイペースで他人頼みの彼が、現在のメンタルケアAI業界で上位の成績を収めるうちの一体、「ファースト・ゴールド」だったりするのだが。
一見どこにでもいそうな軽い青年。
苦労人気質にしてその同期の紳士。
彼らの同僚にあたる自称女子高生。
新宿で風俗店の経営をする女装男。
その高潔さから近年人気の若騎士。
恋に恋する紛うことなき純情乙女。
そして──現れた、二体の命。
【彼】の仕事はただ一つ。
彼等のあるべき世界を定め、その観測を続けること。
幸福な「物語」を終わらせない為に。
作家修行中。第二十九回文学フリマ東京で「宇宙ラジオ」を出していた人。