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【小説】夜行

 路面にライトが反射し、よけいに周りの闇が際立って見えた。雨の滴がフロントガラスに絶えず光の凹凸を作りだすせいで、視界の先はいっそう不安だった。

 時おりメーターにも目を配らなくては、尋常ではない加速がついていることもある。あらぬものにぶつかったらひとたまりもない速度だ。

 夜道をひとり行くなぐさめにラジオを点けていたが、それも陰々とした古典芸能の吟唱に変わってしまった。ざらざらと続く砂嵐の途中にもの悲しい人声が紛れ込むのは、むしろ不気味な想像をかきたてる一因になった。急カーブの連続を過ぎたすきをみて、左手でカーオーディオの電源ボタンを押した。そのあとは、じわじわとわき上がるようにエンジンの駆動音とタイヤの摩擦、窓越しの風雨が聞こえてくる。

 せめて頭の中では陽気なことを考えようと、いまちょうど鞄に入っているコンビニ菓子のことや、仕事先の事務員のあけっぴろげな親戚づきあいの話などを想起してみる。あまり没頭するととっさの判断が遅れるかもしれないので、自分には関係のない些事だけを取りあげるよう無意識に議題を選びながら。

 けれど、一人の時間に考えることは、どうしても内面的にならざるをえない。

 さめざめ泣くような雨が、私をよけいに物思いにさそってくる。

 おととし、私の片思いの相手は籍を入れた。ほとんど更新されていなかったフェイスブックの苗字が変わっていた。地元では聞いたことのない姓だった。

 十数年だらだら続いた不毛な思慕に、こんな間接的かつ明確なかたちで最後通帳がくるとは。失恋というのはもっと華々しく催されるものだと思っていたが、無言の恋にはとうぜん無言の終わりが訪れたのだった。