電力システム改革:錯綜する電力諸政策/所要費用と国民負担

             阪本周一(公益事業学会会員/東急株式会社)

前書き

 東日本大震災、福島第一原子力事故以前の電力政策においては、「安定供給(ベストミックス、ネットワークの健全等カバーする分野は多い)」、「経済性のある価格維持による消費者保護、経済界の国際競争力」が主目的であった。実施に関わる施策は概ねシンプルであり、劇的な外部環境変化を想定もしておらず、経営者達は長期的視点と関係業界事業者間との信頼関係の中で物事を進めることを重視した。穏やかな時代であった。
 大震災、原子力事故以降、電力政策の目的には「競争活性化」、「再エネ大量導入、脱炭素」が加わり、施策、方針の方向性が一意ではなくなった。具体例として、以下のような事象を直ぐに想起する。
 再エネ大量導入を急速に追及すれば、安定供給電源が後退し、需給が不安定になる。停電は困るので、当座の需給逼迫対応策を打ち出す。安定電源が退出すると小売の電力調達が厳しくなり、競争が滞るので、支配的発電者の卸供給について国が条件付けをする・・・等々。方向性の異なる諸政策間の調整は難度が高い。新しい方針、施策、調整に伴う実施諸経費、負担も生じ、さて誰が負担するべきかという課題がついてくるのだが、制度設計、運用側は、ともすれば「国民負担が増えるのは望ましくないので、事業者にある程度、被ってもらいたい」という発想で施策への衣をつけるケースがある。
 本来、政策は国民が必要とするから実施されるわけで、政策費用は国民が負担して然るべきなのだが、電力業界では政策費用の負担形態は以下のように様々である。
【最終需要家負担費用】
・再エネ賦課金(FIT予測誤差調整費用を含む)
・託送料
【(中間)費用拠出者から最終需要家への転嫁が円滑でない費用】
・容量拠出金
・非化石価値証書代 
【最終需要家への転嫁自体を想定していない費用】
・「規制料金メニュー」に関わる一部費用
・「発電所固定費」:減価償却費/事業税/容量市場導入前の維持管理費
・「スポット政策対応費」 節電プログラム/激変緩和措置

 これまでの制度設計マインドセットでは、
・電気料金水準は国民生活に多大な影響があり、国としてのグリップは不可欠/市場裁定には全面的には委ねない。
・総括原価時代の価格規律(原価積み上げ)は踏襲する。各「市場」設計で織り込み許容項目と上限を詳細に設定して、事業者が過度に儲けないように措置する。(例:卸電力市場、容量市場、需給調整市場)
・総括原価時代に許容された一部費用織り込みの禁止に踏み込む。(例:容量市場における発電所減価償却費、事業税、法人税の算入禁止) 
・政策遂行費用は事業者に寄せて支障なしと考える。『総括原価/旧一電=地域盟主時代』のレガシー思考か?『国民の納得感』を重視する論調が頻出する。 
・旧一電は負担を甘受し、自社の企業価値を損ないかねないルールに反論しない。
といった傾向が観察される。

  結果として、
・国策費用を寄せられた事業者の収益性悪化、将来課題への取組の立ち遅れ
 ※『支配的事業者締め付け』は『競争活性化』を導かない。
・事業者の制度信頼感毀損
・参入、投資意欲萎縮 (儲かるか分からない事業分野と評価)
・競争後退
とマイナスの状況が現れているのである。

1.国民負担=政策費用―事業者負担

 受益者負担という用語がある。何らかの金もしくは労力を払う以上、見合った便益を欲しい。経済活動、日常生活等各所で道理であると認識されている。しかし、電力業界では長らく垂直統合独占体制が維持された残滓だろうか、制度設計、規制態様、実運用の各所で政策が求める費用の一部を国民負担軽減の大義名分の下、事業者に負担させるマインドセットが完全自由化した現時点でもみられる。現在の電力業界は多くの事業者は、頻繁な制度・事業環境の変化に翻弄され、カーボンニュートラルを始めとする新たな課題に合ったビジネスモデルを構築する余力を奪われている。本稿では、いくつかの事例を紹介しつつ、本来自由化が目指したものと今の状況の乖離、国と事業者のあるべき距離感を再認識したい。

2.具体的事例

(1)非化石証書

 非化石価値取引市場は、『電力システム改革貫徹のための政策小委員会(「貫徹小委員会」)中間とりまとめにおいて、①非化石価値を顕在化し、取引可能とすることで、小売電気事業者の高度化法上の非化石電源目標の達成を後押しするするとともに、②需要家にとっての選択肢を拡大しつつ、固定価格買取(FIT)制度による国民負担の軽減に資することを目的として創設された。』とある。<1> 非化石市場は2018年に発足し、高度化法の中間目標対象期間の初年度は2020年度であった。この時点ではFIT由来の証書、非FIT電源由来の証書いずれでも高度化法上の非化石電源目標達成に活用できるとされていた。
 論点①については後述するが、②は最初から論旨が破綻している。負担者が最終消費者だろうが、小売事業者だろうが、FIT買取総額自体が変動しないので、国民総負担額には影響はない。
※但し、『事業者は国民ではない』という認識があるのであれば論旨は一貫しており、恐らくは非化石価値制度に限らず制度設計側は「電力政策における国民=最終消費者」としているのだろう。
 国民負担の一部を小売事業者負担に変えただけだが、2020年度時点では再エネメニューへの消費者の支持はまだまだで、証書調達費用を再エネ志向消費者に転嫁することは難しく、証書調達費用は小売事業者抱え込みとなった。しかも、2021年度期中からFIT電源由来の非化石価値は高度化法履行対象から外れたので、小売事業者はFIT証書を調達する動機が消え、当初目的の再エネ賦課金負担額圧縮という大義名分もどこかに飛んでいった。高度化法とFIT証書の切り離し前の2020年度・・・小売事業者はこの年度は非FIT証書ではなくFIT証書調達を優先したはず・・・この年度のFIT証書収入は約19億円(同年度の再エネ賦課金総額は2.4兆円)と非化石証書制度対応に小売事業者が強いられる手間に比して微額に留まっており、『国民負担軽減』になっていない。<2> そもそも再エネ賦課金の国民負担額を圧縮したいのであれば、FIT買取量自体を抑制すればよく、それが嫌であれば電力消費に限らず広く適用分野を広げればよかったはずである。電力消費以外における用途が広く、バンキングを認めているJクレジットは、年度内の電力消費向けの償却に用途が限定された非化石価値証書よりも高い取引価格となっている。この時点では小売事業者の金銭的負担は大きくはなかったといえるが、制度の筋悪は否めない。さらにいえば、再エネ由来のJクレジットを活用した小売メニューにおいて「再エネ電気」を訴求することは、ガイドライン上は望ましくないと定義をして、Jクレジットの活用を妨げるようなテコ入れをしているが、同じくCO2オフセット効果を持つことを考えれば違和感を禁じ得ない。
 高度化法対象電源が非FIT電源に絞られた2022年度の資金移転状況はどうか。ここからが論点①になる。JEPX非FIT非化石市場の約定総額は筆者推定で64億円程度、これに加えて相対非化石証書の取引実績が資源エネルギー庁第77回制度設計部会資料によると2023年2月時点で508億kWhとあるので、ここから約500億円と推計すると、総額は600億円弱となる。これだけの金を負担しても、2020~22年度の第一中間目標期間においては支配的な小売事業者が最終年度下期に3年分の義務量証書を集中的に買いに走ったため証書の需給バランスは崩壊、一部小売事業者は高度化法目標量をクリアできず、社名公表の憂き目にあった。顧みて、労とメリットがバランスしていない。旧一電系が大半を占める非FIT非化石電源からの非化石価値調達について小売事業者には何らのメリットを伴わない(小売メニューの材料としては不人気である。特に原子力由来の非化石価値を織り込んだ小売メニューは販売困難である)中での証書調達の義務化に妥当性があるだろうか。非化石証書収入は「主に水力発電所の大型改修(リプレース)、地熱発電所の新規調査、原子力発電所の安全対策工事/修繕では主に水力発電所の堆砂処理作業やえん堤修繕等」に充当されたとあるが<3>、これら電源の維持管理に必要な資金は、容量市場で担保するのが筋ではないか。小売事業者目線では受益感のない費用負担となっている。
 この制度は早晩、廃止して、カーボンプライシングの中で非化石電源由来の環境価値を処遇し、最終消費者が自らのニーズで調達できるように整えるべきだ。もともと、非化石電源の新設増加には全く寄与しない制度でもある。

(2)節電プログラム

 節電プログラムは、節電に協力する家庭や企業を増やすため、政府が補助金を出して電力会社が実施する節電キャンペーンにポイントを上乗せする施策で、22年12月から本格実施した。背景には2021年1月、22年3月、6月の電力逼迫がある。
 逼迫の主要因は相次ぐ安定電源退出、原子力再稼働遅延による供給力不足であるので、解を需要側に求める発想自体に疑義がある。加えて、国策による節電勧奨であるにもかかわらず、節電の勧奨実施はもとより、システム費用、対応人件費の負担も小売事業者がすることとなった点、事業者目線では不合理である。小売事業者の持ち出し費用を紹介すると、筆者が入手した中手小売の実績では、システム、HP費用が1100万円ながら都庁のシステム費用補助があり実際は700万円、人工は事務局(担当)4名×10日程度(システムベンダーとのやり取り、社内決裁、キャンペーンHP作成の手配、事後報告とりまとめ、日々の発出可否確認等)、各セクションの実務担当5名×5日程度(節電条件、顧客周知、プレス作成等)計、約65人日となっている。小売各社の経営環境の厳しい中、一定以上の負担といえよう。国策ということで協力はしたが算盤に合わない、システム費補助をしてくれる都庁に比べても、国は事業者に寄り添っていない、小売には必要経費は払われないが本件事務局の博報堂には50億円の事務費用が拠出されている等々、小売事業者には不満が広がった。成果はどうだったか? 当初は『参加小売事業者の販売電力量は総計比95%以上』と喧伝されたものの、物価・賃金・生活総合対策本部(第8回)に経産省から提出された資料によると、利用者側の参加件数は23年1月末時点で低圧(家庭)が約706万件、高圧・特高(企業)で約37万件にとどまっている。家庭用は参加するだけで2000円を受け取れると宣伝したにも関わらず、である。<4> 
 上述の中手事業者実績だと、20万口以上の低圧契約者中、実際に応募があったのは2万口に留まっており、上の数字と同様の比率であった。効果が必ずしも大きくない施策への対応に小売事業者が疲れた感が拭えない。

※本稿の論旨とはずれるが、ここまでDRに実際に取り組んできた経験からすれば、節電ベースのDRの効果、ポテンシャルはエネ庁審議会の学識者がいうレベルよりも遥かに低く、動員には破格のインセンティブが必要である(21年1月の逼迫時に70円/kWh近くのDR報奨金を出していた事例を見知っているが、常用戦力としては取り込むには難しい価格水準である。)、彼らは実務への認識が浅いと、私は言い切る。

(3)激変緩和措置

 『ロシアによるウクライナ侵略等の世界情勢を背景に、世界的にエネルギー価格が高騰、為替動向による影響も顕著、エネルギーの9割近くを輸入に頼る日本の電気代・都市ガス代に大きく影響』ということで、23年2月分から電気ガス料金の補助が始まった。この施策実施も小売事業者介在を所与とするもので、システム改修費は国の補助対象だが、HP改修費、人工は小売事業者の持ち出しである。概算費用を中型の小売事業者の実例から参照すると、HP改修費用90万円(本措置周知のための改修費用)、人工は50人日(イニシャル)+72人日(ランニング・2月~9月)。イニシャル:5人×約10人日(HP改修、取次先への周知、事務局への申請、社内決裁等)、ランニング:3人×約3人日/月(月次申請用のデータ収集、事務局への申請、経理処理等)と、人工は節電プログラムを越えるものになっている。
 このくらいの経費と人工であれば、事業者が負担すればいいのではないかといわれるかもしれないが、中堅社員人件費(給与+保険)2千万円として、この人の年間業務時間の約半分が非営利活動に投入されている状況は素直に厳しい。標準的な営業利益率(3%)とすれば、3.3億円の売上逸失に相当する。この人工があれば、脱炭素電気料金メニューの開発や顧客応答時間短縮等より有意義な施策検討に割けたはずである。
 電気代が国の補助によって引き下げられたことをアピールしたい国の意向もあって、小売を介在させることになったとされるが、国が最終消費者に他の施策と合わせてマイナポイント等を利用して還元すれば省力化できたのではないか。なお本件でも事務局博報堂には320億円の事務局経費が認められている。<5> 他業界事業者には適正費用を支払うが、小売は無償で国策に従事させて支障なしとする根拠はどこにあるのだろうか。
 また、節電プログラムで電力消費抑制を訴えたばかりの時期に、電力消費の歯止めとも言うべき高価格を同じ政策当局が外している。平仄の合わない取組であった。

(4)FIT予測誤差調整費用の負担者は誰か?

 送配電事業者にも政策費用を寄せられている事例があることを紹介したい。三次調整力②の費用は、FIT発電事業者に代わり、一般送配電事業者が再エネ予測誤差を調整するための費用であり、実費用はFIT賦課金で手当する原則となっている。ところが 2022年1月~12月の調達費用は、合計約1,477億円であった一方、2022年のFIT交付金は計約700億円であり、約800億円程度の差額が発生したため、その扱いが再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会にて議論された。結果として、800億の内の『約270億円は、機会費用等の計上や起動費等の扱いが当該2022年度に入って見直されている/新たな需給調整市場ガイドラインでは費用計上が認められないものである/よって国民負担を原資とするFIT交付金がこの費用を負担するのは適切ではない/上記金額は交付金の算定対象から除外し、送配電が発電事業者と民・民で取り扱いを協議するべき』と結論された。<6>、<7> 各送配電の調整力調達自体はルールに沿ったものであったことから、ルール通りに調達して期中改定された新ルールの考え方に沿って、費用補填を遡及して拒否されるのでは制度の予見可能性は損なわれるし、送配電各社の健全経営にマイナスになるのではないかと私は考えるのだが、この件はそのまま受け入れられている。国が違えば、行政訴訟になってもおかしくないくらいの費用インパクトがあるのだが、日本の支配的事業者は行政への忖度が過ぎるように感じている。あるいは民民協議が問題なく合意できる(調整力提供側目線でいえば収益放棄になるが)見込みがあったのだろうか。

(5)限界費用玉出し「義務」による安定発電電源の退出

 発電事業者が政策費用を負担した事例としては限界費用玉出しがある。JEPXへの限界費用入札は、当初は自主的取組であった。「予備率を超えるような部分についての適用であり、玉出しは安定供給に支障は及ぼさず、余剰発電力が売れるのだから発電者にとってもメリットがある」という理由で奨励されたのだが、これによる競争活性化をシステム改革の成果として喧伝したい意図があったとみられる。自主的取組であるにもかかわらず、違反に対し業務改善勧告が行われ(2016年11月対東京電力エナジーパートナー)、資源エネルギー庁の制度設計検討の場では限界費用玉出しを定まったルールの如く言及する場面もあり、2022年度には適正取引ガイドラインで限界費用玉出しへの言及度合いが強化されている。ここでいう「限界費用」は「発電変動費用(ほぼ燃料価格)」と同一視され、平時、需給逼迫時の区別もなされないものであった。限界費用玉出しを義務のように強調するのは、スパイクによる時価応札を認めないまま、かつ十分な固定費確保スキームのないままの限界費用玉出しを、発電所の維持管理費を捻出できない発電事業者が好まないからである。
 「自主的取組」の結果、1日前市場取引量は震災前の0.5%から2014年度には全需要の2.6%に上昇し、その後も増加基調である。以来、電力相対卸交渉では、変動料金のみを取り込んだ単価ベースで協議されることが常態となった。私自身、売り側でも買い側でも交渉当事者になったことがあるが、固定費を織り込んだ提案は最初から出されないか、出しても燃料費調整要素を控除した後のJEPX取引価格水準(=限界費用水準)との見合いで低評価となり、拒絶の憂き目に合うかの2択であった。旧一電発電部門が、自社グループ小売販売分で固定費回収を意図すれば、小売間競争で劣勢になり、やはり捌ききれない。結果、維持管理費用ともいうべき固定費を市場でも相対契約でも自社小売充当でも発電事業者は確保できなくなり、安定電源の退出が進行していく。発電所維持管理費の回収スキームを設けないまま電力市場競争、ひいては電気料金低廉化を演出しようとした副作用は大きかった。2020年12月まではJEPXの取引価格は比較的低位安定基調であり、新電力小売は販売量を増やしていったが、2020年末から一転、市況は反騰した。安定電源退出だけが原因ではないとしても、小売間競争は2022年度以降、停滞に転じている。

(6)規制料金

 ここまでいくつかの事例を紹介したが、政策費用の事業者転嫁で最も著名かつ影響が大きなものは規制料金(経過措置料金)である。電力の小売全面自由化後も、消費者保護のため、料金規制経過措置がとられ、小売電気事業者間の競争が十分に進展(エリアで5%以上のシェアを持つ競争者2社がベンチマーク)するまでの間、旧一電小売事業者から引き続き提供されることとなっている。規制料金を特恵的な低水準にしなければならないという明示的な規定はないが、事実上そうあるべきという認識で制度運用が行われてきた。

 旧一電7社が2023年6月以降の規制料金値上げ認可を受けたが、過去の改定申請経緯を振り返ると、以下を指摘できる。

  • 旧一電は規制料金値上げ申請をできればしたくない。費用構造を国に審査されることを好まない。逆ザヤによる収支悪化が受忍できない段階で漸く料金改定に踏み切る。

  • 費用構造の審査は全分野にわたる。スライド条項は織り込まれていない。費用が比較的小さい分野においても『合理化』を審査側は求める。精密な審査は半年程度かかり、この間、申請者(旧一電)の逆ザヤ構造は放置される。従って旧一電料金をベンチマークにしている新電力小売も逆ザヤにさらされることになる。

  • 料金審査対象期間は3年だが、3年経過以降、原価算定の前提条件が変わっていても、自動的修正は行われない。

  • 申請時には稼働が見通せない電源を敢えて織り込み(具体的には休止中の原子力)、原価を一定程度は意図的に下げる。審査側は休止中電源が申請通りに再稼働しないケースを考慮しないが、休止継続見込み電源の再稼働の可能性については意見を差しはさむ。

 いずれも小売側に受忍を求める建付けである。規制料金維持を主張する人々の胸中を推測すれば、『規制料金は社会政策上、必要である。旧一電小売はまだ余力があるので、ある程度の社会政策の肩代わりを求めても問題はない』ということになるか。他国電気事業における規制料金はどうかというと、2018年の電気の経過措置料金に関する専門会合(第2回)に電力中央研究所が提出した分析<8>によれば『欧州委員会は、料金規制は競争や新規投資を阻害するため原則撤廃されるべき/撤廃により、需要家が、価格シグナルに反応、自らの消費を管理、節約や省エネにつながることも意図』ということである。EUでは規制料金は一部、残置はしているが最安値ではない事例もある。EUのACERが2023年に発表した分析<9>では、コロナ禍、ウクライナ戦争以降のエネルギー価格急騰を踏まえ一時的な逆ザヤ規制料金を敷くこともあれば、22年の英国のようにガス価格高騰に応じて上限価格が速やかに修正される事例もあるが、諸措置は機動的である。日本のように硬直的ではない。
 そもそも規制料金が最安値、コストリーダーシップのトップである状況で、競争が活性化する理屈はない。また再エネ受容拡大に資するはずのダイナミックプライシングの拡大、付加価値サービス競争によるイノベーションを阻害している。こういう規制料金姿勢に旧一電が抗わず疲弊するのは勝手だが、小売業界全体が疲弊し、次代の課題への対応能力を損なっている現実を軽視してはならない。
 上述のような背景では、実際の料金審査は申請料金の押し下げモードにしかならない。東京電力エナジーパートナーの事例をみてみると、同社の「規制料金補正認可申請等の概要について」(23年5月17日監視委資料)<10>には減価償却費、他社電力購入費用、委託費等11カ所に『効率化深掘り査定』の文字があり、昨今の人件費上昇傾向にもかかわらず賃上げは織り込まず、脱炭素をいよいよ推進しようという今時にもかかわらず「普及開発関係費について、省エネ、カーボンニュートラルの訴求に関するWEB広告等は、値上げを行う状況下における費用の優先度が低い」「研究費について、費用の優先度が低い脱炭素化や電化に係る研究等を料金原価から除く」として費用圧縮(▲29億円)を指示されている。規制料金原価から除外しても、企業体としては国の方針に従うよう別の場面では要請があるであろうことは容易に予想できる。受け皿となるのは自由料金部門だろうが、政策対応費用を背負っていない規制料金への契約移入が続けば、旧一電のみならず新電力も含めた自由料金部門の売上が減少し、政策対応が難しくなる道理である。結局は国策が求める脱炭素進捗を別の国策が妨げることになる。
 これとは別に、燃料費調整単価の前提諸元参照期間も変更され、見かけの値上げ単価圧縮に利用されている。燃料費調整については基準単価プラスマイナス50%の変動幅を撤廃して燃料相場変動リスクから事業者を解放してほしいというのが当事者の旧一電小売に限らず小売業界全体の願いなのだが、ここでも低所得者層保護の観点から議論にならなかった。新聞、水道、食糧品等他の商品、サービスは制度上の上限制約なしに値上げをしているのと対照的である。
 ここまで規制料金(事実上の家庭用小売りのベンチマーク価格)が人為的に抑え込まれてしまうと、競争活性化は難しい。監視等委では、旧一電小売の域外進出による活性化をてこ入れするために状況分析、改善のための切り口提示(旧一電間の業務提携交渉の在り方の明確化、電気ガスセット販売を容易化する取組検討)を行ってもいるが〈12〉、規制料金が低すぎるがゆえにエリア外では旧一小売といえども越境して戦えない状況には触れない。前述のように規制料金には稼働していない原子力が織り込まれているが、他小売が活用できるベースロード市場には供給計画に記載されていない電源(=2024年度向けベースロード市場でいえば女川2、柏崎7)は対象電源ではない。内外無差別オークションでも同様である。利用可能な制度を活用してベンチマーク(規制料金)に競争できる小売単価にならない状況自体の改善策を監視等委員会は検討するべきではないだろうか。
 競争活性化による電気料金引き下げという理屈で限界費用玉出しを事実上の義務化をする一方、国民負担軽減の大義名分でベンチマークになる規制料金を抑制して、競争が沈滞化している今の状況に、政策の平仄一致は見出せない。
 一つ一つのプロセスは真摯であるものの、着眼大局着手小局ではなく着眼小局着手小局に該当するのではないか。電力業界・周辺業界をどのように活性化させるかという視点がないまま推移しているように感じられてならない。

まとめ

 以上を一覧にするとこうなる。異なる目的の政策実施に際し発生する費用を事業者に寄せて疲弊させ、なおかつ所期の効果は上がらず、副作用の方が大きいことをご認識いただけると幸いである。

3.電力業界が新課題に対応できるための規制目線

 ここまで国策遂行費用を国民負担軽減の名目で事業者に寄せてきた事例を取り上げた。総括原価方式下であれば、一部のコスト受忍も全体で吸収できたのだが、現在の体制下ではコストしわ寄せは各分野の業績に直接影響し、外部評価も否定的になるので、資金調達コストの上昇や人材獲得への障害材料となり、業界全体の次の時代への展望構築への悪材料になる。規制のマインドセットを修正すれば、この点、状況の改善がありうるのではないかと思うので、私見を披露して本稿を締めたい。

(1) 国策代行時の費用負担はNG
 当たり前のことを主張するのも躊躇われるが、非政府・非自治体の要員、リソースを政府が利用するのであれば、政府はフィーを払うのが当然である。企業は国策に無償奉仕して然るべしという理屈は自由市場ではない。本稿2(2)(3)のような事例が今後も続くようだと、費用支出に対する将来予見性が損なわれることになり、新規参入のモチベーションを下げ、既存事業者の事業継続意欲を損なう懸念がある。
(2) 価格規律の緩和
 電力市場は自由化されたという割には、価格規律が厳しいことはご案内の通りで、容量市場、需給調整市場に参加する電源、リソースについては織り込んでよい費用、いけない費用が細かに規定されている。例をいくつか挙げると、容量市場入札では事業報酬、 事業税(資本割・付加価値割)、 法人税、減価償却費の織り込みは認められず、他市場収益は控除するべきとされている。以前の料金算定規則は、現在の『みなし小売料金算定規則』<11>に概ね、引き継がれているが、第3条に減価償却費、事業税、法人税等、第4条に事業報酬を算定する旨、記載され、第6条に部門別(火力・原子力等)にこれらを算定する旨、記載されていたことを踏まえると、容量市場入札ルールでは従来の固定費概念が継承されていないと感じる。減価償却費用を織り込まずして、電源向けのファイナンスが円滑に進むだろうか?
需給調整市場では、限界費用、起動費、固定費回収のための合理的な額等について詳細な規定がある。容量市場、需給調整市場、いずれの市場でも上限価格が設定されている。
支配的事業者である旧一電系が寡占を利して不当な利得を得ないようにという配慮は真っ当な発想ではあるのだが、真っ当な発想が望ましい結果・・・すなわち潤沢な発電力、調整力が確保され、競争による価格低減が国民便益として享受される・・・という流れを必ずしも保証しない。制度設計の背景に、支配的発電者に一部費用を還元しないことで国民負担軽減に向けて措置したといいたいマインドがあったのではないかと想像も働くのである。需給調整市場の制度設計議論では、現時点でΔkWの上限価格設定を定量的に行いたいという意向が資源エネルギー庁側にあるのだが、規制対象が成長途上のDRを含む分散電源であることを踏まえると私は疑問に感じている。新規参入検討者は儲けの可能性を見出しにくい電力セクターを回避し、数多ある他の事業投資分野にリスクマネーを投じたくなる。現在のような分散した総括原価の如き規制マインドをやめ、安全、保安、環境に関する規制はともかく経済性に関わる規制は一旦解いて、参入障壁を減らして新規参入を呼び込んだ上で、事業者間の競争を奨励する方が、結果としては十分な資本投下が行われるのではないか。現行規制が懸念するような起動費用の二重計上のような行為は市場競争により淘汰されるはずだ。市場動向の読みによる投機的な動きも許容すれば、様々なイノベーションやビジネスモデルも出現するのではないか。こういう発想がそもそもの自由化であろうと思うのである。
(3) 規制料金審査の再構築
 筆者は規制料金と電力自由化は両立しないと考えるし、GDPの極一部でしかない電力業界(業界規模は24兆円程度)が所得政策の一翼を担う合理的な意味も見いだせないのだが、どうしても残置したいというのであれば、現行の審査態様は改め、①全体費用の中で構成比率の少ない項目にはスライド調整を導入、燃料費調整条項の上下限は撤廃、申請原価と電源構成が乖離した際にも調整適用等、個別審査を排し、審査期間を短縮できる一部自動化が合理的、②あるいはレベニューキャップへの衣替えが時宜に適っていると考える。②も審査プロセスが非常に混み入っており、自由料金分野を別に持っている事業者の規制部門の料金だけを値下げ前提で審査する建付けに疑問があるが、一定期間毎に洗い替えが行われる点、効率化のインセンティブがある点、期中調整を許容する点は現行の審査よりは勝っている。

※本論から逸脱するが、『電気料金』への思い込みがそもそも重すぎるように感じている。小売事業活動に各種ガイドラインによる制約あり(○○説明義務、●●開示義務、××望ましい行為指定)、小売事業者の日常営業を縛っている。情報弱者、高齢者への配慮ではあるが、通常の小売事業者はこの種の配慮は大なり小なり織り込んでおり、一律化は必須ではない。不当な高価格提示者や顧客に不親切な事業者は市場選択により結局淘汰されるはず、各社で顧客アピールに努めてもらえばよし、と規制側が腹落ちすればいいだけのことで、これこそが自由競争だと私は考えるが、ヤンチャ系新電力の暴走を心配してかエネ庁の事前規制は事細かである。結果として、真っ当に小売事業を遂行している各社が追加対応に費用、人員を負担するだけである。不適切な営業活動は監視委が個別に摘発、指導し、小売業者間の横並び比較も行い、必要があればレッドカードを出して不良事業者を退場させる等の事後措置に重心を置くべきだ。もともと、家庭用電気料金支払額はいっても月額数万円であり、一般家庭であればリスクに晒される金額は金融資産や不動産購入とは別物の水準でしかない。不良小売りと契約しても、別の会社へのスイッチによる損害回避は可能だ。政策・規制リソースを割く分野が違っているのではないか。
 しかし、近日中にでもパブコメ募集がある改訂小売ガイドライン案では、さらに規制強化の方向を取ろうとしている。具体的には、①情報開示の強化「ヘッジ比率の開示」「燃料、市場価格と電気料金の因果関係の説明」、②一層丁寧な消費者案内「高齢者等への専用資料」「筆談読み上げによるコミュニケーション」等である。①「ヘッジ比率」は業務機密に属し、かつ定量化が難しいもの、「因果関係」は正解がない、②はネット中心の集客実態とそもそも合わず、かつゼロコストでは実施できないため、標的顧客からこういった人々を除外する誘因になりかねない。このガイドライン改訂を議論した基本政策小委では、さらにカーボンニュートラルに向けた新しい料金メニューやサービス開発を小売に求める考察も示されたのだが、監視等委の規制料金審査時の姿勢と平仄が合わない。

 本稿では、費用負担、転嫁不良で疲弊している電力業界の各分野の状況を紹介した。材の性質が違うこともあるが、食料品、基礎消費財はもとより水道、ガス、運賃等の公共料金でこのような業界依存による『国民負担軽減策』を私は寡聞にして知らない。今後も、再エネ大量導入受容、水素・アンモニア導入拡大、カーボンプライシング等コスト増が所与になっている諸政策が列をなしている。最終電気料金値上げの段階になると、政策側は何らかの介入を抑えがたくなる可能性は高い。現行同様の規制マインドのまま、国民負担軽減が最優先のままであれば、狭間の事業者において投資意欲は冷え込み、政策の進捗は見込めない。国の政策にかかる費用は須らく国民が負担する/負担額は競争により低下する場面がありうる/事業者は適正利益と競争敗北により淘汰されるリスクを測り参加する/国は事業者が公正に競争できる環境を整える・・・という間合いが望ましい。

 新規施策導入時のインセンティブ付与策は補助金中心。事業者への税控除等他省庁に影響のあるインセンティブ付与は想定外・・・でここまで推移してきた我が国の電力・エネルギー行政だが、GX実行会議で注目できる動きがあった。戦略分野国内生産促進税制(案)がそれで、『戦略分野ごとの生産量に応じた税額控除措置/事業計画の認定から10年間の措置期間(+最大4年の繰越期間)/法人税額の最大40%を控除可能とする等の適切な上限設定』といった文言が織り込まれている。本格的な業界育成モードへの移行の嚆矢であればと願っている。

参考文献

<1> 電力・ガス基本政策小委員会制度検討作業部会「第五次中間とりまとめ(案)(2021年7月)」https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/053_03_00.pdf

https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/053_03_00.pdf

<2> 電力・ガス基本政策小委員会制度検討作業部会「非化石価値取引市場について」(2021年8月)

https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/056_03_00.pdf

<3> 電力・ガス基本政策小委員会制度検討作業部会「高度化法義務達成市場について(2023年10月)」

https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/085_05_02.pdf

<4> 物価・賃金・生活総合対策本部(第8回)
資料1:経済産業省提出資料

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/bukka/dai8/siryou.pdf

<5> 資源エネルギー庁「令和4年度電気・ガス価格激変緩和対策事業費補助金に係る事務局の実施体制等について」

https://www.enecho.meti.go.jp/appli/implementation/2022/0213_01.pdf

<6> 再生可能エネルギー大量導入・次世代電力ネットワーク小委員会「再エネ予測誤差に対応するための調整力確保費用」(2023年3月)

https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/050_02_00.pdf

<7> 同議事要旨

https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/050_gijiyoshi.pdf

<8> 電力中央研究所「欧州における規制料金について」(2018年10月)

https://www.emsc.meti.go.jp/activity/emsc_keika/pdf/002_03_00.pdf

<9> ACER “Energy Retail and Consumer Protection”

https://www.acer.europa.eu/Reports/2023_MMR_Energy_Retail_Consumer_Protection.pdf

<10> 東京電力エナジーパートナー株式会社「規制料金補正認可申請等の概要について」(2023年5月)

https://www.emsc.meti.go.jp/activity/emsc_electricity/pdf/0045_03_03.pdf

<11> 平成二十八年経済産業省令第二十三号みなし小売電気事業者特定小売供給約款料金算定規則

<12> 電力ガス取引監視等委員会 第90回 制度設計専⾨会合「⼩売電気事業者に対する業務改善命令及び旧⼀般電気事業者の域外進出に係る対応について」(2023年10月)

https://www.emsc.meti.go.jp/activity/emsc_system/pdf/090_03_00.pdf

筆者略歴


東京電力株式会社→オリックス株式会社→ENEOS株式会社→
<現籍>東急株式会社兼株式会社東急パワーサプライ
<分掌業務履歴>
燃料調達、燃料輸送、燃料上流投資、燃料輸送船投資、火力・再エネ発電所開発、電力調達、電力卸、電力デリバティブ、分散電源アグリゲーション(蓄電池、卒FIT、DR)、
地方自治体官民連携、制度渉外等

なお本論考は筆者の現所属先企業の見解を代表しません。