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アートとともに、社会のインフラを整える~SW/AC 奥山理子・小泉朝未~

京都の今を生きるU35世代の価値観を集めたメディアです。
「京都市基本計画(2021-2025)」を出発点に、
これからの京都、これからの社会を考えます。

2020年春、東九条にオープンした「Social Work / Art Conference(以下、SW/AC)」。
福祉や教育などの多様な分野と、アートとを結びつけ、それぞれの課題を解決していくための相談事業を展開されています。

今回お話を伺うのは、ここSW/ACでディレクターを務める奥山理子(おくやま りこ・カバー写真向かって左)さんと、アシスタントコーディネーターの小泉朝未(こいずみ あさみ・カバー写真右)さん。

2人が大切にされている価値観「#こぼれ落ちそうなことを大切にする」「#それぞれの表現を楽しみつながる」「#漢方薬のようにじっくり向き合う」について、お話しいただきました。

ゴールはひとつに決めずに、可能性を模索する

───まずは、2人の普段の活動について教えてください。

奥山:
私たちSW/ACの母体は、一般社団法人HAPSといいます。京都で暮らすアーティストの方々を支援し、国内外に広く活動を展開していくためのよろず相談所として設立されました。SW/ACでは、こうした機能を更に広げて、アートを通じて社会や地域の課題に取り組もうとする方からの、様々な相談を受け付けています。

アートの定義や、解釈、活動領域って、社会の変化とともにどんどん変わっていきますよね。そして、そういった社会の変化に対して敏感に反応するのも、アートの役割だと思うんです。普段はなかなか出会わないような異分野の方同士が結びつくことで、新しい可能性が見つかったら良いなと願って、日々活動をしていますね。


小泉:
相談に来られるのはアーティストはもちろん、福祉施設の施設長さんなど、幅広い方々。「あの人と共通の関心がありそうだな」「この人と一緒にプロジェクトをしてほしいな」。こうやって、新しい出会いから生まれる価値観を想像しながら仕事ができるのが、私にとってはすごく貴重なんです。それぞれの課題を解決できれば、皆さんの毎日の現場が少しずつ変わるかもしれない。そんな希望を抱いて、活動に取り組んでいます。


───具体的に、どんな相談事例があるんですか?

小泉:例えば、福祉施設でお菓子をつくっている作業所の方から、パッケージデザインの相談を受けたことがありました。ヒアリングを重ねていった結果、施設の利用者さんと一緒にイラストの制作をして、デザインに反映してくださるアーティストを紹介。ただパッケージをつくって終わりにするのではなく、その作業の工程も楽しんでいただけるようなプロジェクトになったんです。

相談があったときには、ゴールをひとつに決めずに、色々な方法を議論するようにしていますね。


奥山:
私たち自身も、常にアートの可能性を探しています。「こんなことができるかな、次はこんなことがしてみたいな」って、自然と話題が膨らむように、楽しく話し合いがしたいですね。

また地域の方々も、少しずつ私たちのことを知ってくださるようになりました。道端で出会ったら挨拶してくれたり、「何かあったら相談にのるよ」と声をかけてくれたり。これまでの活動が地域にも浸透してきたなと感じる瞬間が、最近では段々と増えてきています。

成果で測れない物事の中にこそ、次の未来へのヒントがある

───京都で活動をすることの、魅力はありますか?

小泉:
私たちは東九条で活動していますが、相談自体はエリアを定めずに、幅広く受け付けています。国籍の違いに限らず、障害の有無やジェンダー、世代などの様々なあり方を多文化と捉える幅広い共生のあり方は、仕事をしていく上での参考になっていますね。「色々な人たちが生きやすい社会ってなんだろう?」と考え、実践されることで、この地域で育まれてきた文化なのだと思います。

また、魅力的なアーティストの方々が多いのも、京都の面白さのひとつ。現代アートや舞台芸術、伝統芸能など、子どもたちが様々なアーティストと出会える公的なプログラムも展開されています。美術系の大学もたくさんありますし、アートを育て、支援していく地盤が整っているように感じますね。

奥山:絵を描く人、陶芸をする人、ものをつくる人、パフォーマンスをする人など、ユニークな表現者が生活者としてすぐそこにいるのは面白いなと思います。著名なアーティストの方と、近所のドラッグストアでばったり出会うこともありますし(笑) 

また、私は東京で、文化プログラムに取り組んでいた時期があったんです。そのときは組織も事業も規模が大きかったこともあり、アーティストに仕事を依頼しようとすると、複雑な手順が必要でした。でも京都では、少し声をかけるだけで、気軽に集まってきてくださいます。そして世代やキャリアを超えて、活動を盛り上げてくれる。それは、京都の持つ豊かさだなと感じますね。

あと東京にいた当時は、展覧会やイベントの開催実績が、事業計画の大きな部分を占めていることにジレンマを抱えていました。関係者の方とのたわいないやりとりに、じんわりと感動したりとか、準備のプロセスの中に思いがけない発見があったりとか……。そういった数値化された結果では測れないものの中にも、大事なことがあると思ったんです。

これまで、こぼれ落ちてしまっていたかもしれないことも大切にする。きっとそんなものの中にこそ、次の未来へのヒントがあるんじゃないかと感じています。

───2人がアートや社会課題に対して、興味を持ったきっかけを教えてください。

小泉:
最初は「自分自身の生きやすさ」のためでした。私は決められたことを単純になぞるだけの生き方が、すごく苦手で。指示されたことを忠実にやり切るだけでなく、考える余地がある場所で何かをしたいという願望があったんですよね。そんな中、アートに接したときに、心が安らぐ感じがしたんです。

また、大学院では臨床哲学を専攻していました。さまざまな現場で学問を深めていく中で、障害や民族的な課題を抱えているような、社会的マイノリティの方々とたくさん出会ってきたんです。そういった方々は声をあげているのに、社会全体の理解や関心が、なかなか進まないことが多くて……。

そんなとき、共生・福祉の領域で行われるアート活動について、リサーチする人を募集していると耳にし、HAPSを知ることになって。アートの視点を持ちつつ、人権や福祉などの社会全体に広く貢献できることに強く興味を抱き、大学院を卒業してすぐにHAPSに加わりました。


奥山:
小泉さんと最初に出会った当時は、ちょうどSW/ACの立ち上げを計画していた頃でしたね。それぞれ共通したつながりや知識を持ちつつも、実践してきた分野やフィールドが少しずつ異なっているので、小泉さんを通して学びが広がっていく感じも確実にあります。本当に良い方が来てくれたなと、毎日思っていますよ!

あらゆる人を、置き去りにしない社会のために

───奥山さんの場合は、いかがですか?

奥山:私の母は、障害者支援施設で、20年以上施設長をしていました。その施設は亀岡にあって、自然も豊かで広々としていたんです。当時中学生だった私は、休日になると施設まで出かけていって、施設の皆さんと一緒に絵本を読んだり、散歩をしたりしていました。それは私にとって、自分のことも大切にできる、とても貴重な時間だったんです。

ただ改めて周りを見渡してみると、職員の方とケアを受けている障害のある方の、二通りの人しかいないことに疑問を持ちました。社会にはもっと多様な人がいるのに、施設の中では二通りしか見つからないことに不思議さを感じたんですね。私のように、この環境に居心地の良さを感じる人もいますし、障害のある方のまわりにも、自然と多様な人たちが集まれる状況をつくれないかなって……。中学生のときに感じた違和感を解決する答えを、今でもずっと探しています。


小泉:
奥山さんは、「施設の中で暮らすってどういうことだろう、彼らにとって社会ってなんだろう」と、よく話してくださいますよね。すぐに解決策が見つかるようなことでは決してありませんが、私も考えたいことのひとつです。


奥山:
私自身も、なかなか同世代や社会の枠組みに馴染めず、中学生時代にいじめを経験したり、10代の後半から20代にかけて深刻な心身の不調を経験したりしたこともありました。当たり前のように学校に行って、当たり前のように大人になると思っていたのに、すべての選択肢が失われてしまって……。社会からドロップアウトして、自分なんて存在しなくて良いんじゃないかと悩み、本当に苦しかったんです。

そんなどん底にいる中で、私はアートと出会いました。美術館に行ってアーティストたちの作品を見たとき、すごく明るく優しい印象を受けて。そして、多様でオリジナリティのある生き方をしている人たちが、同世代にいることに衝撃を受けたんです。アートからもらった勇気が、人生を回復させてくれる支えになってくれました。


小泉:
アーティストというと、孤高の天才肌のようなイメージを持たれがちですが、彼らも一人の人間。それに、絵を描いたり写真を一枚撮ったり、自分なりの楽しみとして表現をしている人もきっと多いはず。「アート=特定の人しかできないこと」と決めつけるのではなく、みんながそれぞれの表現を楽しんで良いし、それが誰かの救いになることもあるんだなと思います。


奥山:
ただ「アートには生きるチカラがあります!」「人々を元気にします!」など、一般化した標語にするのは、少し危険ですよね。私たちは、たまたまアートから勇気をもらった経験があったけれど「あなたはどうかな?」って。盲目的にならずに、きちんと声を聞くことが大切ですね。私や小泉さんのようにダイレクトな経験でなくても、ささやかな出会いで今の状況がぐっと良くなることってあると思います。そういうきっかけが、私たちの活動を通してたくさんうまれていったら嬉しいですね。

───最後に、これから2人が挑戦していきたいことを教えてください。

小泉: 私は「対話」に興味を持っています。大学院でも、様々なルーツのある人で集まって、一緒にものごとを考える対話をずっとやっていました。まったく違う考えや経歴を持っていても、対話を通して互いへの理解を深めていける可能性はあることを学んだんです。

きっと社会全体でも、対話ができる場所や時間が増えることで、変わっていくものがあるんじゃないかなと思います。ぽつんと孤立してしまいがちな方がいたとしても、対話を通してつながり、変化できるような機会を増やしていきたいですね。


奥山:
そうですね。当事者だけでなく、あらゆる人たちを置き去りにしない社会のために、私たちが役に立てることがないか、ずっと探し続けていきます。

私たちの活動って、漢方薬のようなものだと思うんです。即効性はありませんが、じんわりと効いてくるような。社会や人生の中で慢性的に続いている課題に、じっくり向き合い、関わっていくような仕事です。まだまだ認知度は低いですが、専門職として必要にされる未来がくると嬉しいですね。

これまで目を向けてこなかった課題に意識的に取り組んでいくことって、すごく勇気がいるし、痛みも伴うかもしれません。そんなとき色々な関係性がその人のまわりにあることを想像してもらいながら、隣にいたり、ちょっと前とか、ちょっと後ろにいたりしながら、一緒に歩いていきたいと思います。

インタビューを終えて

終始、物腰やわらかに接してくださった、奥山さんと小泉さん。インタビューというよりも、カウンセリングを受けているかのような気持ちでお話を伺いました。

様々なバックグラウンドを持っているからこそ、あらゆる可能性を信じ、肯定しつつ、対話ができるのだと思います。「いつか、私たちの仕事が専門職として必要とされたら嬉しい」。その未来は、きっとここ京都・東九条から始まるのだと、確信したひとときでした。

今回集まった、新しい価値観は3つでした。

「#こぼれ落ちそうなことを大切にする」
「#それぞれの表現を楽しみつながる」
「#漢方薬のようにじっくり向き合う」

※本記事は、京都市の委託に基づくものです。

プロフィール

奥山理子(おくやま・りこ)
Social Work / Art Conferenceディレクター・みずのき美術館キュレーター

母の障害者支援施設みずのき施設長就任に伴い、12歳より休日をみずのきで過ごす。施設でのボランティア活動を経て、2012年みずのき美術館の立ち上げに携わり、以降企画運営を担う。アーツカウンシル東京「TURN」コーディネーター(2015-2018)、東京藝術大学特任研究員(2018)を経て、2019年より、HAPSの「文化芸術による共生社会実現に向けた基盤づくり事業」に参画。


小泉朝未(こいずみ あさみ)
Social Work / Art Conferenceアシスタントコーディネーター

1991年大阪生まれ。大阪大学 臨床哲学研究室への在籍をきっかけに、子どもや多様なルーツを持つ人々とのアートや表現を通じた対話の活動や、共生に関わるアートプロジェクトの記録と研究を行う。大阪大学文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。2020年4月より一般社団法人HAPS (Social Work / Art Conference)に勤務。


<HPリンク>
Social Work / Art Conference
http://haps-kyoto.com/swac/


取材・文・写真:小黒 恵太朗(株式会社アイトーン / ひとへや主宰)

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