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岡本綺堂「玉藻の前」

玉藻の前(たまものまえ)伝説。
・・・平安時代、その美貌と教養で鳥羽上皇の寵愛を受け「玉藻の前」と呼ばれた女官が、実は天竺や唐土で極悪非道な所業を重ねて来た「九尾の狐」という妖(あやかし)であった、という話である。
陰陽師の安倍泰成(安倍晴明の直系の6代孫)に正体を見破られ、宮中から逃げ出した九尾の狐はその後、那須野(現在の栃木県那須あたり)に逃げ、そこで討伐軍によって討たれ、巨大な石へとその姿を変える。
その石は、近くを通る人間や動物、その上を飛ぶ鳥にいたるまで、すべての命を奪う力を持ち、「殺生石」と呼ばれ恐れられたという。

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この伝説の原型は室町時代には成立していたらしいが、伝説というものがだいたい皆そうであるように、色々な形で語られるうちに変形したり、新しい要素が入ったりして、上のような感じにまとまったのは江戸時代に入ってからのようだ。

御伽草子、能、浄瑠璃、読本、歌舞伎、と様々なジャンルで語られたこの伝説は、最近ではゲームとかアニメとかにもなっているらしい。
まあ、妖艶な美少女(じつは獣の姿をした妖魔)と陰陽師の戦いなんて如何にもアニメ/ゲーム映えしそうだ。

様々なジャンルで語られた、などと知ったふうなことを書いてみたが、ぼくが読んだことがあるのは岡本綺堂の小説「玉藻の前」だけである。

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この間、京都の真如堂というところに行った際、そこの立派な三重塔の脇の方に「鎌倉地蔵」というものがあったらしいのだが、あまり注意を払わずに通り過ぎてしまった。

この裏のほうに鎌倉地蔵があったのだが・・・

後になって、この鎌倉地蔵というのは殺生石を材料にして作られたという伝承の有る地蔵だと知って、もっとよく見ておけばよかった、と後悔した。

玉藻の前伝説は九尾の狐が殺生石になってとりあえずは終わるが、その後殺生石は長い間人々を苦しめ、100年以上経って後、玄翁和尚という人によって叩き割られたとされている。
その石の破片は日本全国に飛び散り、各地に殺生石の伝承が残っているらしいが、玄翁和尚は残った石を彫って一体の地蔵を造った。その地蔵は鎌倉に安置されていたので「鎌倉地蔵」と呼ばれたという。
江戸時代になって、何とかいう人の夢枕にこのお地蔵さまが立ち、京都の真如堂に移すようお告げが有ったので、そのお告げに従って真如堂に移されたのだそうだ。

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岡本綺堂の「玉藻の前」を読んだのはもうずいぶん前のことで、「面白かった」という記憶はあったものの、細かいことはほとんど忘れていたので、これを機にもう一度読んでみたくなった。
岡本綺堂といえばなんといっても「半七捕物帳」、そして怪談話、それから「修善寺物語」をはじめとする新歌舞伎の戯曲が有名で、「玉藻の前」は代表作とは言えない。
昔読んだのは単行本だったが、今あるかどうか。
などと思いつつ、とりあえず本屋で文庫本の棚を探してみると、意外とあっさりと見つかった。
光文社文書「修善寺物語」。

収録作品は「玉藻の前」「修善寺物語」「番町皿屋敷」の三作品。
「修善寺物語」が文庫本のタイトルになっているが、「玉藻の前」は長めの中篇なので、半分以上の分量を「玉藻の前」がしめている。
ちなみに「修善寺物語」と「番町皿屋敷」は、もともとは戯曲だが、この文庫本に収められているのは小説。
自分の戯曲を小説化した、いわばセルフノベライズ作品と言ったところ。
ノベライズ、というと元の映画や戯曲と比べると一段も二段も落ちるような印象があるが、綺堂は小説の名人でもあるので、ノベライズの方も読み応えのある面白いものになっている。

この文庫本の初版発行は2021年7月。
へえ随分最近なんだな、と思ったが、表題作の「修善寺物語」が源頼家に関する物語であり、ぼくは大河ドラマは久しく見ていないので良く知らないのだが、2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」というのが源頼家をめぐる話ということで、どうやらそれを当て込んで出された文庫らしい。
まあそれはともかく、「玉藻の前」を文庫で読めるのは素晴らしい。

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岡本綺堂の「玉藻の前」はこんな風に始まる。

「ほう、よい月じゃ。まるで白銀(しろがね)の鏡を磨ぎすましたような」
あらん限りの感嘆のことばを、昔から言いふるしたこの一句に言い尽くしたというように、男は晴れやかな眉をあげて、あしたは十三夜という九月なかばのあざやかな月を仰いだ。

男はまだ15歳。
14歳の美しい少女と連れ立って歩いている。

「のう、藻(みくず)」
「おお、千枝まよ」
男と女とはたがいにその名を呼びかわした。藻(みくず)は少女の名で、千枝松は少年の名であった。用があって呼んだのではない、あまりの寂しさに堪えかねて、ただ訳もなしに人を呼んだのである。二人はまた黙って歩いた。
「観音さまの御利益があろうかのう」と、藻はおぼつかなげに溜息をついた。
「無うでか、御利益がのうでか」と、千枝松はすぐに答えた。「み仏を疑うてはならぬと、叔母御が明け暮れに言うておらるる。わしも観音さまを信仰すればこそ、こうしてお前と毎夜連れ立って来るのじゃ」

父親を病気から救うために観音様に夜参りをする少女と、彼女を守るために連れ立って歩く少年。
この瑞々しい少年少女の淡い恋心が描かれる冒頭部分が印象深い。

この後、妖魔に乗り移られた少女は関白の屋形に奉公に召され、あっさり千枝松を捨てて都の中枢へ入り込む。
絶望した千枝松は川に身を投げようとしたところを、陰陽師の安部泰成に助けられ、彼の弟子になる。

その後は伝説通りに話は進み、怪異あり策謀ありの実に面白い伝記小説になっているのだが、冒頭の汚れのない少年少女の印象が最後までうっすらと響いていて、どこか切ない味わいを出している。

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