戯言

生きていると思うようにならないことの方が多いものですが、思うようにばかりなったとき、
「あれ?自分、天才かもしれない。」
と思います。
天才ではないのですが、口に出してしまいます。
そういうのの内容は大抵大したことじゃないんです。

仕事中にたまたま持ってきた資材の数が必要数とぴったりあった
とか
作り上げたものが思った以上に美しくできた
とか
大体ぴったりあった系か、思ったよりよかった系が起きた時に言っています。
しあわせな人だね、と言われることもあります。
そう感じる事が世の人にとってしあわせならばしあわせな人でしかないでしょう。
そこに負の感情が入っていても構いません。
自分の感じたことと、周りからみてもよかったことなら別に大したことなくてもいいでしょう。

ここが自分本位だけになり始めると話は別です。
周りにとってマイナスだった場合、これはただの阿呆の戯言です。むしろどちらかというと失言になってきます。
戯言はプラスかプラマイゼロのことにしか使えないのです。

全く合ってない数の在庫を揃えて天才かも、って言っている人がいたら、「そうだね」と言いながらこちらでお尻を拭いて差し上げて次からはその人をその仕事から外す、または全く違うということを数値を論理立てて全て明示して教えてあげたくなりますよね。(ならない前提。)

戯言は戯言でなければならない。
周りのことも大切にする意識で今日も戯言ばかり言ってきます。

#屈強に弱小
#今日は屈強よりの日

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