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Vol.8 南米編 -継承するとは?-

8回目まで来ました。
今日は僕のレフェリー人生で欠かせないビッグイベント、南米研修について書いていきたいと思います。

南米について話し出してしまったら、
これだけでも項目10個書けてしまいそうなくらいの勢いなんですが、笑
その中でも僕が特に心に残っている「継承すること」について書きたいと思います。

南米のエピソードに入る前に、
まずは僕が尊敬する先輩がよく話している、伊勢神宮の大工さん達の間で受け継がれる、「継承」と「伝承」の話からしたいと思います。

伊勢神宮では、20年おきに行われる式年遷宮が1300年間続いています。
式年遷宮とは、簡単に言うと20年ごとに社殿を新しくして、神様がお引っ越しをする、というものです。
このための技法やノウハウは、工事を担当する大工さん達の中で脈々と受け継がれているものです。

人間が80年生きるとして、大工さんは20年おきに行われる式年遷宮に、
20年周期×3回転関わることが出来ます。

最初は弟子として師匠の元で技を学ぶ20年間
2回目は、学んだ技術を現場の中心で発揮し、それを推し進めていく存在としての20年間
そして最後は、弟子に「継承する」師匠として20年間を過ごします。

これが教えが途切れずに継承されていく、ということです。
最後の弟子に現場で伝える段階が抜けてしまうと、「継承」が「伝承」になってしまう可能性があるんです。

レフェリーの世界にも、指導者がいます。
彼らは、インストラクター、アセッサーと呼ばれ僕らの試合を評価します。
インストラクターは、基本的に現役を退いたレフェリーが、自分の体はもう動かないけれど、サッカーを支えたい、後進の育成に何か貢献したいという思いのある方が務めています。

ここでポイントとなるのは、
「自分の体はもう動かないけれど」ということです。

僕は指導の現場では、
「やって見せる」ということがすごく大事だと思っています。
Vol.2で書いた感動した試合のように、パフォーマンスで示せることが一番理想的だと思っています。

なぜかと言うと、
いくら理論的な指摘でも、現場では常に状況が変化しているので、そこに対応出来なければ机上の空論となってしまうからです。

「その理論や考え方、実現可能なの?」
言い換えると、「お前それ出来んの?」
の壁を突破しなければ、
いくら正しいことを伝えたとしても、それは実体が伴わない方法論、「伝承」になってしまいます。
その壁を突破するためには、
「やって見せること」が大事で、そこで初めて「継承」の第一歩を踏み出すことが出来るとおもいます。

人生が進み、様々な経験を通じて、
自分の経験値がたまってくると、
一部のトップレベルの人達を除き、人は学びをやめてしまうことがあります。
逆に言うと、学びをやめない人がトップレベルにいけるのだと思います。

自分の経験は財産です。
誰にも否定は出来ない絶対的なものです。
ですが、自分の経験だけで話をする様になると、時代や現場との感覚にズレが出て来てしまうことがあります。
よくある分かりやすい例で言うと、
「俺らの時代は、こうだったんだぞ!」というものですね笑

だから僕も、ここで書いていることは現時点での経験のまとめです。
なので、僕もこれをアップデートし続けなければ全く意味がないんですね。
あくまでこのnoteは、新しい知識を更に入れるために、今ある自分の経験を整理しているという表現が良いかもしれません。

僕は、ウルグアイのトップレフェリー、ブラジルのサンパウロ州のレフェリー達と共に時間を過ごしたことで、
「継承する者のあり方」
「継承されるのあり方」を学びました。

彼らの凄さは、
継承する者としての限界を知っていたことです。
限界とは、自分が出来ること以上のことは教えられない、ということです。
自分が教えられること、伝えられることがある間は全力でそれを伝えます。

しかし、自分が教えられる範囲を超えた時、
「僕から君に教えられることはもうないよ」ということを喜んで認めるんです。

これは本来喜ばしいことなんですが、
日本では、「指導者」という立場である以上、一生教え続けなければいけないんだという先入観や責任感に囚われて、苦しそうな方がいらっしゃったりします。

自分の限界をきちんと知り、
いつまでの自分の手元に置くのではなく、
後輩を次のステップに進めてあげるのが先輩の役割なんじゃないかな、と思います。

例えば、地元のちっちゃい病院で治せない病気になったのに、「絶対うちで手術します!」って言われても、困るじゃないですか笑
「いやいや、ここじゃそんな施設ないんだから、早くおっきい病院紹介してよ」という感じです笑

終身雇用制度の考え方もこの「先輩像」に近い気がしていて、先輩と後輩の縦の関係をすごく大事にしますよね。
日本では後輩が先輩を超えることへの耐性がちょっと低いなぁと思ったりします。 

先輩が経験だけで話をするようになった時、
学びをやめてしまった時、
アップデートが止まってしまった時、
本来この関係性は崩れ始めると思うのですが、長い間強固に維持されていますね。笑

でもこれは「指導者側」、「先輩側」だけが悪いわけではないと思っています。
本来は、「継承された者」は、「継承した者」をリスペクトするべきなんです。
これが踏み台にしてやろうとか、先輩の経験を蔑ろにする後輩がいるので、不安になってしまう先輩がいるのも事実です。

ウルグアイやブラジルでは、
この関係性がものすごく心地良かったんです。

ウルグアイのあるFIFAレフェリーは、
「僕はレフェリーのことは全部彼から教わったんだよ」と誇らしそうに僕に紹介してくれました。

俺はもう先輩のことを抜いたとか、
踏み台にしたなんて、ちっとも考えてないんですよね。

それを受けた彼の先輩は、
いやいや、今はもう君の時代だよ、と温かく笑って見守っていました。

サンパウロでお世話になった70歳の現役レフェリーは、
昔はブラジルのトップリーグをやっていた実力者で、「僕にはレフェリーの血が流れているからね」と、今でも現役を貫きながらも、
地域のアマチュアリーグ運営を自ら進んで行なっていました。

彼はこれまで周りのレフェリーみんなを育て、
みんなからの厚いリスペクトを受けていて、
でも、「みんなが活躍してるから、僕はもう裏方でいいんだよ笑」と。

素敵な関係性ですよね。

日本では、
「先輩を敬え」という年長者
「老害だ」という若者がいます。

でもこれ、お互い様だと思うんです。
特にレフェリーの世界では、サッカーを支えるという共通の目標があるので、
もっと協力してやればお互い前向きに進めるのにな、と思ったりします。

会社でも一緒なんだろうな、と思います。
「会社の利益のため」に意見を言えるのか、
「先輩のメンツのため」に意見を言えないのか、
せっかく同じ目標に向かっている仲間なので、
みんなで優先順位をその目標にするような空気感で進めたらいいのになと思います。

少し脱線しましたが、

先輩のみなさんは、
自分が出来ることは後輩に全力で教えてみませんか?
後輩が自分を超えたのであればそれを喜んでみませんか?

後輩のみなさんは、
教えを受けた先輩のことをもっとリスペクトしてみませんか?
大事にしてみませんか?

このお互いの歩み寄りがあると、
学びが「継承」されていくんじゃないかなと思います。

今日はこの辺で。

それでは。

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‘98年生まれ 暁星高校から慶應義塾大学文学部へサッカーのレフェリーとして活動しています。これまで学んだことを卒論としてまとめていきます。『卒論-僕がレフェリーから学んだ10のこと-』

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