心の断捨離|私が取調室に入った時

私は約19年前に、とある警察署の取調べ室にいた。

それは刑事さんから、「廊下で話すことではないけど、今部屋がここしか空いてないから、悪いけどいい?」と言われて、取調べ室に入った。


何となくだけど、なぜか今でもあの部屋に入った感覚は覚えてる。

何かしらで人の念を感じたのかもしれない。
何かはわからないが物凄い圧迫感を感じたのを覚えてる。


これは後に知ったことなのだが、刑事さんは通称”マル暴”といって、主に暴力団などの反社を取り締る部署の方だった。

刑事さん「彼らと連絡とったよ。それでね、彼らは君の言うような事実は一切無いっていうんだよね。でも、君が嘘をついてるようにはみえないんだけど、どおなの?
疑う訳じゃないんだけど、この手の事は証拠がない以上、こちらも何とも言えなくてね。もう一度内容の事実確認していい?」


そんな具合に、もしかしたら自分は、刑事さんからしたら1つ違えば取調べを受ける側としての扱いの狭間の存在だったのかもしれないと思わずにはいられなかった。


私は全ての事実を話して、今関わっている人の話や自分の状況なども全て話した。

刑事さん「・・・ならね、これから対処するにあたって、君はまだご両親がいて、実家もあるなら、これらの事実をご両親に全て話すことにするね。いい?」

私「え!!そ、それは話して欲しくないです」(弱々しい声で)

刑事さん「こちらも保護してくれる人がいるなら話さなきゃ、君はこれからどうやって生きてくの?」

私「自分のことは自分で何とかするから大丈夫なんです。だから、、、」

刑事さん「何とかするって今、警察に助けを求めてるんでしょ?今関わってるヤクザからも逃れられなくなるかもしれないんだよ。どうするの?両親に話さなきゃ、こちらも助けられないよ。」

私「分かりました。。。。。」


そんなやり取りの上、刑事さんから両親に全ての状況を知られることになった。
当時は両親とも音信不通で連絡も一切してなかったので、両親の気持ちを察すると申し訳ない気持ちになった。


その後、刑事さんは全面的に協力してくれるようになった。
彼ら(私への加害者)へは、もし今後10年で何かしらの犯罪を犯したら、今回の件も全て対処できるようにしてくれた。私の事件を最後に、その刑事さんは本庁の霞ヶ関に異動になるとのことだった。

そして私は有難くもその6ヶ月後には実家に帰った。
(またすぐ家を出ることになるのだが、、、、💧)


そんな苦い取調べ室の想い出。


あー、あの時関わった人達はどうしてるのだろうと、ふとした時に思い出す時がある。


何にせよ、感謝♡♡

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