認めたくない─「最底辺の業界」
夜も更け、だいぶん酔いが回っていました。
同じくらい酔っ払った誰かに、「最底辺の人間、最底辺の業界って何だと思う?」なんて、それ自体が最低の質問をされました。
「職業に貴賎なし」──ぼくがいつも、いつもいつも言っている信条です。
自分が一度も就職したことがないこともあり(大学を卒業した後、ずっとフリーでやっています)、頼まれればいろんな仕事をします。だからこその「職業に貴賎なし」なのかもしれません。
が、その直前の数年間に嫌な依頼が続いていたせいでしょうか。その時は即答してしまいました。
「飲食業界」
「パセリを使い回している」とかの話じゃありません。
すみませんやはり言い訳をさせてください。ぼくは、特定の生まれとか育ちとか生業だとかで他人のことを色眼鏡で見る人のことを軽蔑しています。もし自分がそうするならば、自分を軽蔑します。
でも、ぼくが学生バイトから始まって有名人の集まる高級店までいろいろ関わってきたたった6、7軒。
今から話すのはその6、7軒のうちのたった2軒のお話しです。
どうか、この文章で色眼鏡を持たないでください。特に高校大学生がアルバイトできるの、飲食店ぐらいですしね。がんばって。
ある24時間営業の、その県だけでチェーン展開しているラーメン屋さん。
ぼくは上の人に頼まれ、一時的に深夜のマネージャー兼店員として入っていました。
看板は派手に、つくりは簡素に、という形態のお店でしたから、テーブル席の座席の上板をパカッと外すと、下にはいろんな具材やら調味料やらの一斗缶が入っていて、収納庫を兼ねているんですね。
そこに夜中、酔っ払って入ってきた学生さんたちが、たまに財布を落としていく。
そうしたら、ある店員さん──ぼくとも仲良くしていたのですが──その財布を見付けた途端、パッと椅子のフタを外して中に入れちゃうんです。
何分か後に学生さんが戻ってきて「あのー、財布忘れてませんでした?」と言っても知らん顔。
そこはぼくや店長がゴニョゴニョっとして、「あ、ありました!」と自然な形で戻し渡すんですが、本人は知らん顔のまま。あとでどんなに責め立てても。
実は彼の誘いでその友人も同じお店に入っていたのですが、その彼に券売機の集金を任せると……このへんはもう言わずともご想像のとおりです。
「なぜこの人たちはそんなすぐバレることができるんだろう??」と不思議でしかたありませんでした。
が、そのへんを黙認しながらでも雇い続けれなければいけない世界のようでした。
元気よく働くいい子たちではあったんですが──その悪癖さえなければ。
クビにしました。
もうひとつ。
芸能人や有名人がお忍びでやって来る、ある一軒家のフリをした界隈だけで有名なレストランです。
ぼくはアルバイトではなく、ちょっとしたコンサル的に関わっていました。
そこには多くの年代物のワインがあったのですが、ある日社長がぼくに、その大きなワインセラーを指さして「これをグルグル巻きに縛る方法はないか。鎖でも鍵でもなんでもいい、考えてほしい」とおっしゃる。
曰く、「従業員が勝手に飲んでしまうから」。
ぼくはそのとき「アホかこの社長」と思ったんですが──あとあと調べたら、実際に隠れ宴会してましたわ、閉店後に一部の従業員が集まって。超高級ワインで。
飲食業界って、お給料は安い上に理不尽な扱いを受けることも多いですので、そういう行動で憂さ晴らしをする人たちもいるのでしょうね。
もう一度いいますけど、これ、業界人には名の知れた(でも場所は一般人には秘している)レストランのお話です。田舎町で呑気に暮らし育ってきたぼくにとっては、衝撃でした。
なんだか飲食業界だけのことに悪印象を持たれそうなので、「どんな業界にも底辺の人間はいる」という意味でもう一件。
これから伸びるけれどもまだまだ小さい、そんな会社を立てたばかりの友人が、30年ぶりに会った高校時代の旧友を勢いでそのまま誘い口説き、会社に入れた(これがまたまあ、日本有数の有名高校ですわ)。
で、1年経って、どうやらその旧友が、会社の小金をくすねている。気がする。自分の知り合いを手下として経理に入れて、黙認させている。ような気がする。タカオ、調べてくれまいか。
──と、そんなご依頼があり、中に入ってみましたら。
彼、たった1年の間に6千万くすねてましたわ。
その小さな会社から。
あとでPCの中身からタクシー券まで全部調べました。
毎日都外から1万円かけてタクシー出勤してました。
いろんな資料を重ね読み解くと(←ぼく、そういうの得意なんです)、その人がその日一日何をしたかも分かったりします。
ああコイツ、銀座で飲んで(会社の経費)、タクシーで六本木まで行って(経費)飲んで(経費)、最後に五反田で女の子買ってる。
(さすがに五反田のは経費にはしてなかった。でも彼が買った女の子はこの子だろう、という営業用のTwitterまでは特定しました ←ぼく、そういうの得意なんです)。
結局彼は会社を去ることになりましたが(当たり前ですね)、そいうことを平気な顔でできる人なので、今はどこかでそれなりの業界人やってます。メディアにも出てたりします。
彼は父子家庭で中学生の息子さんがおり、ぼくらはどれだけがんばって、お金を回収しつつその息子さんの将来に影響が出ないかを考えたか……。結果、息子さんは何も知らないまま無事にとてもよい高校に進み、その後留学までして青春を楽しんでいるようです。
だけどね、きみ、いわないけれど、そのお金、他人の6千万円から出てるからね。
最初に「飲食業界。」と断定的に書き始めてしまいましたが、どんな業界でも、スーツを着ていてもナイロンエプロンを掛けていても、中卒でも有名校卒でも、「底辺」といっていい人間はいるんだなあ、と思います。
ただしやっぱり、「職業自体には貴賎はない」と信じています。
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