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背中をなぞる指 #春ピリカ応募作品

私の背中を何かが触れる。
背骨に沿ってなぞるように誰かの指が、一糸纏わぬ私の背中を這っている。

夢を見ていた。
昔つきあっていた彼との夢。
微睡みの中で彼の指であって欲しいと願った。

ぼんやりとした意識が少しだけ現実に近づいてくる。
相変わらず私の背筋を2本の指が往復している。
その腕を掴もうと背中の方に手を伸ばす。
が、そこに腕はない。
背中を這う指の感触があるだけだ。

はっ、と我にかえりベッドの左側を振り返る。
そこには何もなく、誰もいない。
背中を這う指の感触も消えた。

それから4日続けて別れた彼の夢を見た。
彼に抱かれる場面になるとその2本の指が現れる。
確実に触られている感触があった。

5日目、遂に指を捕らえた。
それは正に指だけ、であった。
2つの指の付け根はぼんやりとしていて、上手く判別がつかなかった。

「あなた達はなに、誰の指なの」
訊いても当然、指は喋らなかった。
逃げ出そうと踠いているだけだ。
明かりを点けようと右手を伸ばした隙に、2本の指は私の左手からするりと抜けて消えた。

別れた彼のことが気になったので、共通の知人へと電話して彼について訊ねた。
彼は交通事故で亡くなったばかりだと知らされた。
2本の指、人差し指と中指だけが見つかっていないのだと彼女は言った。

次の夜も2本の指は現れた。
私は指を捕まえやすいように仰向けで寝た。
すると指は思った通り、腹の上を交互に歩くように上がってくる感触があった。
掛けていた布団は知らぬ間に臍の方まで捲れており、裸の私の鳩尾あたりで2本の指は並んで立ち止まった。
レースのカーテン越しの月明かりが、私の胸の膨らみの間に立つ2本の指を青白く照らしていた。

驚かせて逃げないように、そっとやさしく話しかける。

「あなたは死んでしまったのね、痛かったでしょう、かわいそうに」

やっぱり指には口はないので喋らない。
ただ無言で立ち尽くしている。

「ねえ、あなた達が良かったらずっとここに居ていいのよ」
「私に触れたいのなら、いつでも好きなとこに触れてくれればいい」

私の話す言葉は理解されているのだろうか。
そもそもこの指には当然、耳さえもついていないのだから。

私がまた喋り出そうとすると、人差し指が私の唇の上にやってきて、もう喋るなとでも言いたげに口を塞ぐように寝転んだ。

そういえば、彼は行為の最中に私が喋るのを嫌がっていた。
「気が散るから黙ってて」
私の唇に人差し指を当て、彼はよくそう言った。


それから2本の指は私の身体中を這いまわった。
彼の手順と全く同じ。
恍惚の絶頂で「さよなら」と、彼の声がした。
立ち去る彼の背中だけが、映像として頭の中に残る。
2本の指はもういない。

見当たらなかった2本の指が発見されたそうだ、と知人から連絡がきた。
私は彼の眠る墓へと向かった。
墓に線香を備える。
「さようなら」
と告げると、彼の笑顔が墓前に浮かんで、ピースサインをつくるように2本の指が揺れて、墓の中に消えて行った。



#春ピリカ応募
本文1,199文字


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