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七つの子(7)


ぼくはゴミ袋の中から、ぬいぐるみとミニカーを助け出した。

赤い車の中で、赤いミニカーは左手に持ち、ネコのキャラクターのぬいぐるみは両手でしっかりと抱きながら親子の帰りを待っていた。

口の中には、コンビニで買ったフルーツ味のアメちゃん。イチゴ味。興奮しているからだろうか、自然と赤いものを選んでいたようだ。

湧き上がる怒りと戦っているときに、車の前を黒く細長い犬を連れたお婆さんが通った。

お婆さんは運転席に座ったぼくに気がつくと、ドアを軽くノックした。

仕方なくドアを開け車から出る。ぬいぐるみとミニカーは運転席に置いた。


「あなた、とても怖い顔をしてたわよ。何があったのか知らないけれど、そのぬいぐるみじゃなくて、このワンちゃんを抱いてみなさい」

お婆さんに押しつけられるようにして、痩せた犬を抱かされた。

温かかった。

ぬいぐるみを抱いていても温かかったけど、犬のそれは自ら発する熱だ。


「どお。落ち着くでしょ。こっちが抱いているのに、寄り添ってもらえてる感じがしない」

確かに落ち着いてきた。

何も喋らないのに、慰めてもらえているようだ。


「お婆さん、ありがとう。なんだか落ち着いてきたよ。ワンちゃんもありがとうね」

犬をお婆さんに返すと、お婆さんは犬の首のあたりを撫でながら

「あなた、このウチの方とお知り合いだったのね。ここは本当に仲のいい家族だわよね」

そう言って、犬を地面におろすと散歩の続きに戻って行った。


怒りが、すっと収まっていった。


ここであの親子を待ち、何を話すというのか。

捨てられていた訳を訊いたところで、なんになるというのか。

自分のしようとしていることが、馬鹿らしく思えた。


よしっ 帰ろう。

そしてもう、ここへは二度と来るのはよそう。


ぼくは車のドアを開け、ぬいぐるみとミニカーを助手席に移動させて運転席に乗り込んだ。


エンジンをかけようとしたその時、茶色の小型車がこちらに向かって来るのが目にはいった。



♦♦♦♦♦♦🏠♦♦♦♦♦♦


買い物から帰ると家の駐車スペースには、赤い軽自動車が停まっていた。

誰だろう。


もう少し近ずくと、ついこの間まで乗っていた車だと気づいた。

なぜだろう。間違いなく同じ車だ。

運転席に誰か座っているが、光の加減でよく見えない。


わたしは、白い塀の前に車を停車させた。

息子も気づいた。

「あれっ お母さんが乗ってた車だー。ウチに帰って来たのかなー」

「なんでウチに停まってるんだろうねえ。誰かいるから、ちょっと見て来るね」

「ぼくも行くー」

「わたしも行くー」

子供達も後部座席のドアを開けて降りてきてしまった。


赤い車の方に歩いていくと、運転席から男の人が降りてきた。

あっ 彼だ。

どうして彼がこの車に。


「こんにちはー」

「あっ お兄ちゃんだー」

子供達が声をあわせて駆け寄って行こうとする。

わたしは咄嗟に子供達の手を掴み、引き寄せた。


「どうして。なんであなたがこの車に」

「あっ あー これね。先月、中古車屋でぼくがこの車を買ったんですよ。そしたらね、お母さん。自宅の住所を登録しようと思ったら、この住所が入っていてね、それでちょっと前に乗ってた人ってどんなかなーって思ってね。でも、別にだからって会ってどうしようとかいうことは全然なかったんですけどね、偶然あなたがハンカチを落としたのを見てしまってね、まあ今に至るというわけで」

「えっ じゃあハンカチを落とした人の家を探してここに来たっていうのは嘘で、はじめから知っていたってこと」

「あっ いけね。自分でバラしちゃいましたね。でもね、ただ変なふうに思われないために出た嘘なだけで、悪意はないですよ」

「でもそれってストーカーみたいじゃないですか」

「えーーーーーっっ、ストーカーって。ちょっと酷くないですか。そんな、ぼくがストーカーなんて」


「ねえねえママー。車の中にぬいぐるみがあるよー」

息子の声に、車の中を覗く。

助手席に、あの汚ないネコのキャラクターのぬいぐるみが座っていた。


わっ 見つかってしまってた。

ということは、彼は今、怒っているのかもしれない。


「あー そのぬいぐるみ、持って帰りますね。どうやら、いらなかったらしいので」

「あっ いやっ ごめんなさい。ちょっとー 汚れてたもので」

「いや、いいんですよ。悲しい気持ちにはなりましたけどね。でも、もーいいんです。まあ勝手に娘さんと約束して持ってきちゃったものだし。ウチに持って帰ってぼくの部屋に置いておきますよ」


勝手に人の家の敷地に入られたという事が気持ち悪かった。だけど言わなかった。いや違う。言えなかった。彼の感情が読めなくて怖かったからだ。


「わたしのぬいぐるみ」

突然、娘がわたしの手を振りほどいて、車の助手席の方へ向かっていってしまった。

急いで娘を捕まえる。

「ダメよ。あれはもう、お兄さんに返したの」

「返して欲しいの。でも、もうあげないよ。お兄ちゃんが家に持って帰るから。ぬいぐるみさんもまた捨てられちゃったらかわいそうでしょ」

「わたし、捨てたりしないもーん」

娘が泣き出した。

「あーあ 泣いちゃった」

彼の言葉に神経が逆撫でされる。

「すみません。もう早く車を出して帰ってください」

「はいはい。もう二度とここへは来ませんよーだ」


「ぬいぐるみほしいー。わたしのぬいぐるみー」

更に大きな声で泣きじゃくる娘。

「いいから早く帰ってください」

言葉が険しくなってしまう。



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女の子は泣きじゃくっている。

女の子の涙ってずるいよね。もー どうにかしてあげなくちゃって思ってしまうじゃないか。

ぬいぐるみはもうあげられないけど。

あっ そうだ。アメちゃんをあげよう。


ぼくは車に戻って、バックの中からアメちゃんの入った袋を探した。


なーみだくんさよなーら さよならなーみだくん またあーうひーまーでー

古い曲だなー。

4歳くらいの頃だったかなー。珍しく家族で遊園地なんて行ったとき、ぼくは迷子になってしまったっけなー。

あの時、遊園地のお姉さんがこれ歌ってくれたんだよなー。しくしく泣いているぼくに。そのお姉さんのお婆さんがよく歌っていて覚えたんだって言ってたなー。でもお姉さんは、そこまでしか覚えてないんだ。って言って笑ってた。

それから、母親が預かり所まで迎えに来て、「勝手にひとりでどっかいったりしたらだめでしょ」って、目に涙を浮かべながら怒ってたなー。

そのあとはずっと母親が手を繋いでいてくれて。なにで遊んだのかは覚えてないけど、守られてるって感じがして、嬉しかったなー。

女の子もアメちゃんで泣き止むといいなー。



「はい。アメちゃん口に入れて、もう泣くのはやめよー」


お母さんが、予想外に険しい目でぼくを睨んだ。

「そのアメ。前にウチのポストに袋の開いたアメを入れてったのもあなたなのね。もー ほんとに気持ち悪い。さっさと帰って」

なんだかすごい剣幕で怒りだした。

「ぼくアメ食べるー」

男の子がアメの袋に手を伸ばしてきた。

「食べちゃだめっ」

言葉と同時に、パンッ というはじけた音。

お母さんが男の子の手を叩いていた。

男の子も泣き出す。


「あんた達はもーなんで言うことがきけないの」

お母さんはふたりの手をちぎれそうなくらいに引っ張って玄関の方へ向かって行った。


やれやれ。

ぼくはやりきれない気持ちで、車へと歩きかけたその時。

パーンッ パーンッ と二度、頬を張るような音。

次の瞬間、遠くの山が崩れてしまうかと思うくらいの、ふたりの子供の更に大きな泣き声。

ぼくの頭の中は真っ白になってしまった。



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【つづく】

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