見出し画像

陽のあたらぬ部屋で


「ほら、あんたお父さんに抱っこされて嬉しそうな顔してる」

実家の居間で、ほろ酔いの姉が私達が小さい頃のアルバムを開いて見せた。

覚えてない。
日付けを見ると、写真の中の私はまだ2才にもならない頃だからあたりまえではある。
でも、その時のことだけではなく、父親から愛情というものを感じた覚えが私には無かった。
片手に抱いた私に、くしゃくしゃの顔で頬ずりする父。その父を見上げ、やきもちを妬いて両手を広げる5才年上の姉。そしてそれが私だとは思えないほどの満面の笑みを浮かべている黄色い長靴を履いた、とっても幸せそうな女の子。
そんな時もあったのだな、と単純に思っただけだった。

姉がいだいている父親の印象と、私のそれは随分と違っていた。
父は自営業をしていた。
姉が幼い頃には父の仕事は順調で、休日には毎週のように何処かへ遊びに連れていってもらい、平日には保育園に迎えに来て手を繋いで一緒に帰ったりしていたらしい。
姉にとっては未だに、明るく優しい大好きなお父さんなのだ。

しかし、私の記憶にある父親は違っていた。
事業が悪化していたようで、家にいる間は自室に籠りひたすら酒を呑んでいた。たまに顔を見せたと思ったら、卑屈な笑みを浮かべながら自虐的な冗談のようなものを言って、母を嫌な気持ちにさせていた。
姉には逆に、その頃の記憶はあまり残っていないようだ。
「そういえばそんなような事があったねぇ」
などと呑気に言っては、
「私は嫌な記憶は消し去って生きているから」
などと笑いながら嘯く。
そんな姉が羨ましくもある。

私は小学校にあがってじきに不登校になった。
母が神経を病んだからだ。
その頃には父の会社は倒産しており、住んでいた一軒家から古いアパートへと引っ越しをしたばかりだった。
父は飲食店で勤め始め、休みの日はいつもアパートの居間で、テレビを見ながら酒を呑んではごろごろとソファに寝転がっていた。
そんな父に嫌気がさした母は、私をアパートの日中も陽のあたらない暗い和室へ連れていき、明かりも点けずにずっと父に対しての不満を私に聞かせていた。
それは夜、寝る時にも同じであった。
母は襖一枚隔てた子供部屋から私だけをその母が寝室として使っている部屋へと連れて行き、ふたりでひとつの布団にくるまり、私を抱き寄せたまま父の悪口を囁き続けた。

そうして私も父を避けて暮らすようになった。
それから、母の事は私が守ってあげなければいけないと思うようになった。
だから、学校になんて行ってられなかった。

学校に行かない間、私はたくさんの本を読んで暮らした。
家族4人ともみんな本が好きで、家にはたくさんの小説やマンガがあった。
母も昔から買い溜めたマンガを何度も読み返していた。
私と母は食品の買い物以外は殆んど外にも出ずに、陽のあたらない部屋で日中の大半を過ごしていた。

そんな生活が4年近く経った頃、母が突然パート勤めを始めたのだった。


〈つづく〉








ゆる~く 思いついたままに書いてます 特にココでお金稼ごうとは思ってませんが、サポートしてくれたら喜びます🍀😌🍀