見出し画像

クリスマス1989

19歳、君と出逢ってから初めてのクリスマスイヴ。
僕は中古で買った白いハッチバックの乗用車の後ろの席に、たくさんのかすみ草に赤と白の薔薇の花束、それから本物と同じように木馬がまわるメリーゴーランドのオルゴールを忍ばせて、彼女のアルバイトが終わるのを待っていたんだ。

その頃は平成の初期で、同年代に関わらず男どもはどれだけ彼女にサプライズが出来るかというのが、ひとつのステータスにもなっていた。
金の無い学生でも、バイト代の2~3ヶ月分ほど(その当時、時給は700円くらいだけど、みんな週6の1日5時間くらい働いてた)を費やしてクリスマスの2日間につぎ込んだりしてた時代。
それに比べれば僕の支出はそれほど多いとは言えないけど、意気込みは負けていなかった。

彼女のバイト先に着いたのは24日の23:00頃。
僕もその界隈では人気の喫茶店でバイトを終えてから、花束をお願いしていた花屋に寄ってから(その当時では夜中まで営業していた花屋さんも幾つかあったんだなあ)彼女のバイト先のステーキハウスに向かったんだ。

ほら、クリスマスイヴにステーキハウスだから、彼女からも混んで遅くなると思うとは聞かされてたし、まあそうだろうなとは予測してたから、待つ事は覚悟してたのさ。
実際、その駐車場の隅に停めた車の中で、クリスマスソングを聴きながら待っているのもワクワクして楽しかったしね!
大きめのロッジ風の造りをしたステーキハウスは、窓ガラスが大きく店内で楽しむ恋人達の様子がよく見えて、とても微笑ましかった。

0時になると外の看板の照明が消され、来店客も次々と帰って行った。
最後の客が店から出て行き、彼女が食器を片付けながら笑顔でこちらに手を振った。
もう少しで彼女が出て来ると思うと、また僕はテンションが上がり、ドキドキしてきた。

もう終わって出てくるかと思っていた0時30分、店の窓際だけ明かりが灯されたテーブルにオーナーシェフをはじめとしたスタッフ5人が席につき、食事を始めた。
彼女も他のスタッフと談笑しながら、サラダやらステーキやらを頬張る姿が、車の中で待つ僕の眼前に映し出されていた。

僕は一気に頭に血が昇った。
それと同時に彼女の事がわからなくて戸惑ってもいた。

①彼女は、駐車場で少なくとも1時間以上は僕が待ち続けている事を知っている。
②今宵はクリスマスイブだ。
③いつもバイト終わりに迎えに行ったあとは一緒に食事するから、僕もお腹を空かせていることはわかるはず。

この上記3点において、何故???の嵐が止まらない。

あまりにも解せな過ぎて、僕は店内に向かってハイビームをくらわせてから花束を車外に投げ捨てて、アクセルを思いきり踏み込んだ。

彼女のバイト先のステーキハウスは、観光地に向かう山の途中にあり、地元の走り屋が好む道に面してたから、僕はいつもよりスピードを上げて頂上を目指した。
頂上の駐車場で族車と並べて車を停め、温かい缶コーヒーを飲みながらキャビンマイルドに火を点けた。
興奮して彼女を責める自分と、さっきの自分の振る舞いを悔いる自分がいた。
もし、今のように携帯電話を持っていたら、自分から電話をしたかもしれないし、彼女から電話があったかもしれない。
缶コーヒーを飲み干してタバコの火を消すと、僕は今来た道を引き返した。

ステーキハウスの駐車場に戻ったAM1:00。
彼女が店の玄関を開け、走り寄って来た。手には乱れた薔薇の花束があった。
彼女は助手席に乗りこみ、濡れた瞳で僕を見つめた。
僕は何から話せば良いのか決めきれず、怒った表情のまま車を走らせた。移動の間、彼女も戸惑いながら無言を貫いた。

近くの大学の駐車場に車を停め、僕は怒りのまま彼女に疑問をぶつけた。
彼女の答えは、待ってくれているのはわかっていたけど、店長さんが忙しいところ頑張ってくれたからとスタッフ全員にコース料理を振る舞ってくれて、みんなが食べているのに自分だけ断れなかったと。
でも今日はクリスマスイヴで、俺はお前と特別な夜を過ごそうと待ってたんだ、と伝えると、私は今までクリスマスのイベントなんてウチでもやってもらったことが無くて、そんな風に責められてもわからないよ、と言って泣き出してしまった。

そう言われると返す言葉は無くて、早くにお母さんを亡くし、長距離トラックの運転手のお父さんは年間で何日間しか家に戻らないような家庭で育った彼女には仕方の無いことかと諦めた。

なんとか気持ちを鎮め、よく行く喫茶店へ向かった。
僕はそこでボンゴレビアンコを食べ、コーヒーを飲んだ。
彼女はウインナーコーヒーを注文して、生クリームを少しずつ掬いながら口に運んだ。
途中で僕は車へと、赤と緑のリボンを巻いて包装されたメリーゴーランドのオルゴールを取りに行って、彼女へ渡した。

Merry Christmas.

彼女はその場で包装を開けて裏のネジを回した。
夜中の薄暗い喫茶店のテーブルの上で「エリーゼのために」だったか忘れたけど、青い光の中を音色に合わせて木馬が上下に揺れながら廻った。

彼女はまた睫毛を濡らしていた。
今度は喜びの涙だった。

そのあと僕たちは家に帰る気にはなれなくて、公園の駐車場でダッフルコートを掛け、手を繋いで眠った。
もちろん RCサクセッションのあの曲を聴きながらね!

僕たちはその10か月後に別れた。
僕の方がやっぱり、彼女のことで理解できない事が多くて、なんだか疲れてしまったんだ。

そんな事を今宵の僕は思い出している。






ゆる~く 思いついたままに書いてます 特にココでお金稼ごうとは思ってませんが、サポートしてくれたら喜びます🍀😌🍀