黒い職場見学 (A社 その3)

「そんな人いるの!?」と声を上げたくなる人間に、時々出会う。
勿論自分も、他の人からそう言われているだろう。
ムカついたり気味が悪かったり…まぁ捉え方でしょうけれど、十人十色に多種多様、最近は「ダイバーシティ」なんて、差別や排除よりもなるべく容認や許容するような社会へ変わって行っていますね。
勿論、当人の「あ、受け入れてもらえるように自分も努力をしないとな〜」ってな歩み寄り的な気持ちや行動も、少しはあるべきじゃないかな〜と私は思いますが。

「エレガ」に遭遇した。
…この言い方って今では差別になるのかな?でも昔実在した職業なのだから仕方無い。
エレベーターガールのような話し方をする方がいたのだ、A社に。
独特の抑揚をつけて受け答えをしているのだが、そもそも声色が独特過ぎて、三密の空間によく響くのだ。
うわぁ、今時そんな人いるのか…正直そう思った。
エレガかもしれないし、もしかしたらバスガイドかもしれない…とにかく、「こんな所でそんな口調を耳にするとは!」と眩暈がした。
今思えば、テレオペ、確かにね、「喋る」仕事だしね。

遠くで時々うっすら聞こえる程度なら、気にならなかったと思う。
でも先に書いたように通る声なので、彼女の声が四六時中聞こえてくるのだ。
はー…凄いね、「喋りのプロ」なのね、御見逸れ致しやした。
でもその口調、電話先の相手は十数分しか耳にしないだろうけれど、室内の同業者は8時間みっちり聞かされるんだよね。
すんげぇ疲れるのは、私だけなのだろうか?

更に驚いたのは、彼女のその口調は「素」なのであったという事。
電話だけじゃない、担当者に報告するだけじゃない、休憩中に派閥の誰かと話す雑談がもう既に、エレガ口調なのだ。
えええ…周りの人、疲れないの?

昔、車掌口調が独特なのは、走る電車の中でも乗客が聞き取れるようにする為、と聞いたことがある。
学生時代に、ピアフの話を聞いた…あの当時はマイクが無かったので、広く自分の声を届ける為にあの独特の歌い方になったと。
いずれも諸説あり。
でも、そういう訳で、エレガな彼女の声は異様に耳に響いて残りやすいのよ。
勘弁してくれないかな〜自分の仕事に集中したいのに、私が話している電話相手の声よりも彼女の声の方が強く聞こえちゃうんだから。

「昔はエレガだった疑惑」の彼女の隣の席に当たると、地獄だった。
昔はエレガ、要するに年配者なので、耳が遠くて声のボリューム調整が難しくなっているのもあるはずだ。
私は必死にヘッドセットを押さえ、空いた片耳を手で塞いで仕事するしか無かった。
あぁごめんなさいごめんなさい、私は喋りのプロでもありませんし、聴くプロでもないのです。
どちらかと言えばコミュ障で、日本語も外国語も喋るのは苦手です。
眉間にしわを寄せ慣れない仕事に苦戦する私の姿なんて、彼女は気付きもしないだろう。
お願いだから明日の座席は離れていますように…そう思いながら半泣きで退社したものだ。

そんな「喋りのプロ」と思わしきエレガな彼女は、契約延長をせず私と同じ契約期間で辞めて行った。
…はぁ…。
喋りのプロにとっても、A社は過酷だったのか。

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