黒い職場見学 (C社 その3)

C社で初めて「製造の現場で働くという事」を体験した私。
製造の現場…それはド田舎の工場…いわゆる「陸の孤島」。
陸の孤島へ乗り込んだ私には、勿論設備や技術に驚いた訳だけれど、それ以上にそこに集う人々に対して驚愕してしまった。
…いや、単に私が知らな過ぎただけ。
一度経験してしまえば、次回以降の予測は可能になる…そういう意味で、あの場で働いてみて良かったと今は思っている。

私の部署には、優しそうな課長が居て、口の悪い部長が居た。
顔合わせの時は課長しか出て来なかったので、部長の怒鳴り口調には怯んでしまった。
直接怒鳴られる事は無かったけれど、社員達が怒られている姿はよく目にした。
但し今となっては、その口調は「怒鳴っている」というよりは「ボヤいている」に近かった。
「おい、そんなんじゃ無理だろ」「出来なかったらどーやってやんだよ?」「あ?おめーなぁ、こっちが先だろ」…まぁ、口が悪いと言うか、何と言うか。
いつも唇を突き出しへの字に曲げて、椅子に踏ん反り返って…うーん、ちょっと怖い、私は苦手なタイプだな…。

製造業初心者の私は、その口の悪い部長から直接では無かったが、社員伝いにいくつか注意を受けた。
服装…作業服は制服なので正しく着ろ。(ボタンを全部閉めネばならなかった)
靴…ヒールはやめろ。(加工の現場ではないが、せめてペタンコ靴を履け)
髪…結べ。(とは言えその頃はセミロングだったし、その程度なら下ろしたままの人も多かった)
…すいませんね、それまで制服もあったけど基本外に出ない事務職だったから、多少着崩してても問題無かったのよ…。
まぁ仕方が無い、今は理解出来るけれど安全衛生の面で製造業では常識、私が単に無知だったのだ。
あと、本当は髪色にも規則があったらしいが、私はナチュラルのままだったが女性は殆ど茶髪だった…多分これは書かれているだけで実際は極端な金髪とかでなければ無罪放免になっていたのだと思う。
面倒だなと思ったけれど、制服やその辺りを守れば通勤時の服装も何も言われない。
指示された事を黙々とこなすだけで、電話も取らなくていい。(そもそも掛かって来ないが)
そうか、工場ってこうなのか…陸の孤島で、唯一の休憩時間に主婦達の愚痴話を聞きながら、暫くは耐えるしか無いなと思った。

大きな工場なので、私のような「派遣社員」もいれば、もっと踏み込んだ「請負社員」もいる。
それぞれ「派遣さん」「請負さん」と呼ばれるのだけれど、どちらも結局直接雇用ではないのであまり人事には興味が無いし詳しい説明もされない。
ただひたすら、自分の業務をこなすだけ。
なのに。
ある日、かなり大きな人事異動があったらしく、朝礼時に社員達がザワザワしていた。
そして翌週から、自分のいたフロアの隣のブロックに、よくわからない人達が来た。
よくわからないので、すれ違う時に軽く会釈をするだけだった。
ところがこれが、実は本社からやって来た(飛ばされた)「本部長」とかいう人とその取り巻きという人達で。
普段踏ん反り返っている部長よりも、ずっとずっと偉いのだ。
そしてどうやら、私や一緒に働いていた派遣社員を気に入らなかったらしい。
軽く会釈をした翌日、社員から注意を受けた。
「あの、飲み物とかコップは机の上に出さないでくださいね、引き出しの中へしまって…遊んでるって思われちゃうから…。」
…えええ????
そりゃあこぼしたら大変だけど、口を閉めたペットボトルも出してちゃいけないの??
意味がわからん…でも従いますよ、派遣ですからね、社員の指示に従いますよ。
更に数日後、「朝の挨拶、よろしくお願いしますね」と言われた。
え?
どゆこと??会釈だけじゃダメって事????だって顔も名前も知らされていないし色んな部署があるフロアでやっと自分の部署の人間だけは見分けがつくようになって来た程度で今まで他部署の人にも会釈で通用してたのに、わざわざ見分けて挨拶しろと??????
意味がわかりません…ただの嫌味としか思えません…じゃあちゃんと派遣や請負にも顔と名前と役職を紹介してよ。
社員証を首に掛けているわけでもなく、名札も何も配給されない環境で、顔で見分けつけろって話がそもそもおかしい。
「上司の顔くらい覚えとけ」って意味でしょうか…いや、だから紹介も無きゃわかんねぇってば…紹介されてもものの一瞬挨拶しただけじゃ覚えないしさぁ…。
なので私は、朝はロッカーから秒で着替えて自席へ着くようになった。
誰が誰だかわからない相手をわざわざ探して「おはようございます」と大きな声で話し掛ける位なら、少し早めでもさっさと席に着いて相手から「…っす」とやって来るのを迎え撃つ方がラクだ。
どうせ朝はギリギリまで外でタバコを吸っている奴らだ、そこを避けて歩けば良いだけ、何て簡単な予防策かしら。
そして出来るだけそのお偉いさんの着席確認をした上で、トイレに行ったりしていた。
出来るだけ不意打ちに遭わないように、そりゃあ気を遣ったさ。

そこから半年もしないうちに、「もっと加工現場に近い所で作業し易いように」との配慮なのか、それとも本部長とやらの嫌がらせなのか、部署自体が引っ越すことになった。
…まぁもう指示に従うだけですから、どーせ派遣ですから。
本部長とは遭わなくなったが、現場に近いフロアに降りたので、冬は底冷えする寒さだった。
あらー、やっぱり嫌味かしら?
でも何だか、本部長の隣だった時よりは部員全員が生き生きしているように見えた。
口の悪い部長も、ホッとしたのか何だかフレンドリーに話しているように感じた。
でも相変わらず、飲み物や食べ物は机の上に出さなかった。

多分、「ライン作業で決められた時間しかトイレ休憩も出来ないような部署だってあるんだから、自重しろよ」って事なんだろうなぁと、後から理解した。
挨拶については、「声が聞こえなかったら、誰もいないと思って機械動かした時に危ないだろ」って意味もあるのだと思う。
でも、それならちゃんと安全衛生教育として社内及び工場内ルールなどの書類や説明を、しっかり教えて欲しかった。
何も知らされないのでは、注意されても「イミフな事で怒られてる」としか感じないのだ。
モヤッとするなぁ…注意を隠れ蓑に精神論をぶつけられているようで。

CADの仕事は学ぶばかりで楽しかったけれど、そういった環境や人間模様に嫌気が差した。
そして何より、陸の孤島…監獄みたいなものだった。
当たり前だが祝日も出勤…そこは正直派遣会社からの説明不足で、「完全にやられた」と後悔した。
陸の孤島、監獄に閉じ込められるような感覚がして息苦しくて、結局2年しか続かなかったけれど。
まぁ、今となってはね、ド素人にCAD教えてくれたんですから、有り難かったですよ。
本部長はともかく、口の悪い部長も単に「口が悪い」だけで、ちゃんと話せば普通に話せる人だったし。
「俺は職場でストレス発散してるから、家では優しいんだよ」なんて…付き合いの長い社員達はその辺りもしっかり理解しているのだろう。
今ではC社の案件はめっきり見かけない…まぁ縮小したり機械化が進んで人出が余ったり、その辺りは時代の流れに沿っているのだろうと想像する。
良い経験でしたよホント、お局様と本部長さえいなければね。

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