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20230318-20231022

最近読んだり見たりしたものについて書きたくなったので書く。

売野機子先生の「インターネット・ラヴ!」を読んだ。

本当に素晴らしい漫画だ……登場人物全員が善性を持って自分以外の人を慮っていて……
SNS時代における自己開示とアイデンティティの確立を自分ではなく他者に依存する感じってあさましくてなんかキツイな〜と常日頃から思っているが、それを恋愛での自己開示と接続するのがめちゃくちゃ上手くて美しい。恋愛における自己開示は悪ではなく、愛している相手に私を知ってほしいという祈りなんだよな。知らんけど。

「好きな子がめがねを忘れた」を全話見た。瑞々しい感情の機微を描いた美しいアニメだ……


前半の話数は三重さんが適切な医療や福祉に結びつくことを祈りながら見ていたが最終的にかなり好ましく思えるアニメになって嬉しかった。噛み合ってる!
個人的に12話と13話が好きで、特に12話の小村くんの「三重さんと出会ってはじめて自我が生まれたようなもので、過去のことはほとんど覚えていない」みたいな台詞に恋とラブコメの全てが濃縮されていて柏手を打った。ここらへんの感覚は先述のインターネット・ラヴにも近しいニュアンスの台詞があり、愛と恋の美しさに思いを馳せてしまう。
最終話の公園での小村くんと三重さんのシーンも大好きで、目で見えなくてもお互いをわかり合うために言語とノンバーバル・コミュニケーションがあり、二人がそれを言外に理解していることを美しいアニメーションで表現しているのが本当に最高。

「好きな子が〜」が面白かったという話を友人にしたら制作会社GoHandsの過去作品である「ハンドシェイカー」と「W'z《ウィズ》」をオススメされたので見た。


色々あったが最終的にアニメと噛み合うことができてよかった。
「ハンドシェイカー」は結末が美しくなかったが途中の話はかなり好き。
自らの願いを叶えるために戦うという親の顔より見たことがある設定ではあるものの、敵サイドは負けても死ぬわけではないが主人公サイドは負けたらヒロインが死ぬという、敗北の価値に非対称性が生まれているおかげで緊張感が生まれているのが良かった。

敵サイドの叶えたい願いが基本的にコミュニケーションの不和から生まれた問題を根本的に解決したいという点で一貫しているのも、異能力バトルもやりたいけど芯の部分の命題もちゃんとあることを証明していて巧みだと思う。

「ハンドシェイカー」の続編である「W'z《ウィズ》」、本当に素晴らしいアニメだ……今年の中でも上位に感動した。噛み合ってる!
前作から比べてアニメーションとしての質が上がっているのはもちろんのこと、ハンドシェイカーで描けなかったこの世界や結末へのアンサー作品として全く文句がない。

「W'z《ウィズ》」、何が素晴らしいかって13話ないし前シリーズから含めて25話かけて「言葉を用いたコミュニケーションも大事だけどノンバーバル・コミュニケーションってより気持ちが伝わりやすいよね〜」ってテーマを描き切ると思っていなかったのでそこに深く感動してしまった。

この作品における異能力バトルはコミュニケーションの一種なんだけど、それ以上には決して到達しておらず、あくまでもコミュニケーションなんだよな。
たとえば「刀使ノ巫女」なんかは言語を越えたコミュニケーションとしての剣戟がテーマにもなっている作品だとおれは思っているが、「W'z《ウィズ》」は別にそうではなくて
会話する、視線を合わせる、ボディランゲージを行う、等々と戦闘が同じレイヤーなのがコミュニケーションという行為を大事に考えている作品ということがわかって本当に嬉しい。最終的に多くの人の間でやりとりされてきたコミュニケーションが結実した結末を迎えるのも最高。

改めて考えると「好きな子が〜」も「ハンドシェイカー」も「W'z《ウィズ》」も全てコミュニケーションとノンバーバル・コミュニケーションがテーマに据えられた作品だなと思ったのでまだ見ていないGoHandsのアニメも同じテーマなのかもしれない。知らんけど。



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