長くまがりくねった道12             暗黒

さて、ここまでこの「長くまがりくねった道」を読んでいただいた方がいらっしゃるとすれば、これからが私の受難の時期の話だ。それほどたいしたことではないが、小説の半沢直樹が社内の対決に「倍返し」で勝ったのとは正反対に、戦って敗れて隅に追いやられる出来事を記しておく。でも、こんなことは社会の中では当たり前にあって、誰も不思議には思わないことだとは承知の上で書き残したのは、会社の中では自分が正しいと思ってやっていることでも、別の誰かにとっては目障りでうっとおしいことでもあるということ、そしてそれだけではなくその目障りなものをつぶしにかかる輩がいるということだ。

入社して30年も経つと、配属された部門での仕事以外に、会社全体の組織を変革していこうという意欲が沸いてくるものである。しかし、自分の部門の中だけの事をやっているうちは、社内の他の部署との軋轢が生まれることはなかったが、会社全体を変えていこうとすると、とたんに軋轢が生まれてくる。さて、ここからは社内の大奥物語ともいうべき、いわゆる「出る杭は打たれる」の実例のお披露目だ。

世の中には2種類の人種がいて、私のように単に仕事をこなしていくだけでなく、自分たちの仕事が社会の中でどのように役立っていくのかを模索するタイプと、そんな面倒なことはお構いなしに、単純に会社の中で実績を認めてもらうことに専念するタイプがいる。後者にとっては、私のような存在は目障りでしかたがないのではないかと思う。それだけならよいのだが、余計なことをやるやつは抹殺してしまえというようなものが出てくる。ここからの話はその単純思考との闘いの話である。

埼玉の事業所が開設されて3年たった2006年、突然降ってわいたように、当社が「CRM」のサービスを展開していくという方向性が示された。その当時幹部の間でどのような議論があったのかはわからないが、全社的な動きであったことはたしかだ。そもそも、わが社がおこなってきたダイレクトメールの業務は、得意先からその顧客に対する情報発信のお手伝いをするというものである。従って、当時のはやりの言葉であった「CRM」というのはコンセプトとしてははずれていなかったと思う。部署名にCRMという名前がついた部署がいくつか誕生した。ただ、その当時CRMとは具体的に何をすれば良いのかが誰もわからないのに、その方向に動き出した。当時プロモーション本部という本部があり、M氏が本部長をしていたが、上層部から言われたのであろう、CRMとはいったい何をすれば良いのか?を毎週打ち合わせを行い、それは2か月ぐらい続いた。本来事業としてどのような展開をするのかを検討した後に、会社としての方向性を決め事業展開するのが世の中では普通だが、当社は「言葉先行」でなんとなく動き出し、実質的なことは、最前線にいる部門長クラスが決めるといういい加減な体制だった。カスタマーリレーションシップマネジメントという言葉の意味からすると、当社の業務はすべて含まれると言っても良いが、今までやってきた大量のメーリングとどこが違うのか?考えに考えた結果、当時発生し始めていた資料請求業務での顧客とのリレーションシップがCRMという言葉に一番近いということになった。今までの大量一括送付型のメーリング処理とは違い、当日発送データを受領して当日発送するという業務の仕組みから違う業務を担当していくために、現場とは別にCRMディレクターグループを作った。得意先に対してサービスを提供するのに、より業務に密着してその現場で起こっている事象を直接得意先に伝えられるように、現場に営業部隊を置き、定期的に受注している案件を担当するというコンセプトからだ。言ってみれば、得意先に「CRM」のサービスを提供する部隊であり、現場に近いところにいる事で、得意先からの要求を現場により直接的にぶつけられるようにした部隊であった。

ところが、この部署を立ちあげるにあたり、従来の営業を主張する営業部との軋轢が生まれた。もともと営業というのは、売り上げ数字に常に追われている存在だ。そのことが行き過ぎると、売り上げ数字を挙げていれば、文句は言わせないというような思いあがった考え方をするようになるものである。当時の営業本部長はまさにその典型であった。売り上げ数字を作ってくのに、当社で扱う郵送料を売り上げにするという手段で、手っ取り早く売り上げを上げていくことで実績を作るという、ある種詭弁を弄して実績を作り上げることをおこなった人物であった。たしかに数字という文句のつけようもないもので実績をあげれば、だれも文句を言うことはできない。しかし、実はそれが長い目で見た時、企業体質を弱めることにつながることを当時の社内では気づく人がいなかった。郵送料という、作業により上げる売り上げの4~5倍の数字を売り上げに加えることにより、実態よりも会社の売り上げが大きく見えるという、つまり張りぼての体質を生んでしまった。それでも、数字さえ確保してしまえば、社内外の評価は上がっていくものである。でも、郵送料という本来は利益を生まない数字を売り上げに加えることにより、会社全体の利益率は格段に下がったが、赤字にはならなかったので、誰も気が付かないことであった。また、郵政の民営化という社会の流れも後押しをして、郵便局が運送会社を同じ運送業の民営会社になったことも大きな要因であった。私もそのことに異論を唱えるつもりは更々なかったが、実質的に作業で稼ぎ出す利益と、売り上げ高のバランスをうまくとっていければ、会社の発展に対して有利であろうと考えただけである。

そして、そのような考え方を持った営業本部長からすると、営業以外に営業行為をする部隊が存在する事に恐れをなしてつぶしにかかったのである。これには、何ら合理的な理由はないが、ただただ営業という領域に違う考えを持った部隊が入ってくるのは許せなかったのだと思う。その証拠にその部隊には売り上げ計上の権利を与えず、成果が出ていても表に現れないようにした。それだけではなく、事あるごとに部門長であった私を貶めることをあからさまに行った。たとえば、社内ツールで毎日のスケジュールを登録することになっていたが、営業マンはめんどくさがって登録をしていなかった。そこで、私が呼ばれて営業本部長から「営業マンがスケジュール登録をしない。君の部署がお手本になって登録するようにしてくれ」そのように言われたので、お手本などとはおこがましいが、なるべく登録するように部下に伝えた。その直後の社長も出席する営業全体会議の席上、「お前の部署は何度もいっているのに何故スケジュール登録をしない!私のいうことが聞けないのか!!」と激怒された。たかだかその程度の事で激怒されるのは心外だったし、何度も言ってなどいなくて、一度だけ軽く言われただけなのに、いかにもいうことを聞かないバカ呼ばわりをされてしまった。これはほんの一例であるが、この手の輩はターゲットを決めて徹底的につぶしにかかる事で、それ以外の人間には、「俺に逆らうとこうなるぞ!」と脅しをかけるのである。自分の力を誇示したい以外の目的など何もない。そんな人間が営業の責任者でかつ役員であるという悲劇は、それからしばらく続いた。今の言葉で言えばパワーハラスメントだが、当時はそのような理不尽がまかり通っていた。

 

もともとこの組織は「2つのCRM」というコンセプトで組織提案したが、そんな事は営業本部長もその上の役員もわかるはずがない。2つのCRM=つまり得意先への営業体制としてCRMを実現することと、受注した資料請求業務のように従来と違う作業スキームをもったCRM案件をこなしていく事の2つを目的とした、CRMソリューション機能だ。この考え方は実は今でも通用すると思っている。今の時代で言えば、インサイドセールスをいう手法で、クライアントのニーズに寄り添う営業手法の先駆けであった。このままの形で発展させていれば、間違いなくこの会社の特徴を持った部隊が育てられていたのに、本当にもったいないことをしたと今でも思う。

当社のようにアウトソーシングで作業を請け負う会社においては、現場で発生している事象を、いかに得意先に正確にタイムリーに伝えて、改善をおこなっていくことが必要だと考えるからだ。得意先が相手にしている顧客は常に動いているもので、その声をいかに早くキャッチして対処していくかが、得意先の命運を決めると考えるからだ。

CRMディレクターも当初の提案書ではCRMアカウントマネージャーというネーミングだった。(アカウント=得意先をマネジメントする責任者という意味)ところが、営業からすると自分より下の立場に置きたくて、「アカウントマネージャーなんてちゃんちゃらおかしい。せいぜいディレクターだろう。」「営業マンは本来プロデューサーであるべき」という思いあがった考え方の営業本部長が陰険な形で様々な嫌がらせをして、ついには解体に追い込まれた。たった2年の寿命だった。ちなみに営業はプロデューサーであるべきという言葉の本当の意味は、仕事の組み立ては誰かほかの人間にまかせて自分は何もやらない。誰かとは現場側に都合よくいうことを聞いてくれる部署を作るということだ。

今も同じような考え方で、めんどくさい仕事を現場に近いところでとりまわしだけを行う部隊として、営業の奴隷のようにはたらく部隊を作ってしまうという最悪の結果が現在生まれているが、当初の考え方は継続定期案件を担当し、現場で発生している様々な課題を得意先に解決提案しながら、既存の得意先を開拓する役割が営業としてのスタンスだった。

そもそも、当社の縦割り組織では、現場で仕事が流れるとき縦割りの溝を埋めて仕事が流れるようにする役割は営業がおこなっていた。現在でも同じだ。営業プロデューサー制を考えたやつは、営業が楽をするために現場の調整を放棄するという考え方だ。当社の本質をサービス業としてとらえたとき、得意先のニーズをきちんととらえ、業務側の作業のコントロールをしていくことがどれだけ大事な事かを知らない、ただ権力を握って、営業部隊の持っている売り上げという人質をたてに、社内をコントロールしようというさもしい考え方が招く悲劇を予想すらできない営業本部長の罪はとても大きなものだった。


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