最初で最後のお願い
「連載の件ですが、ゆうれい犬と街散歩は7話までで、ひとまず完結ということにさせていただくことは可能でしょうか」
2021年7月、本Webコミックメディア「路草」の立ち上げから連載していただき、これからも続くと思っていた「私」とゆうれい犬「ハナちゃん」の、文字通り“魂の対話”は、2022年6月8日、もうすぐ日が変わろうかという頃に届いた著者の中村一般さんからのメールで唐突に終わりを告げた。
『ゆうれい犬と街散歩』は、主人公の「私」とゆうれい犬の「ハナちゃん」が大好きな街、行ってみたかった場所に行って、対話しながらお散歩する物語だ。
緻密ながらも温かい筆致で描写された風景の中を、対照的にシンプルに描かれた「私」と「ハナちゃん」が歩き、そのとき感じたことやずっと思っていたことを話し合う。
話す内容は、見たもの・感じたことをそのまま口にする「ハナちゃん」に対する「私」のレスポンスといった、とりとめのないもの(ただそれも、その場にいて、散歩というスローな移動手段でないと見過ごされてしまうものばかり)から、都会で生まれ育った「私」がいわゆる“味のある”街並みを歩くことへの自責といった内省的なもの(それに対する「ハナちゃん」のスタンスは、客観的でありながらもちゃんと「私」に寄り添っていて温かい)までと、幅広い。
最終話は担当編集として一番思い入れのある話となった。
「ゆうれい犬と街散歩で描きたいことは、おそらく奥多摩編で描き切れると思うので、できれば、これで終了させていただければと思います」
冒頭に続く一般さんからのメール文面である。
もっといろいろな街を歩く二人を見続けたいという気持ちはもちろんあったが、今回で描きたいことが描き切れるというのであれば、それが作者にとって一番良いタイミングなのだろう。
三軒茶屋や高円寺、北千住など、これまで市街地が主な舞台だっただけに、奥多摩というのは少し毛色が違うように見える。
二人が向かったのは奥多摩湖。奥多摩湖はダムを作るためにできた人造湖で、かつて小河内村という集落があった。そこに住んでいた人たちのふるさとと引き換えに、東京の水がめは成り立っている。
奥多摩駅から10kmの道のり。奥多摩湖を訪れた「私」は何を感じるのかというのが、最終話のあらすじである。
漫画を描くというのは、途方もなく孤独な作業だと思う。
一本の映画を作るように、脚本、演出、出演、撮影、監督までを一人でこなさなければならない。
制作中、唯一の他者であり、初めての読者が担当編集だ。
これまでネームの時点でコマ割りや見せ方を相談することはあっても、内容について口を出すことは一度もなかった。
そもそも一般さんが取材で感じたことを元に描かれる物語に、口を挟む必要が無かったという方が正確かもしれない。
しかし最終話で、最初で最後の変更をお願いした。
それは、傷つき傷つけ合うこともある他者との関わりの中で、一読者としてどうしても二人に希望を持って終わってもらいたかったからだ。
一般さんは、他者である担当の意を酌んで、こちらの想像以上の完成原稿を上げてくれた。
都市生活者の多くが無自覚に抱えている暴力性、他者と関わることの生きづらさと、関わることでしか得られない癒しが、一般さんの繊細な感受性で表現された最終話。
もちろんそれだけが主題ではなく、お散歩漫画として二人といっしょにその街を訪れた気持ちになる本作。
ぜひ一冊を通して、この世界観を堪能してほしい。
■書誌情報
『ゆうれい犬と街散歩』
発売日 : 2022/9/26
著者 : 中村一般
本体価格 : 1,100円(+税)
仕様 : A5/並製/176ページ
ISBN : 978-4-910352-50-3
■著者プロフィール
中村一般(なかむら・いっぱん)
1995年東京出まれ。主に書籍の装画、漫画を描く。2021年5月に『僕の
ちっぽけな人生を誰にも渡さないんだ』を自費出版。趣味は散歩と読書。
HP : https://www.nakamuraippan.com/
■中村一般 個展『LOVE』開催!
日時:2023年3月10日(金)− 3月15日(水)
場所:HB GALLERY
『愛する風景』をテーマに描いたほぼ描き下ろし絵、アナログイラスト、
ドローイング、仕事イラストの線画の原画ファイル・漫画の原稿ファイル
などを展示。原画・ZINEの販売あり。
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