第九回 理想的なグリップ位置について (2021年1月14日)

バッティングにおいて、どの様にバットを握るかは重要だと思います。この重要さを最初に力学的な観点から述べたのは、恐らくテッド・ウイリアムスではないかと思われます。
著書「Science of Hitting」の中で、下記の様な斧を使ったイラストでグリップ位置の重要性を示しました。

スライド1

斧をバットに持ち替えるとこうなります。素晴らしいイラストだと思います。

スライド2

村上豊氏の著書「科学する野球(ベースボールマガジン社)」でも、このコンセプトは紹介されています。

スライド3

下は悪い例で、左打者では左の手首が「背屈」していたり右手の甲が前を向いていては、強く打てないと説明しています。その通りだと思います。

スライド4

グリップ位置についての説明は、体幹に溜めたエネルギー(以下「力」とします。)をボールに伝える「捻りモデル」とも合っており、私もテッド・ウイリアムスや村上氏の意見を支持します。「科学する野球」では、下記の様にトンカチのイラストも紹介されています。

スライド02

どのようなグリップが最も強く釘を打ち付けることができるか考えることで、右打者の左手(ここではボトムハンドと呼びます)の最適なグリップ位置がわかるというわけです。

スライド03

同様の考えで、これは右打者の右手(トップハンドと呼びましょう)の最適なグリップ位置です。
右手と左手を合わせると、この様になるります。

スライド04

この考えからすると、最適なグリップ位置は決まっているので、くるくる回してグリップの位置を変えるのは、あまり良くないということになります。

次に、メジャーの強打者のグリップ位置を幾つか見てみましょう。まずはアルバート・ブホルスのグリップです。

スライド05

次にヤンキースのサンチェス選手です。

スライド06

次は、以前にも紹介した写真ですが、私の好きなテッド・ウイリアムズのグリップです。いずれも斧のイラスト通りのグリップです。

スライド07

これは見えにくいですが、ヤンキースのジャッジ選手です。
こちらは左手の手首(ボトムハンド)の甲が前を向いていました。

スライド08

これはスタントン選手です。同じく左手甲が前を向いています。どうしたのでしょう。

スライド09

これは大谷選手です。右手のグリップは、ジャッジ選手やスタントン選手と同じく甲が前を向いています。しかしトップハンドは、手首は曲がっておらず、真っ直ぐに「力」が伝わっています。

スライド10

これはNPBから柳田選手の例です。大谷選手と同様に右手甲が前を向いていて窮屈そうです。

スライド11

さて、これはどう考えれば良いでしょうか。

これら強打者のグリップで共通なのは、少なくともトップハンドは背屈せず手首は曲がっていないという点です。ボトムハンドの甲が前を向いていてもある程度強く打てるという事は、まずトップハンドが主な「力」を伝える手と考えて良いのでしょう。昔は、右打者なら「左手一本で打て」と言われたりしましたが、ボトムハンドだけで打つという打法は非力な打法であると思います。

ではなぜ「左手(ボトムハンド)だけで打て。右手(トップハンド)は添えるだけ」などと言われたのでしょうか。米国でも、カル・リプケンのスクールなどで、同様にボトムハンドで打つようにと指導されていた例を見たことがあります。

それは第六回で説明したヘソベクトルが絡んでいるのだと考えます。
「捻りモデル」では、強く打てる方向は決まっており、それはヘソベクトルが働いている方向と説明しました。ボトムハンドは、おおよそヘソベクトルの方向にバットをリードしていることが多いのです。このことから「経験的に」、ボトムハンドで打つ指導をすることになったのでしょう。
「捻りモデル」の立場からは、「力」を伝えるのはトップハンドで、バットをヘソベクトルの方向にリードするのはボトムハンドというのが力学的に理想的な状態と考えます。

ボトムハンドは、甲が前を向いていても(ヘソベクトルの方向に打つなら)ある程度強く打てるというなら、どうグリップするかは好みの問題かも知れません。しかし私に言わせれば力学的に美しくありません。

ここで私の好きなボンズ選手のグリップを見てみましょう。
昔の映像はわかりにくいのですが、トップハンドもボトムハンドも、斧を打ち込むような形で力がしっかり伝わるようなグリップで美しいですね。
さすが本来は野球殿堂入りすべき選手のグリップだと思います。

スライド2

ボトムハンドの甲が前を向いているのを見て「美しくない」などと言っているのは私くらいでしょうから、大谷選手や柳田選手も、ジャッジ選手もスタントン選手も気にすることはありません。ボトムハンドでバットをリードして流し打ちするという打ち方もあるというなら尚更です。

しかし普通に考えて、ボトムハンドで甲を立てながら(あるいはトップハンドで手首が曲げながら)トンカチを持って壁に釘を打ってる人を見たら、変だなと思うでしょう?
好みとは言え、ボトムハンドの甲を立てたグリップでは、幾らか力をロスしてると考えられます。もしかしたら肝心な場面で、ホームランを何本か損しているかもしれませんよ。

次回は、ピッチングについて考えてみたいと思います。

(2024年2月24日)
記事中で、トップハンドとボトムハンドの名称が一般とは逆ではないかとの指摘を受けました。確かにその通りでした。バットを立てて握った時に、上の手をトップハンド、下の手をボトムハンドと言うのが正しいようです。お詫びして訂正いたします。ご指摘ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?