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これがわたしの役割?【人(相手)の事に口出し(氣にかける)(関心を持つ)をして、一緒に方向性を探していく】
わたしの氣づきのためのきっかけだったようなのですが、
経緯は省きますが、
【乳がんのスピリチュアルメッセージ】を知りたかったんですね。
①自分を第一に考えましょう。 『心身ともに疲れ果てているようです』
②罪悪感を手放しましょう。『あなたにしか解決できない問題です』
③恨んでいる人を許しましょう。『あなたの心と体にとって必要なこと』
④不安を消し去りましょう。『きっとうまくいくと思考パターンを変える』
⑤周りの人を愛しましょう。『愛を循環させましょう』
⑥器を大きくしましょう。 『あなたにはお役めが残っています』
⑦人生を楽しみましょう。『息抜きをしていますか?』
⑧両親を癒しましょう。『あなたの怒りはもっともでしょう』
少し前のわたしには、①〜⑧のメッセージが、すごく響きましたが、
その中で、③と⑧が氣になりました。
特に③。
恨んでる人なんているかな・・・?
恨んでるっと言ったら、元旦那しかいないけど。
もちろん、恨んでるとは、もうないけど、
こんな人は、嫌いだな。とまだ感じる。
それは、自分自身を嫌っているとも同じなのだけれど。
どんなところが嫌いなの?
家族心が感じられない。
一体に感じない。
内緒が多い。
言わない。
何にも考えていないように感じる(愛を感じない)
人任せ
まんま、今のわたしだね・・・。
まだ、こんなんなんだな。
あと、元旦那の両親もだ。
隠して、押さえているけれど、
恨んでいるんだ。
あるよね?そんな氣持ち。
う〜ん。出してごらん。
こんな家を選びやがって・・。とか
もっと綺麗な家を探してくれてもよかったのに!とか
元旦那にもっと働けって言ってくれてもよかったのに
元旦那を甘やかさないでほしかった。
もっとこうしろ、ああしろって言ってほしかった
指導してほしかったよね。
一家の大黒柱みたいな心得を。
家族を守る。みたいな強い心を持ってほしかったよね。
それをしてくれないから、わたしがそうなっちゃったんだけどね。
逆を言えば、
わたしの中には、こうしろ、ああしろ、と口出ししたい気持ちがあるってことかな?
それが本来のわたしなのかもしれないね。
そう、感じていたけどね。最近は・・。
今までのわたしは、
何でも良いよ〜。
適当。
どうでもいい。
適当が楽だと思っていたし、
人(相手)の事に口出ししたくない、
指図するようなことはしたくないと想っていた。
でも、違ったのかもしれないね。
わたしは、これから、人(相手)の事に口出し(【氣にかける】【関心を持つ】)をして、一緒に方向性を探していく。
そっちの役割?
元旦那が方向性がわからないでいたのなら、一緒に考えて、探してあげなければいけなかった・・・。
(やりたくないと想っていました。口出しはしたくないと。)
当時は、【口出し】したくないという捉え方でいました。
【口出し】は違う目線から捉えれば【氣にかける】【関心を持つ】とも言えますよね。
りかこさん
統合されていない分離データがたくさんあるときには、ネガティブな受け止め方となり、
統合が進んでいった先には、そうではない受け止め方ができるようになります。
わたしも過去、同様でした☆
過去記事でも書いています。↓
*******************
『分離データありまくり』だった当時は、
・未熟
・幼い
・甘え
・・・
といったイメージを重ねて、喜ばしくない言葉と受け取りましたし、
『統合作業』が進んでいくと、
・ピュア
・好奇心旺盛
・周波数が高い
・・・
などの、(宇宙意識から見て)好ましい状態、と受け取るようになりました。
『分離データありまくり』だった当時は、
・口出し
と捉えていたのが、
『統合作業』が進んできた今は、
・氣にかける
・関心を持つ
と捉える事ができるようになりました。
わたしがわたしの役割をしなかったから、元旦那も、自分の役割をしなかったんだ。
一緒だったんだな〜。わたしたち。
というか、わたしの投影である元旦那だったんだな〜。
相談に乗らなかったし、きいてもあげなかった。
したくなかった。
わたしの役割をしていなかったんだな〜。
子供達もそうなのかもしれないね。
わたしが、方向性を一緒に探してあげないといけない。
学校をどうしたいのか、方向性を一緒に探してあげなければいけないんだ。
わたしの役割(方向性を探す)をやっていないから、
子供達も、子供の役割(学校に行く)をやっていないんだ。
そんなふうに感じたりもした。
もう、母親であるわたしはいないから、母親として、という想いから子供には接しないんだけれど、俯瞰した目で子供と接すれば、コントロールしようとする氣持ちもなくなる氣がしています。
ただ、話を聞いてあげて、方向性を一緒に探してあげるだけで良くて、そこには、
こうしなくてはダメ。
ああしなくてはダメ。
は、なくなるな〜。と感じます。
子供がどうしたいのか、それを見守ってあげるだけですよね。
それをしたのならば、選択は、子供に委ねる。そんな感じでしょうか。
りかこさんとのティーチング&コーチングで、
子供の【不登校】についても、扱いました。
亜弥
「わたしは、子供が学校に行ってくれたら、その方が自分が楽だから行って欲しい。と想っているんじゃないんだよな・・。
元気な姿が見たいから。何だよな・・。と想ったんです。
そうか!!そうだったんだ!と分かったんです。
大事なのは、【学校へ行く事】ではなく、【元気でいてくれる事】だったんだな。と分かりました。
もしかして・・。これが氣付けていなかった事?かな・・・。」
りかこさん
素敵な氣づきでしたね。
そうですね、これが氣づけてなかった部分かも・・・しれませんね(^_-)-☆
これが合ってるかどうかは、ここからのお子さんの登校が、望ましい方に展開していったら正解で、
もし、まだ、悶々とする現実が続くようなら・・・まだ氣づけていない何かが潜んでる。ということです。
現実の変化でわかります。
ここから、楽しみに、みていきましょう。
この時から4ヶ月程経った今の想いは、違っています。
わたしの氣づきは、ちょっとズレていた・・・。
ようですね。
4ヶ月前のわたしは、
・子供は、学校に行かない方向性なのかと想っていました。
・元気でいてくれれば、学校に行かなくたって良い。
と感じていたんです。
でも、望ましい展開は、やはり、
子供は学校へ行く
だったんですね。
そして、
これから、わたしの役割を果たしていこうと想います☆
これが正解!なら、現実も変化していくのでしょうね☆
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