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2020年コロナ禍、私はビジネスではなく、山で穴を掘ることを選んだ。

もし時間が巻き戻せるとしたら、私は新卒で入社した会社を10ヶ月で退職する自分に「1年後のお前は、ジーンズを売るために退職したはずなのに、山の中で穴を掘っているよ」と伝える。それを聞いた私は狼狽するだろうか。まあ落ち着けよ、これには紆余曲折があったのだから、それを説明させてくれ。穴を掘り終えた今、すごくそのことに納得しているのだから。

1.いいねの数だけ穴を掘る男

新型コロナウイルスの影響により、ジーンズブランドRockwell Japanが実施していた全国訪問販売ができなくなった。個人的にもこの状況下で、不要不急の極みであるジーンズを売ることへの違和感が日に日に積もっていった。しかし、だからと言って、この数ヶ月を何もせずやり過ごすことも自分が取るべき決断ではないことだと感じていた。

「こんな時に何をするべきだろうか...」
人との交流を全くなくすことは一市民として取れる最善の策ではあったが、同時に、コロナの影響によりお客さんが遠のいている飲食店が徐々に出始めていることも事実だった。

「人との交流を全くせずに、困っている人を助けることはできないだろうか」
「そうだ、穴を掘ろう」

一年前の自分よ、論理的思考ができなくなっていることは重々承知している。それでもなぜか、突発的にひらめいた感覚があったのだ。

もし自分が山の中で穴を掘り、体力的に限界になり、空腹になったところで飲食店のテイクアウト品を紹介できたら、面白いんじゃないか。私は高校の野球部時代を思い出した。高校の部活後にメシをむさぼるあの食べ姿は正真正銘の最強の食レポだった。たとえ、食レポをしたことのない素人でも、最高に空腹の状態で美味しいご飯を食べたら、それを面白がって見てくれる物好きはもしかしたらいるんじゃないか。

ただ、そんな風に若者が食べる姿を工夫せずに流したとしても、せいぜい楽しんで見てくれるのはオカンだけだろう。私はオカンのために穴を掘り飲食店の紹介をするわけでは断じてないし、彼女もそのために私を産んだわけではないはずだ。各飲食店のテイクアウト品を紹介する以上は、多くの人に見てもらわないとやる意味がない。だから、Twitterの投稿へのいいねの数だけ穴を掘ることにして、投稿を見てくださっている方々も一緒に穴掘り企画に参加してもらおうと考えた。

毎日投稿にいいねをしてくれる方、RTで拡散に協力してくれる方々のおかげで穴掘りは順調のスタートをきった。大自然の中での生活をすることをこれ以上ないほどに楽しんでいた。

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2.地底の魔女に告げられた方向転換

毎日応援してくださる方々のおかげもあって、穴掘りは着実に進んでいき、穴と呼べるレベルのくぼみへと変わっていった。

しかし、最大の誤算を見落としていた。思っていたほど穴掘りで疲れない。

クワを振り下ろすことに慣れるにつれて、筋肉痛に襲われることが2日目以降はなくなった。自分の限界まで追い込み、疲弊した状態でテイクアウト品を食べることは正直出来ていないと感じていた。これだと、ただの若者がそこそこ健康的に運動をして、食べてうまかったご飯を紹介する無力なコンテンツになってしまう。

「もっと限界まで自分を追い込まなければ、、、。そうするためにも1日本気で穴を掘ってみよう」
穴を掘ることへの異様な探究心好奇心が私の心を占めるようになった。「明日はいいねの数に関係なく、限界まで穴を掘り進めてみます」とTwitterで宣言し、翌日の穴掘りに臨むことにした。

やってみて驚いた。私はもう完全に穴掘りそのものの魅力にとりつかれてしまっていたのだ。俗にいう異業種転職の高揚感とはこのことか。気がつけば朝8時から夜の7時まで、食事をとることも忘れて一心不乱に穴を掘り進めていた。

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翌朝の早朝5時、私はすでに穴にいた。私はもう穴を掘り続けることに取り憑かれ、飲食店の紹介をそっちのけにして、穴を広げていくことに価値を見出してしまっていた。穴は自分でもびっくりするくらいのサイズになり、とても興奮した。穴の底は土の層を超え、岩の層へと変わっていた。

今までの力加減では到底掘り進められないほどの硬さになっていた。私の穴掘りキャリア史上最大限に力を込めてクワを振り下ろした時、ピキッという音とともに腰に雷撃が落ちた。ドイツ語で魔女の一撃と表現される腰への強い痛みとともに穴の中に崩れ落ちた。幸い、数十分すればどうにか動けるくらいには回復したが、このままでは完全なぎっくり腰になってしまうという強い不安を感じた。

「オヤジの栄光時代はいつだよ…全日本のときか?オレは今なんだよ!!」よろしくスラムダンク桜木のように穴掘りに戻ることもできたが、冷静に考えて私の人生のピークはこの穴掘りにあらず。それでも、穴掘りが楽しくなり、夢中になっていたところだったからこそ、どうにか痛みを和らげつつも穴掘りを楽しむ方法はないかと模索した。

そう考えた結果、私の穴掘りキャリアは表現者としての道に進むこととなった。この穴の中で有意義な時間を過ごすことができれば、多くの人に私が穴掘りを楽しんでいることが伝わるかもしれない。

ステイホームではなくステイホール。

セレブな生活に始まり、ヒップホップ、中華料理屋、エアーズロックのジオラマ。穴の中でいろんなことをやった。

3."賢くいること=幸せ"ではない

世の中はコロナ一色で、自粛生活が続きどんよりとした雰囲気が続いていた。そんな社会の閉塞感を感じる中でも、私は人生の中でもかなり上位に来るほどの幸せを日々感じていた。ブランドとしての売上はほとんど無く、金銭的に考えても危機的な状況であることは間違いない。それでもなぜか幸せになり、自分が誇らしくなっていくのだ。

忘れもしない、5月18日。
大雨の中での穴掘りを通して、私は幸せの絶頂を手にすることとなる。

その日は全国的に朝から大雨が降っていた。私の場合、雨の日は決まって気分が重くなる。それなのになぜかこの日だけは起きてからずっとワクワク感に気持ちが覆われていた。腰の痛みも和らぎ、穴掘りに再度取り組もうとしていたからだ。

穴掘り黎明期の掘削によって傷み、弓なりに曲がってしまったクワを、侍が刀を研ぐように念入りに研ぎ直すことで、はやる気持ちを落ち着かせようとしていた。

午後1時、ついにその瞬間は訪れた。

整った。滴る雨の音とカエルの鳴き声、そして土を掘り出すスコップの音が大自然の中に交錯する。裸足にジーンズ、タンクトップという男性の曲線美を追求したスタイルが、泥にまみれてめちゃくちゃになっていく。快感だった。小学生が下校中の水たまりにはまり、それ以降はもうどうにでもなれと言わんばかりに次から次へと水たまりに入水していく感覚に近い。

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固い岩の層をクワで崩していく。雨が体力を奪い、手にできた血豆跡に泥水がしみる。快感だった。目的など何もなく、山の中でたった一人、ただ自らの満足感のためだけに全てを捧げている時間が最高だった。穴の底から上を眺めると外の世界は何一つ見えない。自分だけの自分だけによる自分だけのため時間が紛れもなく流れていた。

穴掘りを続けた中で気づいたことが一つある。

私はおそらく、極めて生産性が低く、肉体的疲労を伴う作業に快感を覚えるタイプの人間だということだ。目標設定も目的も最終的になくなっていったこともよかった。仮に2m大の穴を掘るという目標数値があったなら、私はこの穴掘りでここまでの多幸感を感じることはなかっただろう。ただ自分が満足いくところまでやれたらそれでいい。GoProの充電さえ切れなければきっと5時間でも10時間でも掘り続けていたのではないかと思う。無意味だし、バカげていることくらいは自分でもわかっている。それでもこの瞬間を超える幸せを私は知らない。これが自分のやり方で、自分の生き方だとわかったような気がした。

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4.そういえば私はジーンズ屋だった

翌日、翌々日と続けてあの感覚を得るために穴を掘り進めてみた。しかし、どういうわけかあの日の感覚には程遠い満足度しか得られなかった。正直に言って、もうこれ以上穴を掘るモチベーションは湧いてこなかった。燃え尽き症候群だった。きっと、自分の中で最大限に満足のいく穴掘りはもうすでに終えてしまったのだと思う。

全てを出し切り、これ以上掘ることに何の意味も感じられなくなった今がやめ時だと思った。

5月28日。私はクワとスコップを置いた。

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そうだ思い出した、私たちはジーンズブランドだった。もともと当初の裏目的の一つとして、穴掘り後にジーンズを洗濯し色落ちを進めることも考えていた。大自然の中で苦楽をともにした相棒を洗濯するのは大自然の中で。最初からそう決めていた私は、山の中にある沢でヤツを洗った。これで全てが終わった。

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コロナ中は、ビジネスとしては大きく立ち止まってしまったが、人生としては大きな一歩を進めることができた。2020年の4〜5月の2ヶ月間、私はジーンズを穿いて山にこもり穴を掘った。この2ヶ月は、自分にとって決して忘れたくない大切な期間となった。

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ジーンズは、着用者の行動や生活を形として残すことのできる唯一の衣服だ。穴掘りによってできたこのジーンズの穿きジワ・色落ちが、この穴掘りの活動を永遠に記憶してくれる。このジーンズを見ればまたいつでも思い出す、2020年コロナ禍、"穴を掘る”という最高の決断をした25歳の自分を。

Text By 祇園涼介
Edit By ジュンヤスイ

※この穴は山の所有者の許可を得て掘っています。 今後は貯蔵庫として使用される予定です。

最後までお読みいただきありがとうございます。今後ともジーンズブランドRockwell Japanをよろしくお願い致します。