ホットケーキ (七夕のお話①)


「ただいまー」

タヌキのこどもが帰ってきました。手に何やら持っています。

「お母さん見て見て!これに、願い事を書いていらっしゃいって、先生がくれたの。」

「まあ、七夕の短冊ね。」タヌキのお母さんは、にっこりとそれを受け取りました。


「ぼく、なんて書こうかなあ。」

「『元気にお友だちと遊べますように』っていうのは、どうだい?」と、おばあちゃん。

「そういうのは、よくあるんだよなあ、ちょっと、ちがうんだよなあ。」とタヌキのぼうや。


「おまえ、『木登りができるようになりたい』って、言ってたろう。それは?」と、お父さん。

「うーん、それは、ぼくが頑張ればいいことだからさ、もっと、こう、とびきりの願い事、ないかなあ。」


ぼうやは、椅子に腰かけて、ニコニコと話を聞いている、おじいちゃんを見ました。

「そうだ!おじいちゃんは、ホットケーキを食べたことがあるって、言ってたよね。」

「ああ、あるよ。」と、おじいちゃん。

「お月様みたいに、まんまるで、あまくて、美味しいんでしょう?」

「ああ、そりゃあ、おいしかったなあ。」おじいちゃんは、懐かしそうに遠くを見ながら言いました。


「きめた!ぼく、『ホットケーキを食べる』って書く。」

「ぼうや、それは、いいんだけど、七夕の願い事が、何でも叶うっていうわけじゃあないのよ。」お母さんは、少し困っているようです。

「かなうよ!かなうったら!ぼく、人間の食べ物屋さん知ってるもん。ぼく、行ってみるよ!」



さて、山のふもとには、美味しいと評判のピザ屋さんがありました。夕暮れ時、ピザ屋さんは、粉をこねて、明日のしこみをしているところでした。

「こんばんは」

小さな声に振り向くと、戸口に男の子がひとり、立っています。


「はい、いらっしゃい、ぼうや、ひとりかい?お母さんは?」

「うん。あの、それ、ホットケーキ?」ぼうやは、ピザ屋さんがこねていたピザ生地を見て言いました。

「ははははは、これは、ピザのもとになるものだよ。ぼうやは、ホットケーキを食べに来たのかい?」

「そう!ホットケーキ、ありますか?」


男の子は、お店の中をキョロキョロとめずらしそうに見ていましたが、窓際のテーブルに行くと、ちょこん、と、椅子に座りました。

(こんな時間に、こどもがひとりで…なんだか様子がおかしいな、迷子かな?おまわりさんに来てもらおうか。)ピザ屋さんは不思議に思いながらも、ホットケーキを焼いてあげることにしました。


「おまたせしました。ピザ屋の特製ホットケーキでございます。どうぞ、めしあがれ。」

ピザ屋さんが焼き立てのホットケーキを持ってくると、男の子は目を丸くして、「ほんとだ!おじいちゃんが言ってた通り!まんまるお月様みたい!」すると、大喜びする頭からは、タヌキの耳が、ぴょん!

(ありゃ!おかしいとおもったら、これは、タヌキか。)

「おいしい!おいしいなぁ。」夢中で食べる男の子のズボンからは、タヌキのしっぽが、ぴょこん!

(おいおい、しっぽが出ているぞ、バレちゃうぞ!かわいいなあ。)ピザ屋さんは、男の子に気づかれないように、くすくすと笑いました。


ふと、窓の外を見ると、親のタヌキでしょうか、心配そうにうろうろしながら、店の中をうかがっているタヌキの姿が見えました。

ピザ屋さんは、自分が食べようと思っていたホットケーキを、包んで言いました。

「はい、こちらは、お土産用のホットケーキでございます。どうぞ、お家に持って帰って、お父さんやお母さんにも分けてあげてください。」そして、ないしょ話をするように小さな声で、「耳としっぽには、くれぐれも、お気を付けくださいよ。」と言って、にっこりしました。


男の子はびっくりして、耳をさわって、おしりのしっぽを見ると、いすからとびおりて、走っていきました。そして、戸口で立ち止まると、ペコリ、とおじぎをして、出ていきました。

外の暗闇では、タヌキの家族が、タヌキのぼうやの帰りを待っていました。4匹のタヌキは、タヌキの坊やを囲むと、ピザ屋さんにおじぎをしながら、振り向き、振り向き、山の中へと、帰っていきました。


空には、食べかけのホットケーキのような、かけたお月さまが、光っていました。


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