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プライミーバル生物紹介 ゴルゴノプス類

恐竜SFドラマ『プライミーバル』。まだ人間社会で暮らしていたヘレン・カッターをコンビニに追い込み、現代社会で暴虐の限りを尽くしただけに飽き足らず、バックドロップで未来生物まで倒してしまった怪物が居る。ゴルゴノプス(類)である。

大衆にウケの良い古生物と言えば『ジュラシック・パーク』のティラノサウルスであるとか、『アイス・エイジ』のマンモスやサーベルタイガーが居るだろう。しかし本作はゴルゴノプス類というマイナーどころを敢えて取り上げ、あまつさえ番組の顔にまで仕立て上げている。実際、第1章の第1話と最終話を盛り上げているあたり、類を見ない躍如である。動物の兵器化を企てる悪党からはスルーされ生物収容所出禁説まで浮上しているゴルゴノプス類について、今回は取り上げていく。

恐竜、ではなく

『プライミーバル』には数多くの古生物が登場するが、その中でも第1章は恐竜が登場しない恐竜SFドラマであった。これはNHK公式のスタッフブログが率先してネタにしている、あるいは啓蒙しているくらいには周知の事実かもしれない。

鳥類を恐竜に内包する系統学的な定義に則るならば第1章第4話のドードーも恐竜ということになってしまうが、そこを指摘してくるような者はひょっとすると友達が居なくなってしまうんじゃないかと筆者は思う。とりあえず、恐竜と言われて一般的に連想する風変わりな爬虫類が登場するのは、第2章第1話「ラプトル襲撃」まで待たなくてはならない。

では第1章第1話で登場した、いかにも凶悪なあの肉食動物は何か。少年ベンは「校庭に恐竜が居ます」と主張していたが、あれは恐竜ではない。

J. Spencer, Tadek Kurpaski, Daderot, Gary Todd, Domser, Captmondo. Collage by Matthew Martyniuk, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

そもそも恐竜とは何か。本記事は恐竜について語ることを目的としたものではないため詳細は控えるが、恐竜の定義には系統学的定義と解剖学的定義の2つがある。ここでは簡単のため、系統学的定義のみを紹介する。

恐竜とは、トリケラトプスと鳥類との最近接共通祖先とその全ての子孫を含む系統群である。こう説明してしまうと未知語が多いかもしれないため、より噛み砕こう。

絶滅したトリケラトプスも現生のイエスズメも、基本的にいずれも親が繁殖を行って子どもが生まれる。もしかすると現生のトカゲのように単為生殖をした者もいたかもしれないが、その場合でも祖先と子孫の命脈の中に存在している。この祖先-子孫関係を紐解いていくと、やがて生物が進化する前の祖先と子孫とを結びつけられる。1つの種から別の種が1本1本の枝分かれを繰り返していくため、過去から見ると樹木の枝のように生物の系統関係は拡大していく。逆に言うと、現代から遡れば、その種が発見済みか未発見かはさておき、生物の祖先は過去のある1つの種に集約することができるのである。

話が抽象化しているため具体例を出すと、例えばモンゴルのチンギス・ハンはY染色体を受け継いだ子孫が1600万人居ると言われている。1600万人のうち男性Aと女性Bをランダムに選出して共通祖先を辿ると、いずれチンギス・ハンという1個人まで辿り着くことになる。チンギス・ハンの全ての子孫として、彼らは纏め上げることがきる。

同様にして、鳥とトリケラトプスの祖先に辿り着いたとする。この生物をXとすると、生物Xの子孫は全てXとの祖先-子孫関係に置かれる。小泉進次郎氏のような発言ではあるが、祖先を共有する生物同士は1つの単系統群に纏められる。

単系統群はその外の種とは共有しない独自の共通祖先保有関係を有しており、進化の過程を反映した1つの単位と見ることができる。恐竜は、進化を通じて地球に出現した自然分類群である。

『プライミーバル』の序盤を華々しく飾ったこのゴルゴノプス(類)は、このトリケラトプスとイエスズメとの間の祖先-子孫関係の中に位置付けることができない。チンギス・ハンの家系に入れないのである。このゴルゴノプスという生き物は、驚くなかれ、恐竜よりもむしろ我々哺乳類に近いのである。

彼らの属す大分類群は単弓類という。これは恐竜や鳥、そして他の爬虫類が属する竜弓類との間で有羊膜類を二分する2大系統の1つ。ゴルゴノプスや我々ヒトは恐竜と違い、単弓類という仲間に括られるのである。

単弓類という動物

恐竜時代よりも以前、古生代ペルム紀という時代があった。この時代は地球上の大陸が1つに繋がって巨大な超大陸パンゲアを形成しており、大陸では単弓類が繁栄を遂げていた。NHKスペシャル『地球大進化』で哺乳類型爬虫類という名称を耳にした読者も居るかもしれないが、彼らは基盤的単弓類と言いかえることができるだろう。

なお、筆者は個人的見解として哺乳類型爬虫類という語を好まない。漠然としたイメージの伝わりやすさはあるが、後置修飾からして、実際には爬虫類の系統ではないのに爬虫類であることが本質のように扱われているためである。エルサ・パンチローリは著書『哺乳類前史』の中でこの用語に対し筆者どころではない猛烈な批判を行っている。

『哺乳類前史』によると、この語は爬虫類から哺乳類が進化したという従来的な見解に端を発するものである。実際には、単弓類と竜弓類はかなりの初期段階で枝分かれしており、全く別の生物であった。恐竜時代の遥か以前には、哺乳類のような爬虫類、ではなく初期の有羊膜類の特徴を残した単弓類が繁栄していたのである。

Preto(m), CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

単弓類とは、上図のように側面頭窓と呼ばれる眼窩後方の窓、すなわち目の後ろにぽっかりと開いた穴が1つしか存在しない有羊膜類を指す。上図では、j, po, sq, qjと記された骨に囲まれている孔が下側頭窓である。例えば恐竜はもっと上の方にもう1つ孔が開いており、2つの側頭窓が存在することから双弓類と呼ばれる。双弓類は竜弓類の下位分類群である。

側頭窓の数による有羊膜類の分類は伝統的に使われており、現在でも単弓類という語が用いられ続けている。ただし、双弓類と無弓類という語の利用には注意を要する。側頭窓が退化して消失しているカメのように、この孔の数と系統関係を対応付けるには例外となる生物がいくつか居るのである。2023年現在でカメは双弓類に分類されているし、無弓類という分岐群は解体されている。スクトサウルスを目の前にした第1話のニック・カッターとアビー・メイトランドの会話劇は無弓類=カメの仲間として扱っていたが、リメイクするなら手を加えたいところである。

無弓類や単弓類について語るとゴルゴノプスを取り扱う本項の意義が揺らいでしまうため、単弓類に話を戻す。単弓型の頭蓋骨を持つものに関しては例外が知られておらず、つまり単弓類と竜弓類との間でその垣根を超えて来るような存在は今のところ無い。安心して単弓類の語を使うことができる。

従来的な分類において、単弓類は盤竜類と獣弓類の2大グループに大別できる。盤竜類はディメトロドンをはじめとする基盤的なグループで、反対に獣弓類は派生的、すなわち進化したグループである。ただし、盤竜類と獣弓類は等しく分岐してきたわけではなく、単弓類から獣弓類に繋がる1本の系統を除いたものが盤竜類と呼ばれる。つまり、恐竜の説明に際して"単系統群"という語を用いていたが、盤竜類は単系統群ではないのである。

Eden, Janine and Jim from New York City, CC BY 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/2.0>, via Wikimedia Commons

従って盤竜類という語は分岐学的には最早使用されない言葉である。とはいえ、こうした側系統群は時として段階群として機能することがある。段階群は人為分類群であってひとまとまりの単位ではないが、例えば鳥類を除いた爬虫類がウロコに覆われた皮膚を持つ外温性の動物であるように、何らかの進化的な水準を示唆する。このため、分岐学以外の文脈においては、その利便性から盤竜類の語が用いられることもある。

さて、依然として獣弓類は単系統群であり、現在も最前線で用いられている用語である。冨田幸光『絶滅哺乳類図鑑』によると、(哺乳類を除く)獣弓類は6亜目47科を包含する。この科の数は6科が属するいわゆる盤竜類の約8倍におよんでおり、獣弓類は遥かに成功したグループと評価されている。

獣弓類は哺乳類に極めて近縁、というよりも哺乳類を内包した。後期ペルム紀に繁栄した獣弓類は哺乳類と同様に活動的であり、陸上を席捲し、毛皮によって体温を維持して寒冷地域にも生息したとされる。ドラマに登場したゴルゴノプス類も、明らかな体毛こそ生えていなかったが、寒空の下で白い息を吐きながら人類を翻弄して暴れ尽くしていた。冬場のディーンの森に居つき、柵やコンテナを破壊して牛や人間を獲物にするなど完全に21世紀を満喫していることを踏まえると、ドラマでも活発な恒温動物として描かれている。

そうした獣弓類の中で、頂点捕食者の移り変わりはかなり頻繁に起きていたらしいことが分かっている。テロケファルス類との間で頂点捕食者の座を奪ったり奪われたりしていたのが、今回の記事主題でもあるゴルゴノプス類である。彼らはペルム紀の中期から後期にかけて、顕生代最大の大量絶滅事変まで繁栄を遂げていた。

Creator: Dmitry Bogdanov, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons

ゴルゴノプス類とは

ゴルゴノプス類の化石産地はアフリカ大陸の南部が主である。NHKスペシャル『地球大進化』によれば、南アフリカ共和国のカルー盆地は毒グモと吸血ダニが跋扈する不毛な土地のようだが、脊椎動物化石は億単位で堆積していると見積もられている。恐竜時代よりも遥か以前、後期ペルム紀当時のカルーにはミシシッピ川級の大河が流れ、シダ植物と裸子植物の大森林が形成されていたという。豊かな生物資源に富んだ環境がゴルゴノプス類のような頂点捕食者の生存を可能にしていたわけである。

アフリカに生息した大型のゴルゴノプス類にはルビジェア科がおり、特にそのタイプ属であるルビジェアはかつてアフリカ最大の属とされていた。Rubidgea atroxの最大の標本は頭蓋骨長が46cmに及び、これは後述するイノストランケビアのものに近い値を示す。また、Kamerer (2016) はルビジェアがイノストランケビアよりも頑強であることに触れている。

南極から北極まで赤道を貫いて存在したパンゲア大陸を通り、何千kmも離れたシベリアに進出した属も居た。先に触れたイノストランケビアがそれであり、全長3.5mでゴルゴノプス類全体における最大の属として知られる。たかしよいち『たたかえ!恐竜 イノストランケビア』を小学校や公民館で読んだ読者もいるかもしれない。残念ながら筆者は内容を忘却の彼方に送ってしまったので、機会があれば読み直したい。

2015年から2016年にかけて三大都市+αで開催された『生命大躍進』展で展示されたイノストランケビアの骨格はロシア産であるし、筆者が先月大阪で見学した頭蓋骨もロシア産である。今年の5月にアフリカ産イノストランケビアが報告されたが、それまで本属の化石はシベリアでしか発見されていなかった。今ロシア連邦はいろいろと世界を騒がせているが、かつてのWW2のスピノサウルスやストマトスクスのような損失は避けたいものである。

こうしたゴルゴノプス類だが、やはり彼らは陸上生態系の頂点に位置したらしい。ゴルゴノプス類を扱った一般書を見てみると、長大な犬歯で獲物の肉や内臓を切り裂く百獣の王、クマほどの大きさのある怪物、サイとほぼ同じ大きさの肉食動物、と大層な肩書きが並ぶ。

Eotyrannu5-Returns, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

ただし、これらの表現はゴルゴノプス属というよりも、イノストランケビアに与えられるべきものでもある。ゴルゴノプス類にはカナダ版スピンオフ『ジュラシック・ニューワールド』に登場したリカエノプスのように小型の属もいた。

NHKの『地球大進化』(2004年)と『生命大躍進』(2015年)の書籍版はいずれもゴルゴノプスが10cm以上の歯を持っていた旨を記しているが、確かにこれはBBCの番組『ウォーキングwithモンスター』(2005年)の書籍版である『よみがえる恐竜・古生物』にも同様の記述が認められる。しかし、本書に記されている全長3.5mという数字はイノストランケビアの値である。ゴルゴノプスそのものとの混同には注意すべきだろう。

とはいえ、ゴルゴノプス類全体が肉食性の動物であったことに疑いはない。頬歯は小さいものの、上顎の長い犬歯が発達することはゴルゴノプス亜目全体に共通する特徴である。以下はゴルゴノプス属のGorgonops whaitsiという種の頭蓋骨だが、約4cmに亘って歯が上顎から露出している様子が見て取れる。面長ではあるが、新生代のサーベルタイガーを彷彿とさせる。Whitney et al. (2020)は獣脚類恐竜と収斂した複雑な鋸歯が歯に備わり、肉食への高い適応を遂げていたことを示している。

Robert Broom, Public domain, via Wikimedia Commons

サーベルタイガーと同様に、ゴルゴノプス類の顎の運動様式や巨大な犬歯の用途には議論がある。『哺乳類前史』ではゴルゴノプス類が裂肉歯を持たなかったことを根拠に、歯を積極的に用いて攻撃し、獲物を弱らせてから確実に仕留めていた……という狩りの様式を推論している。この時代の単弓類は歯の生え変わりが複数回ある多生歯性で、現代のヒトが6月4日に意識するような乳歯と永久歯の2種類による束縛は無かったわけである。Whitney et al. (2022)は後期三畳紀のキノドン類が二生歯性であったことを示唆しているが、それでもP-T境界から2500万年の未来の話。一生のうちに何度も歯が生え変わる無限残機とは、寿命の延びた現代人からすると何とも羨ましい。

Angielczyk & Kammerer (2018)によれば、犬歯も含めて前方の歯が大きく、また奥歯が小さいことから、ゴルゴノプス類は前の歯で肉を引き千切って丸呑みにしていたとされる。劇中で何か大型の獲物を捕食している直接的なシーンは無かったが、木に放り上げた牛はきっとそのようにして食べるつもりだったのだろう(あそこまで登ることができたのかは分からないが)。ペルム紀でコウモリの幼獣を美味しそうに貪っていたときも、心なしか顎の前方で咬合しているように見える。

サーベルタイガーと似てはいるが、勿論彼らはネコ科猛獣と共存していない。彼らは後期ペルム紀に生息したグループであり、サーベルタイガーとの間には2億年以上におよぶ時間的ギャップが存在する。

Kammerer et al. (2023) 曰く、ペルム紀中期のカルー盆地ではリコサウルス科やスキラコサウルス科といったテロケファルス亜目の動物が頂点捕食者の地位を占めていた。彼らの頭蓋骨長は30cm以上におよび、大型と認められる捕食動物たちである。この頃もゴルゴノプス亜目自体は生息していたが、テロケファルス類が天下を治めているうちは小型のものが主であったという。

やがて大型テロケファルス類がペルム紀中期の絶滅事変で姿を消すと、次に大型のゴルゴノプス亜目が登場した。その中でも、先に紹介したルビジェアに代表されるルビジェア科は約2億5900万年前から2億5300万年前にかけて繁栄を遂げた。そしてルビジェア科に取って代わった頂点捕食者が同じくゴルゴノプス亜目のイノストランケビア類だったという。Kammerer et al. (2023) はInostrancevia africanaという新種を命名している。

しかし、Inostrancevia africanaも約2億5200万年前には絶滅し、アキドノグナトゥス科のテロケファルス類(!)にその座を譲っている。王の凱旋である。ゴルゴノプス類がテロケファルス類に代わって支配的になったというエピソードは時折耳にするが、逆にテロケファルス類が返り咲くという数奇な過程を知った時は筆者も驚いた。平家物語のような諸行無常。恐竜時代に比べてあまりにも群雄割拠が過ぎる。

やや話が脱線するが、P-T境界前後という苛烈な時代はテロケファルス類の栄華も長くは認めなかったようで、やがてプロテロスクス科の双弓類が頂点捕食者の地位に登り詰めている。プロテロスクスはワニに似た爬虫類だが、ワニどころか偽鰐類でもない。ワニから見ても恐竜から見ても、加えて言えば植竜類から見ても、相当遠縁の存在である。『プライミーバル』には登場していないが、『ウォーキングwithモンスター』で河に潜んでいたカスマトサウルスと言えば通じる者も居るのではないだろうか。こんなところで繋がってくるのである。

Nobu Tamura (http://spinops.blogspot.com), CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

ちなみに、2023年6月現在で論文化には至っていないものの、ゴルゴノプス類の一部は三畳紀の最前期まで生き延びていた可能性が指摘されている(ただ、生態系における役割や位置というものは大幅に損なわれ、ただ滅亡を待つのみではあった)。やはりカルー地域から産出した化石に基づくものであり、続報が待たれるところである。

ドラマとの比較

閑話休題。『プライミーバル』に登場したゴルゴノプス類は具体的にどの属種であるかは明言されていない。ただ口頭で「ゴルゴノプス」とは言われているが、これは日本語吹替に伴うアレンジによるところが大きい。英語版の台詞では "It's a gorgonopsid." と言われており、ゴルゴノプス科に属する何某かというところまでしか同定されていない。また、NHKの公式サイトでもゴルゴノプスとして紹介がなされている。

しかし作中の実態はどうあれ、メタ的にはHaughton (1915)で記載されたGorgonops longifronsをモデルにしたことがNHKから説明されているし、また英語圏のファンダムを見ていても一般にそう受け止められているらしい。

本種についてはGebauer (2007)が詳しい。ホロタイプ標本 SAM 2671 は元々‘Gorgonognathus’ longifronsとして命名された。この標本は長さ34cmに達する比較的大型の頭蓋骨で、左の後側部が前背側に潰れている。ただし、吻部の長さについては化石の変形によるものであるとSigogneau (1970)が指摘しているらしい。また、Gebauer (2007)はHaughton (1924)の図に対し、頬骨弓の腹側への張り出しと幅広な後頭部などの誇張を疑っている。巨大な犬歯よりも後側の歯は4本で、『プライミーバル』のゴルゴノプス類もこの点は共通する(ただし犬歯の本数自体には脚色がある)。


Dmitry Bogdanov, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons

1915年の原記載の時点で SAM 2671 はゴルゴノプス属の別種Gorgonops torvus(上図)との類似性が指摘されていたようである。Gebauer (2007)はこの点を強調し、G. torvusの特徴を SAM 2671 が全て備えていることを指摘し、また標本の大きさにも基づいて、G. longifronsG. torvusのジュニアシノニム ── 同じ分類群に後から名付けられてしまった異名として扱っている。テレビドラマの設定を追っていたら推しがシノニムになってしまった。なかなかの経験である。

ちなみに、HaughtonはG. longifronsG. whaitsiの子孫として解釈し、またSigogneau (1970)もこれに肯定的であったらしい。Gebauer (2007)はG. whaitsiのホロタイプが不完全であることを理由の1つとし、この判断を見送っている。

ところが、『プライミーバル』の制作に携わったデンヴァー・フォウラー博士はゴルゴノプス類のどの分類群をモデルにしたか厳密に覚えていらっしゃらず、また残念ながらファイルも削除済みとのことである。一応NHKを介して日本まで伝わってきているので間違いではないと思うが、あまりに勿体なく感じられる。

なお、フォウラー博士は『ウォーキングwithモンスター』や『プレヒストリック・パーク』の制作にも協力していたそうで、それらの制作総指揮ティム・ヘインズにゴルゴノプス類の登場を打診したのも彼だという。ゴルゴノプス類は『ウォーキングwithモンスター』の時点で登場していたが、ツイートの文面を見るに『プライミーバル』制作時に改めて提案があったようである。このように制作に関するツイートをいくつかしていらっしゃったので、それも参考に紹介を進める。

『プライミーバル』に登場したゴルゴノプス類は、まず何と言っても巨大化している。第1話の学校襲撃や乗用車との衝突シーンを見ても、スティーブン・ハートと同程度の高さに頭部があるように見える。スティーブン役のジェームズ・マレーは身長185cmなので、肩高もそれと同じかやや低い程度であろう。イノストランケビアの肩高は雄のライオンに匹敵する程度なので、それを遥かに上回るものとなる。全長はざっと6mになるだろうか、DVDにも同様の記述がある。

また頭蓋骨だけを見ても異様に大きい。モデルGorgonops longifronsの頭蓋骨長は34cm。Inostrancevia africanaは44~48cm、Rubidgea atroxの最大の標本は先述したように47cmにおよぶ。しかし、『プライミーバル』のゴルゴノプス類の頭部は少年ベンの上半身くらいはありそうで、40cm代では到底足るまい。ベン役のジャック・モンゴメリーは当時15歳で、仮にもう少し幼い年齢を演じていたとしても、70~80cmかそこらはありそうである。アンドリューサルクスの域に足を踏み入れている。

また、上顎の発達した犬歯も左右に八重歯のように2本ずつ、すなわち2対が発達する形に変更されている。従来的なゴルゴノプス類の1対の犬歯から派生し、特徴的で興味深い進化を遂げるように変更したとフォウラー博士は述べている。

そもそも『プライミーバル』の制作会社はインポッシブル・ピクチャーズ社で、CGIの製作はフレームストアが担っている。これらはBBCの『ウォーキングwithモンスター』と同じ布陣であり、実際にBBCの時のデータは備えていたとVFXスーパーバイザーのクリスティアン・マンツは語る。ドキュメンタリーではなくドラマとして、視聴者の恐怖やスリルをより煽ることができるよう、過去のデザインを流用するのではなく歯や大きさに変更を加えて怖ろしさを演出しているのだという。

実際のところ、この試みは成功しているように思う。ペルム紀でのコウモリとゴルゴノプスの正面戦闘は古生物系フィクション作品でもトップクラスの熱戦であったが、この大きさとデザインゆえの映えがあったように感じている。素晴らしい仕事をしたとスタッフに感謝を伝えたいところである。

なお2023年になって報告されたInostrancevia africanaだが、そのパラタイプ標本 NMQR 3707 は『プライミーバル』のゴルゴノプス類のように犬歯が二重になっている。事実は小説よりも奇なりとはこのことである。もっともホロタイプ標本はそんな歯並びにはなっていないので、これが個体差なのかあるいは保存によるものなのかは気になるところではある。

体重に関して

デザインや大きさについて褒めちぎった筆者だが、一つ腑に落ちない点がある。体重である。『プライミーバル』日本語版DVDにはその表面にゴルゴノプス類だけでなく生物の体サイズと体重が記載されている。筆者は今亡きGYAO!やHuluといったサブスクで視聴しているのでDVDは未所持だが、日本のファンダム経由で写真を見かける機会があった。

その体重は何と7t。アフリカゾウの体重やティラノサウルスの推定体重として耳にしがちな数値、7tである。『プライミーバル』のゴルゴノプスが仮に全長6mに達するとしても、7tに達するのは並大抵の密度では考えにくいのではないだろうか。日本のファンダムを見てもせいぜい2t~2.5tという意見が多い。ゴルゴノプス型のターミネーターなら頷けるかもしれない。

なお、作中の行動でゴルゴノプスは校舎に上がり込み、また民家の2階の窓に顔を突っ込んで襲い掛かっている。7tもある肉食動物が民家に襲い掛かるというのは映画『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』のティラノサウルスがサンディエゴで暴れ回っていたようなものであり、いやはや少年ベンの家は頑丈だったのだなあという感想に尽きる。

加えて言うと、スティーブンは車でゴルゴノプス類と正面衝突し、打撲や鞭打ちなどの症状も一切なく一時的にゴルゴノプス類を無力化している。筆者は車には全く詳しくないので分からないが、あの乗用車はファンダムwikiによるとトヨタのハイラックスという車種らしい。下の写真は最も近そうな写真をWikimedia Commonsから持ってきたもの。世代によって前後するのかもしれないが、車両重量は2tと少しというところ。

order_242 from Chile, CC BY-SA 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0>, via Wikimedia Commons

乗用車にしては重いが、これでは野付半島でふんぞり返る雄のエゾシカと痛み分けするくらいではないだろうか。実際シカと接触してバンパーベコベコ、ドア沈黙、軽自動車ならば廃車などの例は散見される。いわんや、2~7tのゴルゴノプス類をや。体重を抜きにしても、牛やら車やらポイポイと千切っては投げ千切っては投げをしていたバケモンを無傷でロードキルするには無理があろうと思われる。

とはいえ、主人公御一行様が乗り回す以上、車にも主人公補正くらいついていなければ困るのかもしれない。第1話から恐竜時代を遥かに超えたペルム紀のマニアックな捕食動物を大立ち回りさせてくれるのだから、それ相応のバルクアップが人類側にも必要なのだろう。

参考文献

外部リンク

ヘッダー画像ライセンス:Radim Holiš, Wikimedia Commons, CC BY-SA 3.0 CZ https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/cz/deed.en, via Wikimedia Commons

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