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プライミーバル生物紹介 スクトサウルス

2023年6月24日放送のTBS系列『日立 世界・ふしぎ発見!』でディーンの森が取り上げられたと聞く。恐竜SFドラマ『プライミーバル』に登場する生物は1話につき1種というスタンスが第2章以降で定着しているが、第1章の頃はそうでなかった。特に第1章第1話では、最大の脅威であったゴルゴノプス類と別に後期ペルム紀を象徴する動物が2種登場し、静寂に包まれた厳冬の最中にあるディーンの森を賑わせていた。

そのうちの1種が、今回紹介するスクトサウルスである。ドラマで猛威を振るうことはほぼなく、ハイヒールでど突かれることもあったが、全身を覆う皮骨板と皮下に潜む強靭な筋肉は当時の捕食動物も恐怖させるものであったと思われる。今回はこの鎧武者を取り上げていく。

さよなら無弓類

さて前回ゴルゴノプス類の紹介において、側頭窓という頭蓋骨の大きな孔による従来的な分類について触れた。無弓類・単弓類・双弓類という分類群に分けられていた有羊膜類は、側頭窓の数が必ずしも系統関係を反映しないことから、今日では単弓類と竜弓類に大別されている。

Preto(m), CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons

ゴルゴノプス類の属する単弓類は幸いにも「孔を持たない単弓類」や「孔を2つ持つ単弓類」が居なかったため現在も単弓類が1つの分岐群として認められている。しかし、スクトサウルスはそうはいかない。カメやその他の動物たちの位置づけが整理され、スクトサウルスのように無弓型の頭蓋骨を持つ分類群に対応した無弓類は瓦解してしまったのである。

さて、スクトサウルスはプロコロフォン類という分類群に属す。これは今では竜弓類の中に位置付けられている。竜弓類とは、前回紹介した単弓類と双璧をなす大分類群である。恐竜、翼竜、ワニ、カメ、首長竜、ヘビ、トカゲといった爬虫類の軍門だ。

Benton (2014) を参考にした『生命大躍進』図録によれば、爬虫類は今挙げたレジェンド級の分類群とは別にもう1つの大系統がある。爬虫類は先にずらずらと名を連ねた真爬虫類と、もう1つ側爬虫類という系統に分かれる。側爬虫類はペルム紀に出現し、恐竜時代を迎えることなく三畳紀に滅び去っている。道理であまり見聞きすることがないわけである。

『生命大躍進』の分岐図を見ると、側爬虫類はプロコロフォン類とメソサウルス科に大きく分かれている。メソサウルス科の系統的位置についてはGauthier et al. (1988) のように側爬虫類内に置く立場とLaurin & Reisz (1995) のように側爬虫類内に置く立場とがあるようで、プロコロフォン類については側爬虫類内にどっしりと安定している。ちなみにメソサウルスについては、Twitter上では@Guanlong_wucaii、SCP-JPではGW5の名で知られる冠竜氏が詳細な紹介本を手掛けているため、興味があれば彼に話題を振ってみるのも良いだろう。

重戦車、パレイアサウルス類

スクトサウルスが属するパレイアサウルス科は、プロコロフォン上目における大型系統である。近縁な科にニクテロレテル科なる分類群があるが、これがパレイアサウルス科と同じパレイアサウルス形類に属するか、あるいはその外側に位置するか、はここでも議論があるらしい。Cisneros et al. (2021)の分岐図によれば、ニクテロレテル科はパレイアサウルス形類から除外されている。いずれにせよ、ニクテロレテル科は全長1mに満たないほどの動物であったらしく、パレイアサウルス科とは月とスッポンであった。

Dmitry Bogdanov, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, via Wikimedia Commons

パレイアサウルス科には、科の名を冠するパレイアサウルスや、本稿で取り扱うスクトサウルスが知られる。大型の属では全長3mに達する彼らの全体的なボディプランは樽型で、太い四肢はさながらロバート・E・O・スピードワゴンの股間を潰すと予告したジョナサン・ジョースターである。短い首や短い尾は後の時代の植物食恐竜とも共通するもので、アンキロサウルスやドエティクルスほどの重武装を遂げてはいなかったものの、全身を皮骨板(オステオダーム)に覆われた物々しい姿をしていた。

パレイアサウルス科は南アフリカ・ザンビア・ニジェール・ロシアといった地域に生息していた。そうした中でも、ロシアに分布を伸ばしていたパレイアサウルスとスクトサウルスは派生的な属とされる。前者は全長2.4m、後者は全長2.7mほど。南アフリカに生息した基盤的なブラディサウルスと比べ、尾はさらに短縮する。土屋健は、オステオダームを纏ったこのスクトサウルスを著書『前恐竜時代』の中で重戦車と形容している。

DiBgd, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

とはいえスクトサウルスがパレイアサウルス科における最大の属であったかというとそうではなかったようで、ブノステゴスという属が挙げられている。全長3mに達する体躯のほか、頭部のオステオダームがより突出して発達する点を特徴に持つ。まるでウインタテリウムと見紛うような風貌はさぞ見ごたえのあるものであったことだろう。何ならこっちモデルにする方がプライミ版ターミネーター的ゴルゴノプスと釣り合いが取れたのではないか。

スクトサウルス

さて、スクトサウルスに話を戻す。本属はパレイアサウルス科に属し、たった1種のScutosaurus karpinskiiが知られている。この他に命名された種もいたし、また本種も元々は別属に分類されていたり、さらにはその属名と種小名にスペルミスがあったりなど、その命名については紆余曲折があったようである。そもそも動物命名規約は穴とツギハギだらけとは言われているものの、動物命名法国際審議会が駆り出される事態にも至っている。このあたりの移り変わりは是非日本語版Wikipediaでその混沌ぶりを体験していただきたい。

なお、スクトサウルスの化石はロシアから産出している。では前回紹介したゴルゴノプス類はスクトサウルスの群れと同地域に生息していたわけだし、やはりアフリカのGorgonps longifronsではなくロシアから化石が見つかっているイノストランケビアということになりそうであるが、このあたりの設定は複雑怪奇である。

さて、スクトサウルスはニック・カッターが語るように皮骨板に覆われている。頭部には左右に突出したフリルが存在し、頸部も鎖帷子のようと形容されるほど防御を固めている。こうした外骨格と重厚な肉体はイノストランケビアをはじめとする捕食者に対する防御として役立った。『プライミーバル』における活躍は第2章で兵士を薙ぎ倒す際くらいだが、『ウォーキングwithモンスター』では武装した大集団のスクトサウルスを前にしてゴルゴノプスが手を出せずにいた。

Pavel Bochkov from Moscow, Russia, CC BY-SA 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0>, via Wikimedia Commons

こうした重厚な体形は植物の摂食にも有利だったろう。スクトサウルスの化石が発見されているSalarevskaya層からは、蘚類・大葉シダ植物・シダ種子類の植物相が確認されている。スクトサウルスは植物を溝のある櫛状の細かな歯で摘み取り、樽のような腹に収めた長い内臓に送り込んで消化していたと考えられている。

スクトサウルスというよりもパレイアサウルス類がどのような環境に生息していたのかは議論がある。先に述べた軟らかい植物として水草を挙げる例もあるが、そのように水棲であったとする説と、陸棲であったとする説、また水陸両棲であったとする説の3つに分かれている。我々に馴染み深い『プライミーバル』や『ウォーキングwithモンスター』のスクトサウルスは陸棲として復元されている。

陸棲であったとする根拠には、足跡化石や化石化の過程の関係、安定同位体比がある。一方で水棲仮説の根拠には、短く太ましい四肢や、低い位置にある上下に高い肩帯、水草の摂食に適した歯の形態、広範な海綿骨の比率といったものが挙げられるらしい。スポンジのように孔の多い海綿骨は身体の軽量化に寄与するため遠洋への進出を連想させるものではあるが、樽のような胸郭と太い四肢を伴う重々しい体はそうした生活様式にそぐわないとBoitsova et al. (2019)が指摘している。

Boitsova (2019) はこれらの先行研究に触れ、化石化過程や安定同位体比を根拠に陸棲仮説を支持している。海綿骨については生体力学的効果の方が効いているという見方もできるらしい。現状では陸棲仮説の方が優勢といったところだろうか。かつてのデスモスチルス同様、現生に類似のボディプランの動物が居なければ復元には苦戦するものであるらしい。

p_a_h from United Kingdom, CC BY 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/2.0>, via Wikimedia Commons

ドラマとの比較

とはいえそもそものところ、『プライミーバル』のスクトサウルスはゴルゴノプス類同様に異様に巨大である。体重は5tにまで増加しており、元々の推定体重である1tを軽く上回っている。元々の1tでもクロサイやセイウチに匹敵する体重なわけであるが、5tともなるとポケモン図鑑にもたびたび登場するインドゾウにも相当する。

ニック・カッターはここまで巨大なスクトサウルスを目にしてよくも驚かなかったものである。いや、驚いてはいたけれども、その驚きは先史時代の何某かに出会ったことの方であって、スクトサウルスが肥大化していたことに対するものではない。

体重と体積が等しく相関するとすれば、劇中のスクトサウルスはx軸・y軸・z軸方向にそれぞれ現実の1.7倍になっていたということだろうか。全長5.1mと見てみると、確かに劇中の個体はそのくらいの気もする。この値であれば全長6m体重7tのゴルゴノプス類を下回っていることになるが、それはあの怪物がぶっ壊れなだけである。

余談

さて、『プライミーバル』の話題からはやや離れてしまうが、決して遠くはない話題をしてスクトサウルスの記事を締め括ろうと思う。本記事の参考文献の1つでもあるBBCの『よみがえる恐竜・古生物』であるが、本書のスクトサウルスの頁については1つ面白い誤りがある。もしお手元にお持ちの方がいれば、是非探してみていただきたい。

いかがだろうか。p.46に掲載されている「スクトサウルスの化石」であるが、どこかおかしくはないだろうか。くねっと三日月湖を生み出すかのように湾曲した脊柱には、カッターの言う皮骨板が見られない。胴椎から頸椎へ辿って頭部を見てみると、上顎から長い犬歯が伸びている。攻撃力の高そうな長い犬歯。どこかで聞き覚えは無いだろうか。

そう、「スクトサウルスの化石」として掲載されているこの写真は前回紹介したゴルゴノプス類の化石なのである。厳密には南アフリカ共和国のケープタウンの博物館に展示されているCyonosaurusの化石。以下のリンク先に脊柱のうねったゴルゴノプス類が掲載されているが、その標本である(サムネイルに表示されているものではない)。

自身の紹介ページによりにもよって天敵の写真を載せられてしまうとは非常に面白い構図である。ネタの提供をいただいた@Guanlong_wucaii氏に感謝しつつ、今回はここで筆を置くことにする。

参考文献

ヘッダー画像ライセンス:Marco Romano, Fabio Manucci, Bruce Rubidge and Marc J. Van den Brandt, CC BY 4.0 https://creativecommons.org/licenses/by/4.0, via Wikimedia Commons

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