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モータウンのノリ

とあるお店のオープンマイク企画によくお邪魔している。マスターや集まっているミュージシャンたちのおかげで毎回とても楽しく、弾きまくった後の心地よい疲労感で帰宅させてもらっている。

だけど、ちょくちょく「セッションは敷居が高くて」という話を耳にする。やはり尻込みしてしまうんだろうか。

その気持はとてもよく分かる。

僕自身、楽器は下手くそな部類に入るし、そこまで臨機応変な対応力があるわけでもない。こんな自分が入っていって迷惑をかけてしまうんじゃないだろうか、そんな気持ちといつも背中合わせだ。もちろん、今でも。

だからこそ、そうした気持ちを抱えている人たちにどうしても聞いてほしい話がある。Twitterに書くには長すぎるから、noteに投稿することにした。

* * *

今はアコースティックギターがメインの楽器になってしまったけど、僕はもともとエレクトリックベースから楽器を始めた。

いや正確には幼い頃エレクトーン教室に通ったりしていたから、本当はそれが最初なんだけど、今はてんで弾けない。絶対音感なども身に付かなかった。コードの構成音を学ぶ時に鍵盤が頭に入っていて良かったなと思ったぐらいだ。

これは僕がまだ20代の頃、ベーシストとしてバンドに参加していた頃の話だ。

ある日、当時のバンドでマーヴィン・ゲイの「What's Going On」を演奏することになった。ビートルズやストーンズでベースを覚えた僕にとっては、初めてのモータウンナンバーだ。

正直、とてもビビった。

僕だけの話かもしれないけど、ロックンロール出身のベーシストにとって「モータウンのベース」というのは「聖域」のような近寄りがたさを放っている。実際、「What's Going On」を聴いてみるとジェイムズ・ジェマースンの多彩なベースラインにただ圧倒されるばかりだった。

(しかも、歌のバックで動きまくっているのに間奏では基本のコードトーンのみという型破りさだ)

そんなことを考えず、ともかく虚心にベースラインのコピーに励めばよいのだけど、つまり、気持ちが先に負けてしまっていた。

そんなある日、先輩のキーボーディストと話す機会があった。彼は一時、プロのミュージシャンとして某ミリオンセラーバンドのツアーさポードもしたことがあるような人だった。彼に、「What's Going Onをやることになったんですけど、気が重くって…」とつい愚痴ってしまった。

すると彼は、「アメリカから来た、黒人のベーシストとセッションした時の話をしてあげようか」と話し始めた。

* * *

「ブルーズを演ろうぜ!キーはGだ!」

みんなオーケイと意気投合し、ドラムがシャッフルのリズムを叩き出した。先輩もキーボードに向かい、ビリー・プレストンみたいに弾いてみようと意気込んだ。

もちろん、日本人のバンドメンバーはベーシストの彼がどんなファンキーなベースを弾き出すか興味深々だった。

ところが。

ベーシストはずっと、「ド・ミ・ソ・ミ・ド・ミ・ソ・ミ」とただのメジャートライアドの構成音を、つまりたった3つの音を延々と弾いているだけだった。

キーがGだから音名で言えば「G・B・D・B・G・B・D・B」なのだけど、ともかく、本場仕込みのグルーヴを期待していたら入門書の最初に載っているようなパターンを弾かれて、びっくりしてしまったそうだ。

さらにそのベーシストは、ブルーズ進行のコードチェンジすらしなかった。彼はただひたすら、ワン・コードのセッションをやろうとしていた。

もちろん先輩も仲間たちも、ただ呆気に取られて彼を見つめるばかり。だけど彼はそんなことまったくお構い無しに「Oh〜!Yeah〜!」と身体を揺らせてノリノリだった。

* * *

「あの時は本当にびっくりしたけどさ、後々になって思ったんだ。あれがモータウンの原点じゃないかって」

先輩は優しく言葉を続けた。

「難しいことも細かいことも考えずに、ノリ一発。このメンタリティを持ってるプレイヤーなら、『What’s Going On』だろうと恐れずに立ち向かって、モノにしてしまえるはずだよ」

この言葉が、その後の僕にとってどれだけ支えになったか分からない。だからどうか、自分で尻込みしないで立ち止まっていないで、図々しく入ってきてほしい。

そしてご一緒できることを、楽しみにしています。

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