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【詩の森】647 見惚れる人

見惚れる人

 

たった十七音の世界なんて

たかが知れていると君は思うだろうか

確かに持ち駒は十七音しかないし

それを使って俳人が描くのは

ほんの一齣なのだから―――

しかし忘れないでほしい

その一齣はいつだってクライマックスなのだ

俳人は立ち止まって見惚れる人だ

 

俳句が詠むのは一場面だが

その一瞬に永遠を穿ち

その一瞥に無限を覗こうとするのだ

「古池や蛙飛びこむ水の音」

「荒海や佐渡に横たふ天の川」

水音は永遠に繰り返され

天の川の先に広がる無限の奥行に

君もきっと慄くことだろう

 

僕らは当たり前に

こうして生きているけれど

それが奇跡であることに変わりはない

全てのいのちが奇跡を全うしている

俳句はそのいのちを高らかに謳う

かまきりを「持ってて」「いいよ」持っている

柳本々々さんの句だ

俳人は「ほら」といって奇跡を手渡す

 

ふるさとの俳人高野素十さんに

「水尾ひいて離るる一つ浮寝鳥」がある

浮寝鳥の群れの中から

静かな水面を裂いて生まれゆく

二筋のきわやかな水尾―――

動き出したのは眠りから覚めた鴨だろうか

「水尾ひいて」がたまらなく美しい

何度も再生したくなる動画のように―――

 

芭蕉さんには繊細な趣きの句もある

[初雪や水仙のはのたはむまで]

ここにあるのは

水仙の葉にとどまっている

俳人の鋭いまなざしだ

そして得もいわれぬ色の取合せ―――

こんな光景を目にしたら誰だって

生きていてよかったと思うに違いない

 

たった十七音の世界なんて

たかが知れていると君は思うだろうか

確かに持ち駒は十七音しかないし

それを使って俳人が描くのは

ほんの一齣なのだから―――

しかし忘れないでほしい

その一齣はいつだってクライマックスなのだ

俳人は立ち止まってその一齣に見惚れている

 

2024.6.2

 

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