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ソープランド・ハンバーグ

   ソープ嬢の友人がいる。名をSとする。

   Sとは十年前に飲み会で知り合ったがここ最近はあまり連絡を取っていなかった。そのSが久しぶりに地元に来るというので軽く食事をする運びとなった。

   十年前のSはまだ二十歳のとにかく明るいヤリマンギャルといった感じで当時は人気嬢だった筈だ。俺はその店を訪れたことはないが、彼女に店のホームページを見せてもらったことがある。

   トップページには彼女の写真がデカデカと掲載され「早くも人気沸騰のイチオシ新人!」みたいな紹介文が付されていた筈だ。

   しかし、月日と言うのは残酷で、十年経った彼女は見事に劣化しており目の下にはゴルゴ線が深く刻まれていた。肌の張りもよろしくない。同年代と比べても見劣るレベルだ。

 彼女もそれなりに苦労したのかも知れないし、そんなことを指摘する野暮な気持ちは毛頭ない。そもそも俺も当時よりは老けている筈なので人のことは言えない。

 話し込んでみると元々ソープを始めたのも金に困った訳でもなく、単純に贅沢がしたいという動機だったらしい。それに加えて「私、ほらあまりよく知らん男とのセックス嫌いじゃないし」という貞操観念の低さも重なったようだ。

 だが悲しいかな、一度その稼ぎを覚えてしまうと生活レベルも上がってしまい、じゃあ足を洗って昼職勤めで慎ましく暮らそうという気分にもならなかったらしい。特に捻りも何もない。お決まりのコースである。

「彼氏とか居るの?」
「一年くらい居ないよ」

「仕事は何してんの?」
「変わらないよ。フラフラしてる」

 そんな他愛もない会話を重ねて解散の運びとなった。会計は俺が持とうとしたが「いいよ、私誘ったし」とご馳走してくれた。

 昔から根は悪いヤツでは無いが当時は礼儀知らずで歳上に敬語もロクに使えないし、空気を読めない行動を重ね特にその場の同性から嫌われがちであった。

 その頃から比べるといくらか性格も話し方も丸くしおらしくなっており、本来喜ぶべき事なのだろうが、その事もまたSの老化を実感させた。身勝手な話だが、俺は彼女の天真爛漫無礼千万なところに惹かれていたのだと今になって分かった。

 それからしばらく経った今日、まさかと思いつつ彼女に昔教えてもらったソープランドのホームページを開いてみた。

 なんとまだ彼女は同じ店に在籍していた。年齢は24歳となっている。ソープランドの中は時空の歪む亜空間であるため、十年間で四つしか歳を取らない。紹介文は書き換えられ「可愛らしい笑顔とテクニックが魅力!無料オプション多数!!」などの謳い文句が添えられていた。

 今現在、ホームページのトップを飾る看板嬢は「21歳のソープ未経験!フレッシュ現役女子大生!!」らしい。正直、比べれば俺もこちらに入りたい。だが本日は予約で埋まっているようだ。さすがは人気嬢。

 そのホームページには「即姫コーナー」というものが設けられている。即姫とは「今すぐプレイ可能なソープ嬢」という意味だ。必然、そこには予約客の付きにくい不人気嬢も多く載せられる事となるが、その代わりに客は数千円の割引が受けられるプランである。

 そして、即姫コーナーを開いてみるとやはりというべきかSの源氏名が載せられていた。

 風俗嬢の時間給は普通の昼職に比べて高い。だがそれは言うまでもなく短い春を切り売りしているからである。生涯収入では昼職のそれに劣ることも多いのではなかろうか。

 甚だ月並みではあるが、彼女が春を売り終えるまでに良い男を掴んで人並みの幸せを営んで欲しいと思ってしまった。ヤリマンソープ嬢だって幸せになる権利はある筈だ。見知らぬおっさんのペニスをしゃぶって幸せになって何が悪いのか。

 とはいえ何が彼女の幸せなのかも分からないし、そう思う事自体俺の傲慢なのかもしれないし、彼女の状況は俺が思ってるより遥かに良好なのかもしれない。しかし、そんな女が場末のソープの廉価コーナーに名を連ね続ける事を想像するのは難しかった。

 彼女だって自分の性価値が日に日に萎んでいってる事くらい分かっているだろう。怯えに近い感情を抱いているかもしれない。

 そう考えると、自ら誘った友人とはいえ一山いくらのおっさんに過ぎない俺に飯を奢ってくれたSは、やっぱり「いいヤツ」に思えてくるのだ。彼女の金は彼女自身どれほど実感してるか分からないが重い金だ。

 悄々たる想いを抱きながらブラウザを閉じる。風俗店のホームページを見てこんな気持ちになったのは初めてだ。次に会う時は俺が彼女に美味い飯でもご馳走しよう。それまで身体を大事にして過ごして欲しい。

 そう願いながら、Sに奢ってもらったチーズハンバーグの味を思い出してみると、焦げた肉汁の甘辛さとチーズの柔らかい酸味が混ざり合って、口の中いっぱいに広がった。

(了)


お酒を飲みます