<第27回>コロナ禍のリーダーシップ    ~ 戦時に問われるリーダーの器

チャーチル


 世界中がコロナ禍の話題一色になっている昨今ですが、NewsPicks に、息の長い大ベストセラーであり、私自身も大学での授業を始め、様々な局面で言及させていただいている「失敗の本質」https://www.amazon.co.jp/%E5%A4%B1%E6%95%97%E3%81%AE%E6%9C%AC%E8%B3%AA%E2%80%95%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%BB%8D%E3%81%AE%E7%B5%84%E7%B9%94%E8%AB%96%E7%9A%84%E7%A0%94%E7%A9%B6-%E4%B8%AD%E5%85%AC%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%88%B8%E9%83%A8-%E8%89%AF%E4%B8%80/dp/4122018331/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E5%A4%B1%E6%95%97%E3%81%AE%E6%9C%AC%E8%B3%AA&qid=1587194326&sr=8-1他、戦略に関する「本質」シリーズで著名な野中郁次郎先生が、「危機にこそ、リーダーシップを鍛えろ」という文章を寄稿しています。
 理論と実践の両方を重んじる先生だけに、具体的な優れたリーダーとして、「チャーチル」「アイゼンハワー」「マクナマラ」などを挙げて、明快かつ納得性の高いリーダー論を展開しています。

失敗の本質

 毎日新型コロナウイルス対策としての主要各国それぞれの感染症対策、そして経済政策の違いを見るにつけて、今「リーダーシップ」それも平時ではない「戦時のリーダーシップ」のあり方が問われているように思います。

 例によって、かつての経験から書き始めたいと思うのですが、2005年に私が千葉ロッテマリーンズの球団改革を行っていたときに、リーダーのグループ何人かで、「リーダーの資質の内で一番大事なものは何なのか?」ということについて議論をした記憶があります。

 その問いを発したAさん、彼は「マリーンズ改革」のリーダー中のリーダーであり、マリーンズ改革を仕上げたあとも、「侍ジャパン」の構想及び実行の張本人として、日本の野球界、スポーツ界に多大な貢献をしてきた、私の最も尊敬するリーダーの一人なのですが、彼はこの問いへの答えとして「俯瞰力」と言い、そして私は「胆力」と言いました。
 もちろんリーダーシップの捉え方には人それぞれ違った見方があり、状況によっても求められるリーダーシップ像は違うので、その時は特に深い議論はなく話は終了したのですが、私には「自分の答えは正しいのだろうか」「確かに俯瞰力はもの凄く重要だな」というその場の感想があり、ずっと心に引っかかった「問い」になりました。

 実は、このマリーンズ改革については、書くことを得意と標榜している私が、後輩たちのための参考(ベンチマーク)になるようにと、実践的な改革の実態と整理を本にまとめて2009年に出版した自著https://www.amazon.co.jp/%E5%AE%9F%E8%B7%B5%E3%82%B9%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%8D%E3%82%B8%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88%E2%80%95%E5%8A%87%E7%9A%84%E3%81%AB%E5%8F%8E%E7%9B%8A%E5%8A%9B%E3%82%92%E9%AB%98%E3%82%81%E3%82%8B%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB-%E5%B0%8F%E5%AF%BA-%E6%98%87%E4%BA%8C/dp/4532490510 を以前の投稿でも紹介しましたが、この本の中で、大成功を収めた改革についての究極の原因を、リーダー(あるいはリーダーグループ、つまり経営陣)の「情熱と知性である」と総括しています。

拙著

 ここで「情熱」と言っているのは、反対派を蹴散らし自らが傷ついても不退転の覚悟を持って改革を実行していく精神的な強さを言っており、「知性」と言うのは、きちんと状況を把握し、適切な理論(スポーツビジネスにおいて西欧で既に成功を収めている経営に関する理論)を使いながらビジョンを構築できる能力を言います。

 執筆当時は気づかなかったのですが、今思えば、前者の「情熱」と言うのは、2005年の議論で私の主張した「胆力」のことであり、「知性」の方は、同じくAさんが主張した「俯瞰力」のことに置き換えられるような気がするのです。心に引っかかっていたリーダーシップの問題について、自分自身の答えとして、両者の考えを合わせたものになっていたのかもしれません。
 
 あるいは、2005年当時を振り返るに、マリーンズ改革を共に引っ張っていたAさんと私が、改革の進行の過程で同じリーダーシップの姿を、それぞれが違う角度から表現していただけだったのかもしれません。

 最近の私は、リーダーシップで最も重要なことと問われたら、迷わず「私心なきこと」そして「ビジョン」(俯瞰力)、「胆力」(実行力)と答えることにしています。
 上記で言及してきた2つに、「私心なきこと」が加わっています。これは、この言葉を最もリーダーにj重要な資質と仰る京セラの稲盛さんの影響もあるでしょうし、2009年以降いくつかの会社を渡り歩いて、さらに経験を重ねた中で思い知らされた私自身の実感が加わったという面もあるように思います。

 リーダーたるもの、自らの欲得を100%完全に捨て去って、その組織のために絶対的に正しいと思うことをやるということの尊さへの思いが、歳を重ねるにつれて強くなってきているのかもしれません。恐らく、ビジョン(Plan)、胆力(Do)という必須の資質のベースになる基本的なものとして「私心なきこと」を置いているとも言えましょう。

画像4

 さて、長い前置きは以上として、野中先生は「危機のリーダーシップ」について、何と語っているのでしょう?
 下記の図が、野中先生が掲げる危機の中での、「実践知リーダーシップ」です。

実践知

 6項目共に腹に落ちる具体的な内容になっています。コロナの問題を国の政治家のトップの立場で言えば、
 
 1.「善い」目的を作る能力
    国民の感染、重症者、死亡者を最小にすると言う目的を明確に示す。
2.ありのままの現実を直感する能力
  (初期の段階で言えば)手ぬるい政策では、感染拡大は指数関数的に増え、国家の重大事になることに気づく。
3.場をタイムリーに作り出す
  意思決定が迅速かつ的確に行える組織を緊急に創設する。
4.直感の本質を物語る能力
  国民に対して、この危機が国家的重大事であることを訴え、迅速かつ果断な政策を採る必然性をねべ、その影響により不利益を被る人たちに対しても納得できる説明を行い、補償等を同時に示す。
5.物語を実現する能力(政治力)
  具体的な政策を迅速に実行できるよう執行者や国民に対して意思決定を行きわたらせ、実施させる。
 6.実践知を組織する能力
    今後長期化する新型コロナウイルスとの闘い、あるいはこれに続くウイルスの災禍に対して、迅速、的確に対応できる、組織体系を作り上げる。


 といったことかと思います。

 さて、現在の先進国のトップたち、トランプ、習近平、メルケル、ジョンソン、マクロン、文在寅、蔡英文・・・・、そして安倍晋三・・・皆さんの評価は如何ですか?


 明確にしなければならないことは、「平時に求められるリーダーシップ」と「戦時に求められるリーダーシップ」は全く違うということです。野中先生の整理も当然後者ということになります。日本の大企業のトップたちが、高学歴のエリートで物事を失敗せずにソツなくやる調整型ばかりになってしまったことが、「失われた〇〇年」の大きな原因であり、野中先生の整理で言えば、「1」「2」に関すること、私の上記の整理で言えば、「ビジョン」を打出す能力の欠如だと私は考えます。
 さらに、その優等生エリートでは思いつかない時には「ぶっ飛んだ」ビジョン・・・それを野中先生は「直感」と表現しています・・・を周りの反対勢力を蹴散らしてでも実現する能力(野中先生の「3」「4」、私の整理でいえば「胆力」も、ビジョン倒れでなく、本当に実行、実践できる能力として必要なわけです。そのためには、野中先生の「5」、つまり説明責任、独裁にならないよう、例えぶっ飛んだ政策だとしても、その結論に至った理路や経緯をきちんと説明する能力、もまた極めて重要だと思います。もちろん、ぶっ飛んだ政策(ビジョンによる)を説明するときに必ず生ずる一般人の考えとの「ギャップ」について辛抱強く説明していく忍耐や人間性も必要になってきます。

 「6」は、少し「5」までとは趣を異にしますが、政策を継続的に実践し、拡げていくために忘れてはいけない「知」だと思います。

 こうして考えていくと、野中先生の6つの整理と、私の3つの整理はかなり類似しているのではないか、と私は感じています。「リーダーシップ」、それも「戦時のリーダーシップ」を考えるとき、同じ結論に収斂するものなのかもしれません。

 私の整理の中の「私心なきこと」については、当然のことであり、これがなければ、ビジョンもバイアスがかかりまくり、実行にあたっての説得力も著しく落ちる・・・ということで、もしそういう面のある国のトップは、戦時においては国民にとって災難でしかないでしょう。先ほど挙げた国のトップの中で、「私心なきもの」ばかりなのか、考えるとちょっと暗い気分になります。

マスク

 そういう意味では、野中先生が挙げているチャーチル、については、私心なきものの代表格ではないでしょうか?もちろん、メルケルだって蔡英文だって、私心があるようには見えません。しかし政治家なのですから、私心はないが、自らの政治力の保持、属する政党に関する私心から逃れることは難しいでしょう。

 チャーチルについては、映画「ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」でゲイリー・オールドマン演じるチャーチルが、前任の対ナチス融和主義者チェンバレンの政策を180度ひっくり返し、ヒトラーに対峙する中、孤独と苦悶で酒に溺れながら、それも決して妥協することなく、アイゼンハワーの心を動かしてアメリカの参戦を促し、連合国軍に勝利をもたらした姿が目に焼き付いています。
 人気の出ない政策を周囲の反対を押し切って、立案・実行してきたので、ヒトラーが降伏した直後の総選挙ではアトリーの労働党に敗れ、「お役御免」と首相の座を追われたチャーチル・・・。そこに至る「覚悟」、私心なく自らの直観を遂行する男の姿がこの映画のテーマだったように思います。

ヒトラー

 国のトップに限らず、企業や各組織のトップは、今後アフターコロナ、ウイズコロナの戦時下で、覚悟を固め、孤独なディシジョンを遂行していかなければいけません。

 私は組織のトップに向いた人間ではないのですが、自分が出来ることとして、そうした立場の人や、組織に対して、経営トップの孤独に寄り添いながら、何らかのサポートがしていければな、と感じています(結語は我田引水で締めさせていただきました)。

田んぼ

<ターンアラウンド研究所https://www.turnaround.tokyo/  小寺昇二>

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