<第20回>新卒学生対象「企業説明会」の新たな潮流  ~ 客観的な企業情報(企業分析)の学生への提示、新型コロナウイルス対応(2)


 新型コロナウイルスについては、「蔓延期への移行期」あるいは「蔓延期」という認識が広がる中、各種イベントの中止が拡大しており、新卒採用に係る企業の人事対応者は対応策に追われている状況かと思います。
 同時に、採用される側の当事者である学生も、不安な日々を過ごしているものと思います。

 前回は、発想の転換によってピンチをチャンスに転化するということで、テレワークの拡大、Webを活用した求人活動について書きました。
 本来であれば、この際欧米のような「通年採用」みたいなドラスティックなことが広まればいいのに、と個人的には妄想したりしていますが、黒のリクルートスーツが定番になってしまうような横並び文化の日本社会において、「他社よりも、去年よりも、少しでも良い人財を」と考える日本においては、通年採用(≒転職が頻繁であるような人財流動化が社会をあげて常態であって企業は常に空きが出来たり、必要が出たポジションを補充するような社会での採用のあり方)はまだまだ時期尚早なのかもしれないなどと思ってしまう今日この頃です。

マスク

 さて、前回は、私が証券(経営)アナリストとして企業説明会でスピーチしたときの概略について書きました。今回は、その分析の中身について多少具体的に詳しく述べたいと思っています。

 まずアナリストが企業説明をする場合のメリット、目的について明確にしましょう。
 それは2点

 ①会社からの説明だけでは客観性に欠ける面があり(悪いことは言いたがらない。美辞麗句のオンパレードになりがち)、そのために逆にその会社の説明に説得力が薄れる傾向があるため、アナリストのからの客観的な説明を加えることによって、会社の現状及び将来に対するイメージを学生に持ってもらい、自分がどう会社で活躍し、貢献できるのかをリアルに感じてもらう。
 ②アナリストとして示す「企業DNA」(その会社の本質)は、10年、場合によっては20年といった長期スパンで維持される会社のビヘイビアや戦略を推測する手がかりになるため、長いつきあいになるであろうその会社を、学生自身が将来を展望した上で自分ごととして身近に感じることが出来る。

といったことです。

 では、やや具体的に企業分析の中身について書いていきましょう。

 チェックすべき大きな括りは、その会社が属する「業界」と、その「会社」そのものの2つです。
 業界については、以下の4点がポイントです。

 ■業界
  ①市場規模の数字(過去、現在、そして将来予想)
   ~大きな業界なのか、ニッチな業界なのか 
     ⇒今後の競合のあり方を左右
      特に他業界からの参入の可能性など重要
   ~成長業種なのか、衰退業種なのか 
     ⇒成長産業であれば競争が激しくてもやりようがあるが、衰退産業においては
      衰退産業なりのシビアな戦略策定が必要になってくる
  ②業界構造、シェア
   ~業界内の分類(カテゴリー分け)
     独占なのか、寡占なのか、群雄割拠状態か、業界各社の資本関係(親会社、子会社など)
     ⇒競合のあり方を左右
   ~どこが1位で、どこが2位か・・・・
     ⇒競合相手の特定は重要
  ③定性的な状況
   ~(例)安定しているのか変革期なのか、そして安定または変革期の要因
   ~業界内のカテゴリー別、会社別のビジネスモデル
  ④業界内での戦略
   ~ビジネスモデル、KSF(Key Success Factor)
     ⇒シェアの現状についての理由、将来の姿へのヒント

 その会社の状況については以下の5点

  ①業績数字
    ~BS(貸借対照表)、PL(損益計算書)、CF(キャッシュフロー表)の3表
     そして損益関係の最近の推移、予想数字
     ⇒儲かっているのか、成長しているのか、そして「(数字の背後にある)本質を見出す」ヒントとして
  ②株価
    ~株価の推移、PER、時価総額
     ⇒投資家からの評価、企業規模の把握
  ③企業概要
    ~経営理念、沿革、経営者
     ⇒これらは企業DNAの大きな要素
       社会における存在意義、経営者の出自、器、ビジョン
  ④ビジネスモデル、経営戦略
    ~コアコンピタンス、事業ポートフォリオ、選択と集中、
  ⑤企業DNA
    ~上記を総合し、アナリストとして企業DNAを「解釈」して。今後のストーリーを構築する。


 財務とか、経営戦略とかにあまり馴染みのない方にはハードルが高く感じられるかもしれませんが、例えば、お見合いとか恋愛とかで結婚相手を決めるときに相手を「評価」する場合には、同じようなことをするのではないでしょうか?
 人間の場合には、感情というものが存在するわけですが、感情というもの以外の理性の面で、「あの人って、どんな人なんだろう」「10年後、20年後にあの人はどうなんだろう、家庭はどうなるのだろう」と考えるときに、過去と現在に関する定量的、定性的なことを参考にして、自分なりの抽象化=「要するにあの人って・・・」を行い、将来のストーリーを作るんだろうと思うわけです。


 チェックする項目が概ねわかったところで、では、どうやってそうした情報をゲットし、揃えていくかについて述べましょう。

 大学では、「企業分析研究室」という名前で、ゼミを運営しており、その内容は上記とほぼ同じであり、これまで6年間の大学教員生活の中で、試行錯誤で、経営に素養の乏しい大学生に対して、シンプルで効率的に企業分析をやってもらうために、具体的に以下のプロセスを踏むことにしています。

 ①東洋経済新報社の「四季報業界地図」を使い、業界の構造を一遍に理解する。
   ~A4用紙1~2枚で、業界の分類、会社名(売上、利益、系列などを含む)、そして東洋経済の
     記者による業界の状況への分析、グラフなどが掲載されており、重宝
 ②同じく東洋経済新報社の「四季報」で、その会社の概要、株価チャートなどを一遍で理解する。
   ~投資家というある意味「シビア」な人種に何十年にもわたって鍛えられたこの冊子は、B6ページの
    半分のスペースに会社概要を掴むのに最低限必要な重要事項を凝縮して封じ込めています。
    業績・財務数字についても、最低限必要な売上構成、売上、利益、自己資本、
    営業キャッシュフロー、株価などがチェックできます。
 ③会社のHPで、経営理念、経営者、経営戦略をチェックし、有価証券報告書をゲットします。
    有価証券報告書では、経営陣の経歴、沿革、そして四季報他その他資料を見ていて疑問に思った
    内容の深堀り、理由発見などが出来ます。逆に言えば、財務数字などは結果でしかなく、その数字
    の背後にある本質をチェースするために、BS、PL、CFそしてその付属明細などで分析し、
    またネット上にある企業に関する情報なども加味していくのです。

東洋経済

 以上、企業分析の具体的な内容の垣間見ていただくために多少具体的に書いてきましたが、書けば書くほど、「難しいな」と拒否反応を起こす方もいると思うの「で、この辺で止めて、企業DNAを解明、解釈する、分析の最終局面のところまでジャンプすることにします。

 情報を集め、分析が一通り終わったら、一旦視線を些末な数字や分析から一段も二段も高いところに引き上げて、

 「この業界は今後、中長期的にどう変わっていくのだろう」
 「この会社のビジネスモデル、コアコンピタンスの本質は何だろう」
 「この会社の企業DNAは何だろうか」
 「競合の中で、この会社は生き残っていけるのだろうか、成長していけるのだろうか」
 
と言った本質的な疑問について考え、箇条書きでポイントを書いていくわけです。
上手く書けるのか?それははっきり言ってセンスの問題なのかと思います。

 先日行った企業分析の結論では、

① (その会社のプロフィール)・・・要するにこの会社って、一言でいうとどうなるか
② 財務状況・・・成長しているか、利益は出ているか、財務構造は安全か
③ 経営戦略・・・これまでの経営戦略の解釈
④ 今後・・・成長していけるか、生き残っていけるか、どう変わっていくか

 採用関係のイベントだったこともあり、②では、学生が入社してすぐ潰れてしまっては困るので、そういう視点でのコメントも入れていますし、④については、会社は現在の局面でどのような人財を求めているのか、という視点でのコメントも入れています。

以上、少し専門的な、しかし実務的でもある企業分析の具体的方法について説明してきました。
毎回、漫談のようなこのコラムに慣れた人には、ちょっと辛い内容だったかもしれないとは思います。

 多少、実感を持って内容を反芻していただけるように、トヨタ自動車の例でちょっと考えてみましょう。

 トヨタ自動車は、日本で一番時価総額の大きな、誰もが認める優良企業であり、世界の自動車メーカーの中でも、販売台数で一二を争う世界のトップ自動車メーカーであり、就活中の大学生にとっても憧れの会社の一つであろうと思います。
 しかし、「とにかく日本のトップ企業」「安定している」「処遇もそれなりに立派」といった一般的なイメージだけで、もし入社したとしたら(多分、トヨタクラスに入れるような優秀な学生が、左記のような漠然としたイメージだけで入社するはずもないですし、会社側もそういう意識の低い大学生を採用しないとは思います)、きっと、愕然とするでしょう。

 私も9回の転職の中で、トヨタ自動車とは取引のある会社でトヨタの営業担当であった経験もあり、また同業の日産、だとかマツダなどの担当であったこともあり業界内の比較感も交えて、企業DNAについては多少リアルに垣間見るところがありました。色々な表現に仕方があるとは思いますが、トヨタという会社は、一言で言うと、「シビアな会社」で、「なぜ、なぜ」と本質的な問題を合理的に突き詰め一つひとつ分析し改善していくメーカーらしい会社だと思います。
 
 企業分析的にも、
  ・国内での利益は実は出ておらず、北米での利益が重要。もう一つの重要市場中国では他社に劣後
  ・業界内の他の日本メーカーに比べ、日本国内での生産比率は高く、日本人の雇用、日本の国益を配慮するというスタンスも持ち合わせている。
  ・自動車業界の今後の主流はEVであろうというのが業界での味方。EVは日本が得意な「すり合わせ技術」ではなく(プラモデルのような)「モジュラー」なので、部品、特バッテリーを如何に安く作れるか、が鍵となってくる。
  ・こうした将来像に社長の豊田章男さんは、強い危機意識を持っており、既にトヨタ自動車は自動車メーカーではなく、「Maas(Mobility as a Service)の会社」であると変革を急速に進めようとしている。

 ということになります。

 章男社長はすごく優秀な人であり、上記の経営方針は極めて合理的なものであるとは思いますが、同時にチャレンジング、つまりトヨタであろうと決して容易ではないイバラの道が今後続いていくことになるわけです。
 入社する学生は、こうした状況を踏まえ、社内、業界内、業界外で今後チャレンジしていくことを覚悟すべきなのです。

 トヨタについての上記のコメントは、実はそんなに分析的な話ではなく、ビジネスの最前線で産業界のことをフォローしている人なら周知のことでしょう(私自身も、上記記述は特に新たな分析をした結果を書いているのではなく、頭の中に入っていた内容を書き連ねただけです)。ただ、学生にとっては、安定的で盤石に見える大会社の本当の「現状」を理解するには、様々な分析や客観的なコメントが必要なのではないかとも思うのです。

プリウス

 さて、こうした手法で私が行ったスピーチですが、スピーチ終了後の学生の参加者からは、大変好評でした。
 きっと、その企業についてのイメージが固まったでしょうし、企業研究より一歩深い企業分析のやり方についての概略もある程度理解したことでしょう。採用側の企業と、採用される側の学生のミスマッチに起因する問題解消に少しは寄与できたのであれば良いのですが。

こういう客観的な分析をしておけば、入社前に会社の現状、課題についての理解が進んでいるでしょう。私たちが考える「会社と社員のエンゲイジメント」という理想の姿から見ても、会社と社員の間には、現状と課題に関する共通理解が存在することとなるので、これまでの雇用者―被雇用者という従属関係ではない、新たな関係構築への第一歩になるかもしれないなどと夢想しています。

 
<ターンアラウンド研究所https://www.turnaround.tokyo/  小寺昇二>
 ※客観的な企業分析を活用した企業説明会にご興味がある方はご連絡下さい。

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