延長戦

23:25から。

今日も今日とて、ここの時間が押している。

本日は利きビール大会。
6種中、良く飲んでいる2種は的中したので最低限の馬鹿舌を回避した。
やっぽり缶ビールの中でキリン一番搾りが一番美味しい(ここは当てた)。大阪時代良く居酒屋で飲んでいたスーパードライも味は分かる。難しかったのがオリオンビールとキリンラガーとサッポロ黒ラベル。コーンスターチが入っているのは時折しか飲まないから違いが分からない。生ビールだと美味しいのだが、缶ビールの黒ラベルが最も発泡酒とか第3のビールに近い味がした。

ビールちゃんぽん楽しかった。

さておき。

お仕事。

ちょっと調子が良くなってきた模様。
営業したなという実感がある。

結果ちゃんとどうなるかは分からないけれど、言葉選びとか受け答えのタイミングとか滅茶苦茶大事。

認識がちょっと更新された。
誰でも成果にできるお客様ってこの仕事では案外居ないのだろうなと。たしかに急いで決めたい人は選択肢が無いから可能性は高いけれど、それでも、商品が良ければそれで決まる訳でも無い。

買って貰うのは物理的には商品だけど、人間的には僕が買いの対象になっている。
先輩女子が決められる仕事でも僕が決められるとは限られない。この辺りが営業の醍醐味。あと面白いと思うのは、この業界って、人が商品を選べることと、商品に人が選ばれる縁がって、縁(運ともいえる)がある人は悶々とせずに去って行く。縁があると思っていただけるかどうかに営業力が問われる。売りつけようとしてもお客様は引くだけだから、なんとなくどうでも良い話も交えつつ、早めにここから出られるように誘導、まではまだできない、
信頼されたら良いのだけども。

我が店舗の共通認識で、ややこしい事情を抱えていそうなお客様を硯さんお客と言う。
こういう仕事をしているから、スーパー事務に社会貢献をしていると言われるのだが、たしかに普通のレールに乗っかっている人は、営業力が問題になるお客様で、僕を買って貰うところに傾注しないといけない(まだまだ苦手という自己認識)。

ややこしい事情を抱えている人は自分の事情を受け入れて欲しいもんで、正常ルートから外れていることをニュートラルに捉えてくれる相手が大事。僕はこの辺りバリアフリーというか、そういう社会的な視点で人を見ていないもんで、たぶん変に構えられていないと気付かれるのだと思われる。事情を聞くのは興味深いけれど、ある意味そんなことはどうでも良くお仕事している。

昔はここを恋愛劇場で展開していたから、ちょっと闇がある人と恋人さんになっていた。
この世界共依存になりがちなもんで、邪気満載になる。

まぁ、変な話、闇が全くない人は神様だから濃度問題でしか無い。
例えば、ティファニーの指輪を婚約の証しにして欲しい女性は割と正常寄りかもしれないけども、満月さんはブランド品なんて興味がねぇという。これってどっちが闇寄りかというと、個人的には証しが欲しい側になる。

結婚とかプレゼントとか記念日を覚えているかどうかって結局相手を測っているのではなくて自分の価値を測っている。相手にとって自分は価値が在るのかどうか。こういう神経も個人的には闇寄りなような。

スーパー事務もそういう気配がある。
私が固有の価値で無くなったら見捨てるでしょうって冗談交じりで3回くらい発言しているのだが、あんまり見逃せない。

店長の自虐っぽいのも謙遜ではなく同じ文脈っぽい。

先輩女子のは謙遜というか自衛的に自分を下げる気配。
こういうのは正直結構キモチワルイ。でもこれって、そうやって守っていると周りが助けてくれたからという環境要因もありそう。甘ちゃんとはもうあんまり関わりたくない。

先輩女子、客観的な視点では結構まともなのだが、主観になると割とポンコツくさい。
この視界の不一致は全般的に検証対象。読み手と語り手では脳の回路が違うのか?

ヤンキー女子も割と媚びの世界観なのだが、生きてきた環境が過酷っぽいし、学習しようとしているから、情報が滞りなく流れる。僕がやって来た茨の道をそのまま辿らせるのはもったいないから、ちゃんと体系的な情報を流す。あわよくば僕を抜かす前に先輩女子を椅子取りゲームで押し退けてくれれば。

脳科学にはそんなに詳しくないけど、断片的な知識を教えられても身に付かない。手続き記憶でないというイメージ。

僕も聖人では無いもんで、この仕事でやりにくいと思いながら働いている人はノイズになるから、さっさと転職すれば良いと思っている。僕が店長の立場でも、もっとまともに情報を流せる人がナンバー2になれば良いし、もっとエンゲージできる仕事が他にあると思うし。

いや、自分の店舗で人が辞めるのは店長としての業績に傷が付くという可能性もワンチャンありうるのか。

割とこんな話はどうでも良いのだが、人間関係ってこういうことを加味した上で、年季が長いとかと無関係で過ごせるかどうかなのだろうなとふと思っただけ。

僕は友達を断捨離してきたもんで、満月さん関係の知人しか居ない。
だから満月さん界隈以外の話をする人って居ない。職場も満月さんの推薦なもんで。

ただ、全然ここに不自由がない。
友達を、なんというか王様の耳はロバの耳みたいなところで、実生活では言えないことを言う場と設定しないといけないのであれば、僕はこのnoteで呪詛を満載にしないといけないのだが、ここも満月さんの観測圏内であるし。

友達との時間より1人の時間の方が大事で、お風呂読書とこの文章を書く時間があれば、特に問題がない。人恋しさはこのお仕事だと胸焼けするくらいいっぱいあるし。

という感覚に至っているのは、自分の中で、「本質的な自分」というものを特にデフォルトしていないからだろうな。誰にも言えないことって当然誰にでもあるけれど、言えないことが話せるから友達になる訳でも無い。

誰にでも言えないことは一生誰にも話さなくて良いし、おそらく相手もそういうことはあるだろうなと思っているから、あえてそこまで質問しない。ここが開示されたところで、仲良くなったとは別事だし。

こういうある意味サイコパスな僕が歴代でもう1回逢いたい友人は1人。
連絡は付かない(携帯が何回かぶっ壊れて情報が壊滅した)し、SNSもしていないから情報を辿れないけども、もう一回は遭遇したい人。

愛着は時間の継続ではなくて、縁。

僕の文章を読んでくれている人の中で、僕に縁がある人はいずこか。

出会い厨でもないし、まぐわうと男女問わず不倫になっちゃうもんでそんな欲求は無いのだが、僕の文章を読んでいる人の方が僕の素朴に近いところを知っているもんで、前情報を呈示している分気楽ではある。

時間オーバーが過ぎる。

おやすみなさい。

良い夢を。


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