毎日が特別

22:35から。

満月さんの誕生日。
楽しく過ごしていただけたのでは無いかと思われる。
それほど、誕生日だから何かをしたという気は無いけれど、なるべく好きなように。

ややこっちゃ。

個人的には登場人物が多いと疲れてしまう性質を改めて自覚する。
接する人が多いと、あんまり自己主張しなくても良いよなとなる。僕が主張しなくても場が回るし、僕は誰かに主張しなくても特に楽しくないということは無いし。

満月さんは僕のことをINFJの外向的な方じゃないかと言う。
たしかにこれはその通り。僕はもう、それほど自己の内部に向けての考察が無い。蟠りが特に無くなってしまったということで、後は外に向かっていくだけという感じ。

ただ、難しいのが、人とはあんまり恒常的にやり取りができないところ。
どんなに良い人でも、存在する為に相手の関わっている訳では無いから、1人の時間が無いと調子が悪くなる。これがHSPの本質だと思っているのだが、本当に1人で居ても問題無いこの性質の人はあんまり居ない気がする。

何処かと繋がって居ない自分の存在を確固とできないという幻想が無くなった。多人数でわいわいするのが苦手なのは別の話。順番を守る大縄跳びのタイミングに上手く参加できないだけ。タイミング合わなくても空気読めよーと言うような人は関わりの中で居ないから、テンポを合わすことに傾注しなくても良い。

そういえば。

満月さんの推しが僕の日記を読んでいるらしい。
独占欲が生じるのが「好き」という感情であるという観念は卒業したから、別に推しと通話していることにも何も思わない。

なんなら満月さんの媒介抜きでタイマン会話しても良いかなと思うくらいなのだが、僕の文章を読んだところで、満月さんの情報はあんまり無いような。

ちなみに、僕の推しの人。
久々に検索したら、顔出しもしていて、随分と柔らかい笑顔になっている。文体も。人生上は良いこっちゃだけど、おそらく昔書いていた尖った小説はもう書かない(書けない)のだろうなと思うと、ファンとしてはちょっと惜しい。

幸せであることは喜ばしい。
何処かで逢う世界線は今のところない無くなった気がする。個人的にはもう忘れられているという説の信ぴょう性が高い。

と、表現するためには「不足」があるという命題がふと浮かんだのだが、どうだろう。

僕の日記は別に読みたい人が読めば良いだけで、特に好かれたいという意識で書いているけれど、ここに書かれている書き手としての僕は別に誰にでも表現できるような「僕そのもの」でもない。

こんな奴がこの「スキ」集めのこの世界に居て良いのかという空気を読む自分が訴えてくる。
まぁどうでも良いんじゃねぇのというのが憤怒氏枠。

本日は世界にいっぱい時間を使ったもんで、この世界で書ける文字数が無かった。
色々考えていることはあるけれど、今日しか書けないことでもないし。

短くて申し訳ない。

おやすみなさい。

良い夢を。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?