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エラーが起こる→学びのチャンス

息子が友人に罵られるらしいです。
人気のバトルロイヤルゲームをやっているお友達の間で「雑魚」と言われると報告がありました。
学校で貰ってくるSNS等のワークブックそのまんまみたいな、オンラインゲームのトラブルです。

母:     イヤって言った?
息子:  言ったよ。
母:     怒ってケンカしてみたら?イヤだって。
息子:  喧嘩したことあるよ。
   でもやめてくれない。「ダメだよ」って
   言ったら「うっせー雑魚」って。

さもありなん…な会話の様子ですね😅
学校の先生に言ってみる?と聞いてみても、それはしたくないそうです。

過去に会社で、人間関係のトラブルを上席に解決してもらおう訴えて、結局何も解決しない…というケースを何度も見てきています。殊に人間関係は、人に言って解決して貰おうと考えるのは多分あまり有効な方法でないかもなぁとも思う私。小学校時代なら、ある程度有効な解決法だと思うのですが、うーーん…、私が育てたいのは、苦労しても、時間がかかっても、自分で何らか解決の道を見つけて行動していける人…だしなぁ…。

と、ここで思い出しました。エラーが起こったときは、気づきと学びのチャンスなんだった!
・どうして自分は嫌な気持ちになるのか?
・それで自分はどうしたいのか?
・そのために、どうやったらいいのか?
最近自分に問いかけている言葉を、同じように、少しずつ、やさしい言葉で、息子に質問してみようと思います。

本当は…
(うちの息子に何してくれとんねん…💢)
(何のプラスにもならない相手なら離れても?)
(結局他人は変えられない。)
…と思ったりもするのです。半年〜1年程、じんわりと続くようだし。

ただ、これから沢山友達を得て社会を知っていく年齢です。もちろん今後も多くのトラブルは経験するだろうけれど、人間関係をバッサリと諦めるようなことを、こんな頃から大人が言わなくてもいいんじゃないか。色々悩むことが経験値になるんじゃないか。息子のほうにも何か原因や理由があるかもしれない。10歳ならば、善悪の区別や道徳的なことも学校で教わりながら成長していく途上であって、誰だって沢山失敗をしながら育つ。その段階で「他人は変えられない」なんて言ってしまうと、子供はきっと混乱するだろうか。などと色々思ったりして…。なんだか難しいです。

ならば、自問して、内省して、少なくとも自分のことをもっと理解して欲しい。いま自分で見えている自分より、もっと解像度の高い自分が見えるようになってほしい。見えてきたら、わかってきたら、何か答えが見えてくるかも。何か行動できることが見つかるかも。

これは息子の成長の道なのだと思って、ちょっと頑張って息子に色々問いかけてみようと、気持ちを引き締めたのでした。その為に、母は質問力をUPせねばです。…責任重大な気がしてきました😅

とはいえ、いじめのアンケートをまた学校から持ち帰るはずです。先生にはそこで、「気をつけて見て頂きたい」と申告しておいたらいいかな…。

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