君とエビフライとカレンダー

「今年ももう5分かぁ♪今年はみんなと年越し迎えられてうれしいな♪」

ノートPCの薄いスピーカーから、今年一年を締めくくるあの子の声が聞こえてくる。配信画面にこたつとミカンのフリー画像を並べ、その下レイヤーに自身を収める形で年末感を演出する推しの声を聴きながら、食べ終わった緑のたぬきを流しに置きにいき、部屋のこたつに戻った。デビューしたばかりの頃にこの子をフォローして、配信を細かくチェックするようになったのも、今年に入ってすぐのことだった。

「そろそろかな♪じゃあみんなも一緒にコメントしてね♪」

「さん、に、いち♪ハッピーニューイy」

「……。」

あれ、グルったかな。この一秒を待って全国で新年を祝う電波が一斉に飛び交うとはいえ、推しの声が途切れてしまったのは非常に歯がゆい。しかしコメント欄に目を配っても、グルった?落ちた?などと切断を疑う声がないというのは、いったいどういうことだろう。というよりも、どうやらコメント欄も、どこかのあわてんぼうの「あけましておめでとう!」を最後にまったく動かないようである。となれば部屋の回線の問題か、と思いルーターを確認してみたが、特に不具合はない。

一通り確認して分かったのは、どうやらネットとの接続はできるが、12時を回ってからの更新が一切ないということであった。「ネット 切断 復旧」と検索窓に打ちこむような愚の骨頂を演じずに済んだのはありがたいが、それはそうと機能は維持されたままネットの『いま』と接続が断たれるというのは、現代人たる僕にとってはずいぶんと酷である。この場合は『昨日が維持されている』とでもいうべきだろうか、などという冗談を思いついたが、脳裏に再生されたあの子の最後の声と、なんだか嫌な無音がかき消した。

とはいっても、流石ネットは広大である。検索するとすぐに「『来年』契約更新のやり方まとめ!しないとどうなる?無料で更新するには?」という安い作りのページが出てきた。そういえば、去年『国民の七曜に関する法律』とかいうのが改正されたかで、なんだかという番号との紐づけが義務付けられたらしいということを、学食の食堂に備え付けられたテレビのニュースで見たような気がする。実家からの電話でも、「早く済ませときなさいよ」と促されていたがついぞ放置していたことを思い出した。なるほど、これか。

それにしても横暴な話である。更新しないと『来年』が利用できないとはどういう了見だ、まったくもって意味不明である。ポストに複数回投函されたDMやあらゆる通告を無視した事実を棚に上げて一通り憤ってみせ、そういえば学食だってミールカードが急に使えなくなったのだという怒りも掘り起こし、見ていた配信もおそらくとっくに終わっているだろう時刻になってようやく気分が落ち着いてきた。要するにずぼらな腐れ大学生である僕が悪いのである。ほかのページを見ると今からでもコンビニで更新手続きが可能だということが分かったが、なんだか疲労感が溜まって出かける気にはなれなかった。ずぼららしく『今年』に居続けるのもいいかもしれない。

当面は問題がないように見えた。起きた頃にはとっくに昇りきった初日の出、とはいっても『来年』更新をしていないので違法『初日の出』となるが、を浴びながら何か食べ物をと思いスーパーに出向いた。年の瀬はどこに行っても年末休業であるのを忘れていたのでコンビニの高いカップ麺でしのいでいたが、これでようやく栄養のありそうなものにありつける。着くとニギニギとした店内にあたたかくておいしそうな総菜が並んでいたので、あの子の好物であるエビフライ数本をパックに詰め、ほかの食材と一緒にカゴに入れてレジに並んだ。そう、『年始休業』ももちろん無いのだ。

しかし、SNSを見てもいつまでも推しの投稿が更新されないのは堪えた。『来年』未更新だとどういう処遇になるのか果たして分からないが、バイトも学校もいつまでたっても始まらないので、あの子の配信アーカイブを見返すことにした。自己紹介動画から始まる数十本の再生リストも、いつの間にか最新の年越し配信にたどり着いていた。もしかしたら『来年』の再生リストには既に新しいアーカイブが数本追加されているのかもしれないが、確かめるすべのない自分にとってはこれが一番新しい配信である。デビュー直後に投稿した自己紹介動画から、実況したゲームや登録者1000人記念、収益化記念などを振り返るあの子の笑顔は、なぜだか懐かしく見えた。すると、「いま、コラボのお誘いいただいてるんだ♪来年はもっと配信ふえちゃうかもね♪」と来年の展望を語る推しの顔の横を、自分の「楽しみ~!」という能天気なコメントが通り過ぎたのが目に入った。そうだった。はやく『来年』に行かなくては。僕はなんだかという番号と共にコンビニへと向かった。

家に戻り、一斉に鳴り出した推しの投稿通知その他をスクロールしながら、ふとノートPCのそばに置かれた紙袋に目がいく。そういえば、「配信ふえちゃうかもね♪」と言っていたあの子の言葉を真に受けて、配信予定を書き込むための卓上カレンダーを買ったのだった。改めて新年を迎えることができた喜びをかみしめながら包装を剥がし、手始めに毎週定期配信が行われる水曜日にチェックを入れようとまだ真っ白な表紙をめくって気づく。

「しまった。」

『来年』の更新と、『一月』の更新は別なんだった。

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