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岩村田(長野県佐久市)
商店街の裏側、壁が朽ちかけた蔵の写真を撮っていると足元に缶詰が転がってきた。転がってきた方向を見ると、詰めすぎて他の食料品も転げ落ちそうなエコバッグを持ってる女性が他にも落ちたモノを拾っていた。缶詰を拾って渡すと、「ありがと」と笑顔で返される。日中の暑さもあるのだが、重かったのであろう、Tシャツは汗で濡れている。ふわりと軽やかな香りが風に乗る。
「何撮ってるんですか?」と聞かれたので、
「街並みを。アーケードとかも素敵ですが、裏側も趣があって良いですね。」
「ああ、まあ人いないしね」
「静かで良いところですね」
「良くはないけどね、みんな”いわんだ”より佐久平に行っちゃうしねえ」
地元の人は「岩村田」を「いわんだ」と言うらしい。岩村田は北陸長野新幹線佐久平駅にほど近い所にある町である。JR小海線岩村田駅もあるが、すぐ隣の佐久平駅の方が巨大なショッピングモールなどもあり利用者が多いであろう。もともと中山道の宿場町であり、目抜き通りの商店街はアーケードが現役であるが、人通りは少なかった。
アーケードの上側、商店街の建物を見ても昭和感のあるシャープな建物が多い。一方その裏側は蔵なども見られ、そのコントラストも面白かった。
「飲みに来る人も少なくなっちゃったし、飲み屋も減ったしね。そこ曲がった所にはゴールデン街なんてのもあるよ。外人さん多いし、スナックだから夜しかやってないけど。あと川の方に行くと昔あった遊郭の跡があるよ。お兄さん、そういうの好きそう」
なんとなく見透かされた感じがして少し焦ったのだが「行ってみます」とだけ返した。女性に別れを告げ、聞いた場所まで行ってみる。
そこにはコンクリートで出来た門柱のようなものが4本立っていた。あとから調べたところでは、これは遊郭大門の門柱で明治中頃から形成された岩村田遊郭の名残らしい。横を流れる湯川の向こう岸にある神社の参拝客も含め賑わったとのことだが戦前に廃止、現在では他には何も残っていない。一つだけ、門の横にある古い木造平屋の建物だがこれは専用の病院だったとのことだ。今では人はおらず、熱い風が吹くだけである。
「ここは風が通るけど、街中は暑くて」
と神社にいたお婆さんが話してくれた。川向こうの鼻顔稲荷神社(はなづらいなりじんじゃ)は日本五大稲荷の一つとされているらしいが、「五」の数えには揺れがあるらしい。しかしながら川向うから見る朱塗りの神楽殿、懸崖造りと言われる崖に柱を下ろして立てて作られた横に長い空中楼閣の社殿は、緑に生えて非常に美しい。本殿は崖の窪みをそれとしており、東京の王子稲荷神社の御穴様や小石川澤蔵司稲荷の「お穴」のような雰囲気があった。
「景色は良いでしょう」とお婆さんは言う。
「昔はもっと人が来たんだけどね、川向うも賑わってたし。暑いのも気にならなかったわよね。」
黒い羽のカワトンボがすっと飛び去っていった。
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