第23回邪馬台国がらみだと炎上する
1、導入
考古学といえば、化石、捏造の次に連想されるのは邪馬台国でしょう。
畿内にあったとか北九州にあったとか論争が起こったりしました。
中国の文献『魏志倭人伝』にそった道のりに従うと邪馬台国の位置は太平洋に行ってしまうので
方向をずらすと畿内に
日程を訂正すると北九州に
該当するって話。
実際は戦国時代の文献でも記述はいい加減なのでそれだけで議論するのは不毛だということです。
2、新聞報道
今朝の新聞に奈良県纏向遺跡から出土していたモモの種が放射性炭素年代測定によって西暦135〜230年という結果が出たと報じられていました。
ちょうど卑弥呼の年代と重なりますよね、というお話し。
実際その後の大和朝廷の発展を考えると自然ですよね。
卑弥呼の墓とされる箸墓古墳も近接してます。
陵墓参考地という皇族に関わるので調査できないため謎のママ残っていますが、古墳の発展段階から時期的には卑弥呼のものでもいい、とは言われていました。
正直改めて報道するほどのことでしょうか、
という感じです。
3、学会の構造
発表のタイミングも実は絶妙なんですよ。
5月26日、27日には日本考古学協会という考古学関係では最大の学会の大会があるんですよ。
普通学会で正式報告してから報道っていうのが筋じゃないですかね。
十数年前、同じタイミングで国立歴史民俗博物館のメンバーが縄文時代と弥生時代の土器についたススを放射性炭素年代測定にかけて、これまで言われていた開始年代を大幅に遡らせたことがありました。
その際は賛否両論巻き起こり、くだんの日本考古学協会の大会は大荒れでした。いつもはまばらな研究発表会場が立ち見でも入れないほど。
結局パフォーマンスなのかと。
それを思い出してしまう報道でした。
学術的価値と報道的価値は一致しないことが多いという話。
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