「裹(guǒ)」から見える風景 ー 1920年代における通背拳と形意拳との接点について ー

起式には各門派の根本原理や思想が集約的に表現され、決して疎かにできないと理解しています。


この動画では修剣痴系五行通背拳の起式動作、攏胸(懐中)抱月(転換交差手)から獅子滚球、立鶴舒頂(引手)に至る一連の流れを石全老師(修剣痴-于少亭-陳清真-石全)が丁寧に解説されており、大変勉強になります。特に獅子滚球を取り上げ、「拧裹」(注)という字訣に触れながら、これを引手から摔掌等への変化にも繋がる重要な過渡式と位置づけ、説明しているのが大変印象的です。


(注)体幹を内側に包(くる)み込むように力を集め束ねる動きと捻じる動きとの統合とでも言うのでしょうか。おそらく形意拳系武術の修行者の方であれば馴染みのある字訣と推察します。


そして、この石全老師の説明を視聴しながら思い出したのは、佐藤聖二先生の遺稿集「太気拳・意拳研究ノート(日貿出版社)」にある次の言葉です。 (佐藤先生は青年期に通背拳を修行された経験をお持ちで、遺稿集の中で断片的ながら通背門武術に関する大変深い洞察を示しておられ、とても勉強になります。)

「骨盤が裹となり、腰も肩も同時に裹となることで、肩甲骨が肘を押し、骨盤プラス肩甲骨関節の巨大な力が肘に伝道され、更にその肘が腕を押し出します。」
(出典 裹の復習 その2 2014/10/24 練習日記)

「裹」という一字を通じ、石老師の説明と、佐藤先生の遺された言葉とがここで響き合います。


この動画を見たあと、練習の合間にK師兄と交わした何気ない会話の中でふと気づいたことは、われわれの師匠が引手に構える時、実に鋭く、また、さり気なく、この「裹」を働かせているのではないかということでした。 にわかに通背拳と形意拳との関係が気になり始めました。


ところで、そもそも通背拳と形意拳とは交流の歴史を有していたのでしょうか。


実は修剣痴の徒弟である于少亭(われわれの師爺です)と王徳成とは、”石錦飙“(段祺瑞の副官兼保鏢を務め、郭雲深高弟と伝わる)という人物に拝師し、形意拳を学んでおり、このことは大連の武術界では周知の事実です(趙錫金著 「大連武術簡史」 大連出版社 P.356)。


師匠の話では、于少亭は修剣痴の命を受け、石老師に拝師し形意拳を学んだとのことで、修氏がわざわざ二人の得意弟子を石錦飙の許で学ばせるとは、余程の高手だったと考えられます。


師の話によれば、本当は修剣痴自身が石錦飙の形意拳に強い関心を抱いていたものの、すでに一門の宗師の立場にある以上、軽々しく頭を下げ、石に教えを乞うことはできないことから、代わりに自らの高弟を石の許に向かわせたとのことで、このような慣行は中国の武術界では決して珍しくないことのことです。

修剣痴は二人の弟子を通じて、石錦飙の形意拳を徹底的に研究したのかもしれません。


段祺瑞が軍閥間抗争に敗れ下野し、副官兼保鏢である石錦飙を伴い大連に一時隠棲したのが1927年から29年と伝えられます。修剣痴一門(通背拳)と石錦飙(郭雲深系形意拳)との接点はこの頃に遡ると思われます。


ただ、石錦飙は謎多き人物で軍閥領袖の副官兼保鏢という極めて特殊な地位にあったことから、偽名を使用していたのではないかとの指摘もあります(「大連武術簡史」P.359)。


因みに武聖 孫禄堂(1860年或いは61年生まれとの説)も民国初期(1912年頃?)に段祺瑞の身辺警護に携わったと知られていますが*、正確な年代は不明です。1920年代であれば孫禄堂は既に60歳超。要人警護と言う激務には、厳しい年齢と言えます。


また、命のやり取りが日常的に行われていた時代ですので、元軍閥領袖の保镖には単に武芸の手練れと言うだけでなく、身元の確かな人物が求められたと考えられます。


孫禄堂と石錦飙とを結びつける具体的情報は残念ながら確認できませんでしたが、郭雲深を戴く同門の間柄であり、孫禄堂が信頼できる人物として石錦飙が推挙された可能性は考えられます。


通背拳と形意拳との交流史については今後の研究が注目されますし、ここに提示した見解はあくまで仮説を含みます。しかしながら、修氏の祁家通背拳が五行通背拳へと発展していく重要な契機として、1920年代後半に遡る形意門との人的交流があったことは、かなり確実なことだと思われます。


*「民国初年、孙禄堂曾应徐世昌的邀请、曾任过北洋政府大总统的武宣官、也就是保镖队长、负责徐世昌和段祺瑞的人身安全工作、关于孙禄堂的腿功及速度、北洋军阀时的新闻报刊可以提供一些参照:“孙禄堂的腿功、是新闻事件。他和段祺瑞坐敞篷汽车、逆风而行、车速很快。段祺瑞头上戴着巴拿马草帽、被风吹走。孙禄堂跳下车追到草帽后再追汽车、司机还没意识到有人跳车、他就已经回到车上。」と、百度文庫の文献に確認できます。

https://wenku.baidu.com/view/fd2fbdcd4593daef5ef7ba0d4a7302768e996f92.html?_wkts_=1690986861349&bdQuery=%E6%AE%B5%E7%A5%BA%E7%91%9E+%E5%AD%99%E7%A6%84%E5%A0%82


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