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モーニングオマール

私がホテルで働いていた頃、
入社して1年半で肉や魚を取り扱うメインポジションに大抜擢された。

一見凄みを感じるが、
たまたま空きが出たのと、意識が高い素振りを見せ星付きレストランの研修へ行っていた。
というのが選考理由だろう。

だから、天性の料理スキルを持ち合わせていた訳では無く
"休みの日に頑張ってるアピールをする事で一目置かれる存在になるんじゃないか?" という狡賢さのみで働き、まんまとシェフは私の策略にハマった。
「クーックックッ‼︎」(クルル)

愉悦を浸るのとは裏腹に
迫り来る恐怖。。。

その正体とは、メインポジションの若手は
『生きたオマール海老を凧糸で縛り熱々のお湯で茹でる』
というドS極まりない仕込みが待っているのだ。

私は正直、生き物全般苦手だ。
昆虫類、魚類、両生類、大体の物が当てはまり
問答無用でフレンチの高級食材、オマール海老にも該当する。
あんなの巨大ザリガニじゃないか‼︎‼︎‼︎
気色悪い‼︎‼︎‼︎

朝5時メインポジションの先輩は、生きたオマール海老を冷蔵庫から10匹ほど取り出し、頭の棘とお尻の棘を1本の縄でキツく縛り90度反らした状態に固定する。
もしこの作業を怠ってしまうと、茹でてる間に尻尾が丸まり料理で使うには不恰好になるからだ。

その後も残虐は続き、腕2本をもぎ取り、尾をブリンッと回転させながら胴体と引き離し、鋏で殻を砕き身を引き剥がす。
この一連の作業を傍から見て『地獄みたいな仕込み』だなと思っていた。

メインポジションに移った初日から"地獄仕込み"は始まった。
バットの上にてんこ盛りになった巨大ザリガニ達は殺気を感じたのかビチビチと蠢く。

「気持ち悪りぃいなぁあああこいつらぁあああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎」

声に出したい気持ちを押し殺し、身体を反らせながら仕込みをしていると、先輩が「あれ、もしかしてオマール無理なの?」と聞いてきた。
「キモすぎて無理です」と正直に話すと
「何度かやってたら慣れるから辛抱やな!」と言ってくれた。

優しい先輩に恵まれたと安堵していたのだが、
その話を物陰から聞いていたフィクサーはオマール海老を掌で転がし、ニヤケ面で悪さを策謀した。

ある日のこと、
夜番から早朝出勤という過密日程の為自宅にも帰れず、深夜3時から2時間ばかしレストランのソファーで仮眠する事にした。

朝方になると何やら胸の辺りにゴソゴソとした違和感を感じる。
目を薄っすら開けると、そこにはつぶらな瞳を光らせたオマール海老と目が合った。

一瞬夢か?と思ったが、
明らかにオマール一匹分の重力がかかっておりディティールも妙に細かい。

「うわぁああああああああああああああああああ!!!!!」

レストランに響き渡る声量で叫びながら胸を振り払い、
オマール海老は"ボトンッ"と高級絨毯の上に落ちた。

現実ではあり得ない出来事に困惑していると、
遠くの方からフィクサーの甲高い笑い声が聞こえ
「どう?モーニングオマールは??」と言った。

「ちょっともう勘弁してくださいよぉおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
若手芸人バリのリアクションをして機嫌を取った後、
早朝から意表をつかれたので苛立ちを隠しきれず、オマール海老をいつもよりキツめに縛り、深鍋の"灼熱地獄"に落としてやったのだ。
(ちゃんと洗ってから実行しました)

あのオマール海老はきっと前世でとんでもない悪さをしたのだろう。
そうでなければ、公平じゃないからね。

それ以降、オマール海老のみ苦手じゃなくなったので、
モーニングオマールで荒療治をしてくれた先輩にはとても感謝している。

何だよモーニングオマールって。


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