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短編小説「視線」―北板良敷―

「ですから、関係者以外は入れないんですよ。」
 警備員に詰め寄られる。僕は半泣きだった。だって、目の前に書いてあるんだもん。『立ち入り禁止(関係者及び路線バス利用者を除く)』って。
「いや、あ、あ、あのバス乗りに来たんですけど。」
 そう言ったが、警備員は相も変わらず、困ったような視線で私を見つめるだけであった。

 

 那覇(なは)市の港町(みなとまち)。大量のコンテナとトレーラーに囲まれた無機質なこの場所に、第二クルーズバースはあった。なんでも、ここからほど近い若狭(わかさ)にある第一クルーズバースでは入りきらないほどの、巨大なクルーズ船を受け入れるために作ったらしい。

 そんな第二クルーズバースに、モノレールの駅までを結ぶ路線バスが走るようになったのは、今月からのことであった。あくまで「実証実験」という形で、期限付きでの運行らしい。  
(期間限定なら、一度ぐらいは乗ってみようか。)そう思い立った日曜日の朝。自宅から遠路はるばる、ここ第二クルーズバースまで来たのに。

 

 ようやく陽の昇り始める朝の7時。クルーズバースには、高層マンションのように大きなクルーズ船が錨泊していた。船の乗客を迎えに行くのだろう。目の前の道路では、観光バスやタクシーが引っ切り無しに行き交っていた。
 
 クルーズバースの入口に差し掛かると、70代ぐらいの警備員の男性がこちらに近づき、僕を呼び止めた。
「おはようございます。関係者の方ですか?」
 バス停は入口の中にあるのだが、もしかして部外者は入れないのだろうか?そう思い、目の前の張り紙に視線を移す。

『立ち入り禁止(関係者及び路線バス利用者を除く)』

 ほっと胸を撫でおろした。
「すみません、バス乗りに来たんですけど……」
 ここで、警備員の表情に気が付く。僕を見つめるその視線は、完全に「不審者を見る目」そのものだった。
「え?なに?」
 僅かに声を荒げながら、警備員が聞き返した。
「いや、えと……」
「あのねえ、ここは関係者以外は立ち入り禁止なんですよ」
 人に詰め寄られるのは苦手だ。僕は弱々しい声で返事をする。
「いや、じゃなくて、あ、あのバス乗りに来たんですけど。」
「ですから、関係者以外は入れないんですよ。」
 警備員はそう繰り返すだけであった。


 僕は泣く泣く引き返した。何がいけなかったんだろう。身なりが不審すぎるから?ボソボソ喋って聞こえないから?そもそもこんなところに態々(わざわざ)バスに乗りに来る行為が怪しいから?

 はるか遠くに、ガントリークレーンが3基、悠々と聳(そび)え立っているのが見えた。その姿が、ちっぽけで意気地なしな自分を見下し、嘲(あざ)笑っているかのように思えた。

 こうなっては、路線バスに乗れる訳などなかった。仕方がないので、入口の前で観光バスの写真でも撮ることにした。
 せわしなくバスが行き交う。バスの乗客たちは、この後の観光や買い物が楽しみなのだろうか、みんな目を輝かせていた。
 
 しばらくすると、バスの列が途切れた。僕は地面に視線を落とす。そこには灰色のアスファルトが広がるだけであった。

 どこで間違えたんだろう。どうすればよかったんだろう。

 

 

 するとその時、先ほどの警備員がこちらに近づき、呼びかけた。
「お兄ちゃん、もしかしてバス乗りに来たのかい?」
 カメラを両手にバスを撮る様子を見て、僕の目的を察したのだろうか。
「さっきはごめんねぇ。入っていいよ。」
 そう口にする警備員の顔からは、さっきの険しい表情は消え、申し訳なさそうな視線をこちらに向けていた。警備員が続けて言う。

「バス乗るんだったら、言ってくれればよかったのに。」

 その言葉を聞いた瞬間、自分のあまりの不甲斐なさを実感し、涙が出そうになった。

『相手に伝わってないってことは、それは言ってないってことと同じなんだよ』
 ずっと昔に、誰かから言われた言葉を思い出した。
 そうだ。いつだって悪いのは僕なんだから―











これを読んで「うわきしょ」と思ったそこのお前!

僕が苦しいのはお前のような人間のせいです。


<了>
2024.2.16
北板良敷

この物語はフィクションです。