見出し画像

A・K小説  ぼくらに秘密 第二章 疑惑――

 学校の裏手でにわかに起きた警察の逮捕劇。
それを目撃した優と瞳は、半ば強制的に一旦自宅に帰るように告げられた。
山田博人は優たちの目の前で警察車両に乗せられた。
その頃、校長と教頭や教務主任の中島忍が駆けつけた。
教頭は優と博人の姿を見ると表情を変えた。
何を訊く訳でもなく一方的に「またお前たちか!」と怒鳴った。
ぼくたちがいったい何をしたって言うのだ――。
優の胸に怒りにも似た思いが沸いた。
「また怒っているの?がまん、がまん。腹を立てたってしょうがないわ」
優の顔を見た瞳は上から目線だ。
言われた優は一呼吸置くと、教頭から視線を外した。
「お前ってカウンセラーみたいだ。不思議だな」
「何を呑気に……変なやつ」と言い残した瞳。
彼女は校長へ歩み出ると、礼儀正しくお辞儀をして話しだした。
しばらくして戻った瞳は、「優君、ここから離れよう!」と優の腕を引っ張った。
校庭はさっきと変わりない。
瞳はやさしい顔に似合わず、気丈な表情で優に向かって話し出した。
「ねえ、今から話すこと、大変なことだから、しっかり聴いて!」
いつになく瞳らしくない物言いに 優はただ頷くだけだった。
「遠藤先生が……亡くなったのよ。それで警察が来たらしいの」
「えっ!体育主任の遠藤のこと?」
瞳はゆっくりと頷いた。
こんな場面をよくサスペンスドラマで視たことがあった。
不謹慎にも、そんな自分にどこか酔いしれている気がした。
「でも、何でだろう」と問い返す優に、瞳は笑みをこぼした。
「そうくると思ったわ。同じことを校長に訊いたけど、駆けつけたばかりでよく事情が分からないそうよ」
「ふうん。事故か自殺とか?」
瞳は自信ありげに首を横に振ってこたえた。
「違うって!胸に幾つもの刺傷。相手がいてはじめて成立する致命傷だそうよ」
この時、優は何かとんでもないことに巻き込まれたような予感がした。
山田博人が警察に連行され、遠藤教諭が殺された。
この二つは相互関係にあると、優は確信していた。
「君たち、早く帰りなさい。それと見たことはやたらと喋らないように――」
教務主任の中島はそう言って、優と瞳を追い返した。
その後、瞳は何も言わずに優と別れた。
優は一人になって、無性に博人の事が心配になった。いや、気になって仕方がなかったのだ。
遠藤を殺害するほどの敵意、もしくは他に理由があったのだろうか。
体育祭がきっかけで、博人が受けた傷が思った以上に大きかったのか――。
優は考えたくもなったが、それだけで人を殺すほど博人は浅はかな人間ではないと信じたかった。
でも……普段の山田博人を優は知らない。
この町すら知らないことが多いのに、鬼木谷中で自分の知らない隠された事実があるとしたら?
そう考えると優は何故か山田博人が潔白ではないかと思いはじめた。
家に着くと優は東京で親友だった加賀卓夫へ電話をかけた。
自分の世代は、みな携帯電話が普通なのだ。
だけど、優の親は贅沢の極みだと、所持を許してくれない。
他の奴等ならそれを無視して持つのだろう。
それでも、優は親にだけは裏切れないと考えていた。
口うるさい親であろうと、優の親への敬愛の念は強い。
親に物を申すはいいが、自分の過ちを省みず反抗するのは間違いだと――。
最低限の親と子のモラルだと、誰が反論しようとも確信があった。
「何だ……優か。どうした?」
卓夫は優の声にいつもとの違いを感じていた。
「ちょっとね。なあ、遊びに一度来いよ」
「何か弱気だな。そっちこそ千葉へ引っ越したきり連絡もないじゃないか。息抜きに古巣へ来いよ」
「あのさ……実は事件が起きてさ。どうしたらいいか、わからないんだ。協力を頼むよ」
受話器に向かって頭を下げる優の姿をわかったのか、卓夫は「ううん」と一言唸った後に「後で翔太と相談して連絡する」と言った。卓夫も昨日は体育祭だったと言う。何故か同じ時期に体育祭をしたとしても、おそらく東京の時の方が楽しかったに違いないと思えたのは確かだ。
この頃、中学生は中途半端な時期だと、優は感じてならなかった。
ぼくらは一般犯罪と少年犯罪の違いを知っても、人として自立意識が希薄だ。
その重大さすらわかっていない。日本人全体にその姿が目立つ。
特に中学生は世間に疎くて、幾つもの疑問にぶつかる。
でも、疎くないと思い込み、わかっているつもりで行動する。
だから、犯罪の分別さえ気にならない。
要するに、ぼくら少年の自覚の甘さは、外国青少年と大きく差があり、明らかに違いがあるのだ。
教師は肝心な時は子ども扱いをし、無難な所で大人扱いをする。
傷つくことを恐れて、失敗しないよう事前におぜん立てをし、ぼくらに事を預けることは少ない。
むしろ小学生の頃できたこと、やれていた筈の事を、初めから無理だとか、危ないとか言われてやらせてもらえないこともあった。
信用の無さというべきなのだろうか――。
それが積もり積もって学校をつまらなくさせていると、優は真面目に思い始めていた。
遠藤教師死亡の夜、学区内はもちろん、関東圏内に報道が流された。
一躍、S市は有名になってしまった。
母の友子も父の光夫も いつもより早く帰宅した。
帰ってくるや否や、「お前、遠藤先生のこと、知っているかい」と話し始めた。
光夫は、優がまだ知らなかった新しい情報を、駅前で仕入れてきていた。
「遠藤先生って評判は悪かったみたいだな。やたらに厳しく生活担当だったのに、帰宅途中にべろべろに酔っ払っている姿を、毎日のように父兄に目撃されているって話だ」
光夫は優の顔を覗きこむように話した。
「ひと言、余計だな。厳しいって言うけど、厳しいイコール駄目教師って印象になるから、やめてよ!」
「だがなあ」と光夫はなおも優を見つめる。
「あのさ、真面目でいい先生もいるんだからね……」
息子にたしなめられた光夫は、まずかったと言わんばかりに居間から遠ざかった。
続いて友子が気の毒そうな表情で「容疑者が中学生なんですって。優の知っている子じゃないわよね?」これまた、先入観で尋ねてきた。
「さあ……」優はとぼけるしかなかった。
山田に話がいくのを避けたかった。
すると直ぐにもその思惑は外れた。
「噂だけれど、犯行は山田って子の仕業らしいわね。クラスの友達を知らないけれど……どうなの?」
優は沈黙を守った。言ってどうなることでもない。
博人は今、警察の中で何をしているのだろうか――。
何故か敵前で助けを求める友を見捨てた兵士のようで、自分が卑怯に思えてきてならない。
夕食を終えて再びテレビで『遠藤教諭殺人事件』の報道が流れた。
光夫が再び、何か優に訊きたそうなタイミングで、卓夫から返事の電話が鳴った。
明日は半日授業なので午後一番で優のもとへ行くという。
親との会話が煩わしいと思い、身の置き所に困った優に、頼もしい援軍だ。
それに、久しぶりに会える嬉しさもある。
だけど、今は山田博人のことが案じられてならない。
 
 
 事件後、山田は警察に送られていた。
取調室に連れて行かれ、時折、強い口調で話をする綿引刑事は、人情味ある中年デカらしい。
「君の名前は、山田博人でいいね」
博人が頷くと、綿引はキッと睨むように「言葉でこたえてくれ」と遣り直しを要求した。
「はい。山田博人……です」
「鬼木谷中の二年生だったね」
「はい」
「何組?」
「E組です。担任は蛭野辺……秀子先生です」
「うん。よし、本題に入ろう。今日、現場にいた訳を話して」
「それは……」
「答えにくいのか?」と言う綿引の声に、博人は沈黙したままだった。
「あのな。そうやって、度々黙っていちゃあ……困るんだな」
「はっきり言っていいですか。俺、遠藤の奴を殺しちゃいません」
「遠藤の奴って言い方はないだろう。お前たちの先生だろうが――」
「遠藤とはそう言える間柄なんで、今までやってきているから」
「ほう。それはどういうことかな。教えて欲しいよ」
山田はそれまでの学校生活で、遠藤が行なった幾つかの行為を知らされた。
例えば、教師による生徒への体罰や、女子生徒への性的行為についてを綿引から聞かされた。
博人は唇をかみ締めながら聴いていたが、話が終わるとただ溜息をするだけだった。
「内容はよく分かったかい。だが、これが今知ることのできる事実さ。遠藤先生が殺された事実は変らないし、その日、君が現場にいたことも変えようのない事実だ。君以外に誰もいなかったこともね」
博人の目頭が赤く涙ぐんでいるのが綿引にも見て取れた。
「俺が来た時、校舎の教職員勝手口が開いていた。中を覗くと革靴が脱ぎっぱなしになって、誰か来ていると思って職員室を覗いた。けれど、開いていなかった。その時に階段上から音がしたんで上に向かったら、三階にかかる踊り場で遠藤が倒れてたんだ」
綿引の視線は、困惑した表情を同僚刑事に見せていた。
 
 
優は、久しぶりに見たでっぷりと太った加賀卓夫に驚いた。
数ヶ月会わなかっただけで一回りも大きくなっていた。
同じく遊び仲間だった安木翔太はやせた体に一層拍車をかけて、病気を思わせるほどやせ細っていた。
対照的な二人がどうして仲間になったのか、未だに不思議だ。
優は一昨日の出来事が頭から離れなかった。
代替え休日と祝日が連なって今日一日、自由がきいた。
さっそく東京から来た二人は、母の友子に土産だと言って、浅草の駄菓子を手渡した。
だが、二人も優と同様に事件に興味をおぼえて、はやく情報を聴きたい雰囲気だった。
「優。お前が協力して欲しいのはテレビや新聞で報道されていた例の事件だろう?」
「ああ。あの日、現場の直ぐ近くにいたんだ。会う予定だったクラスメートが容疑で警察へ連行された」
「それって犯人の可能性が高いってことでしょう……」と安木翔太が呆れた表情で言った。
「そうなんだ。でも、瞳もぼくも彼がやったとは思っていない」
「瞳。ひ・と・み……?」と卓夫と翔太がほぼ同時に言った。
「ああ……クラスメートで放送部が一緒の女子だよ」
「可愛いのか?」と卓夫が訊くと、脇から翔太が割り込むように「俺にも紹介してよ」とせがむ。
呆れたとばかりに優は首を横に振り、「今はそんな話じゃないだろう」と話を切った。
やがて友子が嬉しそうに、小口に切った梨をお皿にのせて来た。
「懐かしいわね。卓夫くん、お母さん元気?」
「ええ。まあ」
「翔ちゃん、見ないうちに大きくなったわね」
「そうですか……どうも」
友子が話したがっているのが、優にはよく分かった。
「母さん。あっちに行ってよ。大事な話をしているんだからさ」
「大事って、もしや例の事件のこと話すんじゃないわよね」
優は呆れたとばかりに、友子の背中を押すように部屋から追い払った。
親にする態度じゃない。そうは思うが、今は別だと優は吹っ切った。
卓夫と翔はその親子のやり取りがまた楽しいと見えて、梨をほお張りながら笑顔で見つめていた。
「実は明日、その友達のところへ面会に行ってこようと思っているんだ」
 優が唐突に言った。
「一人でか?よせよ。共犯にされちゃあ大変だぞ」
三人の間にしばらく沈黙が続いた。
窓辺に置かれた時期外れの風鈴に優は目をやっていた。
山田博人に対する疑惑の念は優自身も拭い切れないでいた。
涼やかな風鈴の音に比べて、重い気分だった。
無実だと信じたい反面、どこか心の奥底に疑う気持ちが宿っていた。
卓夫が付近を案内がてら話をしようと提案した。
太っているわりに身軽で行動的なところが一般の態とは違っていた。
卓夫同様に、安木翔太にも同じようなことが言えた。
きゃしゃな体で、不健康な表情でありながら、常に運動は抜群で頭の閃きも優れていた。
優は個性的な二人に比べ、どちらかと言うとごく普通の中学生だ。
 
 
中学校付近に二人を案内した。実は前もって瞳に連絡をとって待ち合わせていた。
卓夫たちから散々茶化されて、紹介しろよと脅されては、優もしぶしぶ承知せざるをえなかった。
瞳は公園のベンチで座っていた。
「やあ……」優がいつになく恥ずかしげに声をかけた。
「あら、お友達なの。優君一人だとばかり思っていた」
思わず驚きの表情で話す瞳に、優は慌てて弁解をした。
「違うんだ。以前の学校の友達で……」優が言いかけた脇から卓夫が口を出した。
「ちわっす!俺、加賀卓夫っす。体に比例して心も大きいのが長所でーす」
ふざけた感じで挨拶をした卓夫に、優は渋い顔でにらんだ。
「ぼくは安木翔太っていうんだ。趣味は推理小説の分析ってとこかな」
いつも翔太は二人とは違う雰囲気でアピールした。
「いつもと態度が違うんじゃないのか」優は不機嫌だ。
卓夫はぺろっと舌をだして「だってさ、瞳さん、可愛いもんな」とマジで言いのけた。
「わたし、中瀬川瞳です。よろしく」
雰囲気に呑まれずに毅然とする瞳。二人の挨拶を無視するように自分の挨拶を始めた。
「今日はまたどうしてこちらへ?」
まるで大人のようなしっかりした質問に卓夫と翔太は一瞬、戸惑った。
そうだ。優に頼まれて、相談を聞くためにやって来たのだ。でも、瞳さんってかわいいなあ――。
瞳という存在が、二人の心を捉えてしまったのは事実のようだ。
九月も半ば、しのぎやすくなった気候とはいえ、照りつける陽射しは未だ真夏のままだ。
話べたの優にかわり、瞳はこれまでの経緯をていねいに説明し始めた。
この日の午後、実は、優は瞳と山田博人に面会を求めるつもりだった。
公園で瞳がそれまでの話を説明するうちに、いつのまにか皆、頷きながら黙り込んでいた。
事が深刻な方向にあると知って、卓夫たちは次第に重苦しい気分に変った。
突然、翔太は「そうか……」と言いかけて、にこやかな表情になった。
何事か優や瞳には知る由もなかった。
時間が迫っていたこともあって、気掛かりながらも卓夫たちを連れ、山田博人に会いに行った。
S市には唯一の警察署が町の中心から離れた所にある。
駐車場は数台しか停められない。
古き良き田舎時代をそのまま継承しているかのようなたたずまい。
中が見通せるガラス張りのドアを軽く押し、難なく中に入った。
入口脇で警察官に呼び止められた。
何もしていないのに、場所の所為か緊張する。一方、優はそんな自分が滑稽で仕方がなかった。
綿引刑事がカウンターの中にいて、じっと優たちを凝視していた。
案の定、ぞろぞろ生活安全課の部署に訳も分からず現れた少年に、綿引は不審感の眼で見ていた。
むろん卓夫や翔太は署内を大袈裟な仕草で見回していた。
そう思うと、綿引に不審がられるのは当然のことだった。
「君らは?」綿引の問いに、「あのう、この前……鬼木谷中の裏門で会いしましたよね」
「ああ。あの時の……で、何の用だ?」
優の返事に無愛想に言葉を返した綿引は、妙に枯れた太い声をしていた。
「山田博人に会いたいんですが……」
その瞬間、眉をぴくりとさせた綿引がにやりと笑みをこぼした。
「面会ねえ……一一応、重要参考人なんでね。今しばらくは会えないよ」
「重要?参考人?犯人ではないのですね」
「犯人?馬鹿を言いなさんな。違うよ。彼は犯罪に関わって三十年の俺が一目見てシロだと言い切れるよ」綿引の自信に満ちた言葉に、瞳が嬉しそうに質問をした。
「それじゃあ誰が犯人なんです?あの日、他に誰も見なかったし……」
「君らがいただろう?」
綿引は、からかい半分に笑いを誘ったつもりだったらしい。
その言葉に誰もが青ざめた表情になったのは言うまでもない。
優たち四人は、綿引刑事には脅かされ山田の面会もままならず、敗北感の心境で警察署を後にした。
「この事件は俺たち子どもには分からないことだよ。警察に任せたほうがいい」と翔太が言った。
なるほど、その通りだと誰もが思った一方で、優は諦めきれないものが胸の奥につかえたままだ。
「子ども、子どもと言うが、大人は肝心なしつけの話になると、『もう大人なんだから』って言うじゃないか。大人が好んで見聞きするものには『子どもには良くないから』と阻止する。ぼくたちは、大人なの?子どもなの?いったい何なんだって聞きたいよ!」
警察を出る時から無口になっていた瞳からボソッと声が伝わってきた。
「わたしたちは、大人でも子どもでもない中途半端な中学二年ってことよ」
確かにそうだ。
亡くなった遠藤も含め、教師や大人は『お前ら、いつまで子ども染みた事をやっているんだ』と言った。そうかと思えば、『ばか野郎!大人じゃないんだから黙っていろ』とよく口にしていた。
矛盾過ぎる言葉に、不安定なぼくらは戸惑っている。
                       第三章へ つづく ――

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?