あだ名【コント】

   物陰に隠れている二人の刑事。
   外を覗き込む、ベテランのヤマさん。
   深刻そうな、新人の森下。
   ヤマさん、森下の肩にそっと手を置く。
ヤマさん「ビビってんのか森下?」
森下「ヤマさん……」
ヤマさん「犯行グループ、『銀の狼』。確かに恐ろしい奴らだ」
森下「……」
ヤマさん「でもな森下。俺達のやるべきことは何だ?」
森下「……人質を、助けることです」
   ヤマさん、嬉しそうに肩を叩く。
ヤマさん「よし、突入だ!」
   ヤマさん、再び外を覗き込む。
   と、一気に、飛び出す。
   が、
森下「一つだけ!」
   慌てて止まるヤマさん。
ヤマさん「……なんだ?」
森下「……いつまで……森下なんですか?」
ヤマさん「え?」
森下「いつまで森下って呼ばれるんですか?」
ヤマさん「ん?」
森下「署に入って、もう3年」
ヤマさん「はい?」
森下「ヤマさん、ラグビー、マグナム」
ヤマさん「……何の話?」
森下「あだ名ですよあだ名! みんなカッコいいあだ名があるじゃないですか!」
ヤマさん「あ~」
森下「私もああいうの欲しいのに」
ヤマさん「お前、こんな時にそんな―」
森下「―3年経っても、森下!」
  森下、ヤマさんを睨む。
  ヤマさん、怯む。
ヤマさん「でもなぁ。森下は森下だからなぁ。物凄~く、森下って感じなんだよ」
森下「もしここで殉職したら、私、一生森下のままですよ!?」
ヤマさん「何がそんなに嫌なんだよ森下!」
森下「森下って言うなぁぁぁぁぁ!!」
ヤマさん「今は人質のことを考えろって」
森下「今までは我慢できましたよ一番下っ端だったし。でも、この間入ってきた神田林」
ヤマさん「?」
森下「あいつなんかすぐにデイビスって、なんかカッコいいあだ名ついて」
ヤマさん「あいつは名前が長いから。神田林じゃぁさ」
森下「入って2ヶ月のあいつにあだ名があって、私は……私は……」
  ヤマさん泣きそうな森下を見つめ、
ヤマさん「わかった。わかったから。この事件が終わったらちゃんと考えるから―」
森下「―今! 今つけてください!」
ヤマさん「今ですか?」
森下「私、ちっちゃい頃から森下なんですよ」
ヤマさん「そりゃそうだろ」
森下「じゃなくて! 学生の時もあだ名が無かったんです。だから、刑事になったら、あだ名持てるかもって」
ヤマさん「そんな理由で刑事になったの?」
森下「このままじゃ私、あの地味で目立たない3組の森下のままなんですよ! 変わりたいんですよ!」
   森下の真剣な眼差し。
ヤマさん「そっか……悪かったな、森下。あ、いや……とりあえず今は便宜上、森下と呼ぶが、そういうことであれば、俺が今、あだ名をつける!」
森下「ありがとうございます!」
ヤマさん「そのあだ名で、突入しよう」
森下「カッコいいやつ、お願いします」
ヤマさん「じゃあ……」
   ヤマさん、思案し、
ヤマさん「(ヤマさんのイントネーションで)モリさんってのはどうだ?」
森下「どういうことですかそれ!!?」
ヤマさん「……ダメか?」
森下「モリさんって、それは普通に森さんでしょ! 普通に森って苗字の人でしょ!」
ヤマ「そうなっちゃう?」
森下「しかもさん付け。言っても私、署で下から二番目なのにさん付けはないですよ! こそばゆい」
ヤマさん「でも俺もさ、ヤマさんだから」
森下「ヤマさんはいいんですよ。山、なんて苗字の人滅多にいないし。うちの署でも1、2を争うベテランなんだから。でもモリさんって。なんか森さんと、イントネーションを変えたところが痛いっていうね」
ヤマさん「そんなに言う?」
森下「もっとこう……そうだ、カタカナ系でお願いします!」
ヤマさん「えー、じゃ、じゃあロッキー」
森下「それは権利とか色々とまずいです」
ヤマさん「あぁ……」
森下「しかも私ボクシング知らないですし」
ヤマさん じゃあ……ジャンパー」
森下「服シリーズってことですね! でもそうすると一年中ジャンパー着なきゃいけないじゃないですか! 私、ジャンパー着てるイメージあります? ないんですよ。ないない。てか、ジャンパーって、おっさん
ボキャブラリーだなぁ」
   ヤマさん、泣きそう。
   森下、ヤマさんの肩をたたき、
森下「頑張ってください! ヤマさん!」
ヤマさん「じゃあ。マッチョ」
森下「そんなにマッチョじゃない」
ヤマさん「細マッチョ」
森下「細くもない」
ヤマさん「ラッキー」
森下「それはハッピー先輩とかぶる」
ヤマさん「ジン」
森下「黒い服を着た悪の組織みたい」
ヤマさん「テンガロン!」
森下「かぶってないし!」
ヤマさん「キンダイチ」
森下「うちのじっちゃん普通の人です!」
ヤマさん「じゃあ……自分で好きなやつつけていいから」
   森下、笑って、
森下「何を言ってるんですか! 自分で自分のあだ名をつけるなんて!そんな自意識過剰でカッコ悪いことできないっすよ!」
ヤマさん「めんどくさ」
森下「いたんですよねぇ大学の時、『俺のことはカルフォルニアって呼んでくれよ!』とか言ってきた奴。いや、そもそも本名すら知らねぇのにいきなりあだ名? そんな仲良くねぇし! てか、カルフォルニア感ねぇじゃねぇか、後で聞いたら岡山の小さな村の出らしくて―」
ヤマさん「―あぁーーー!!!」
   と、飛び出していくヤマさん。
森下「まだ途中なのに!」
   犯行グループと対峙するヤマさん。
ヤマさん「銀の狼、覚悟しろ! ……え?」
森下「?」
   森下、そっと覗き込む。
ヤマさん「だって、銀の狼っていう……そうか……そうなのか」
森下「?!」
ヤマさん「じゃあ、シルバーウルフ! そのまますぎるか……」
   森下、駆けだす。
森下「ちょっと、私が先ですよ!!」
ヤマさん「じゃ、地獄の狂犬。え? どっちかというと猫派?」

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