タイガーマスクのデビュー戦

「テレビ」という、長らくエンタメの中心にあったものを通じて、後にも先にも「あんなにビックリしたことはない」と言い切れる、個人的な思い出話です。


1981年4月、俺が小学5年生の時に何故か突然、「タイガーマスク二世」というアニメが始まった。

梶原一騎原作のアニメ「タイガーマスク」は1970年生まれの俺が物心付いた頃には夕方のアニメ再放送枠で繰り返し放送されていた。

その続編が夜7時半から新たに始まるらしい。
へぇ~、という気持ちだった。
特に思い入れは無かったので。


小学生の頃はプロレスを熱心に見ていた。
ある週のプロレス中継の最後に実況の古舘伊知郎がサラッと言った。
「来週の放送では、謎のマスクマン、タイガーマスクが登場します!」的なことを。

アニメの実写化?とは思わなかった。
10歳の子どもにも薄っすらと分かった。
来週出るらしい、タイガーマスクというプロレスラーは、アニメ「タイガーマスク二世」を盛り上げるための「企画モノ」であることが。

いやしかし、金曜夜8時の新日本プロレス中継は当時1番楽しみにして見てたテレビ番組だ。
まだビデオデッキも無い。
「ぜんぶ脳に覚え込ませるぞ」という気持ちで見ていた。

1981年4月23日。

アニメでしか見たことが無かったプロレスラー、タイガーマスクが入場した。

そして試合が始まった。

タッ タッ タッ タッ
タッ タッ タッ タッ

現在ではハリウッドザコシショウのネタにもなっている、「タイガーステップ」でタイガーマスクは動き始めた。

上の動画の1分20秒あたりを再生すると分かるが、

当時、初めてタイガーステップを見たプロレス会場の観客たちは

笑っている。

ウケているのではない。
嘲笑している。

人は、それまで全く見たことがないものを突然披露されると、
どう反応してよいのか分からず、

とりあえずバカにして笑う
ということをする。ことがある。

上の動画は数分しか試合内容が収められてないが、

動揺→嘲笑→衝撃→絶賛

が試合開始から2分以内に起こっている。

数分前までバカにされてたタイガーマスクは、数分で観客の心を掴んだ。


テレビの前の俺は

ボクシング?…と思った。
格闘技とかよく分からないが、ボクシングの試合みたいな動きだ。
今まで見たプロレスラーと全く違う。

えっ…?
人が…跳ぶ…?跳んでる…

「特撮?…いやこれは…生中継よね?」
と何度も思った。

人間が、あんなに飛んだり跳ねたりできるんだ…なんだこれは…

(余談であるが、この試合を同時刻に見ていた当時・小学6年生だった桜庭和志は、この日、プロレスラーになることを決意、その後は世界的な格闘家になっている)


小学生として数10分でタイガーマスクの虜(とりこ)になった。

当時、金曜夜8時という難しい時間帯にプロレス中継は視聴率20%を超える。

普段プロレスを見ない子ども達がタイガーマスク見たさにプロレスを見たからだ。

それまでパッとしなかった長州力が「俺は噛ませ犬じゃない!」とブレイクしたり、猪木が国際プロレスの人たちと1人対3人で試合をしたり、
毎週、おもしろかった。


初代タイガーマスクは確か1年半くらいで引退したと思う。

凄すぎる試合を当たり前のように毎週見せられると、人の感覚は麻痺してゆくもので、
引退間際は俺は見てなかったと思う。

タイガーマスクが赤いパンタロンを履いて試合をしてる記録があるのだけど、俺の記憶にはない。
もう見てなかったのか、凄さに慣れて印象に残ってないのかは分からないが。


タイガーマスクのデビュー戦の話に戻る。

よくよく、あの試合内容を冷静に考えると、

梶原一騎原作の漫画・アニメの方のオリジナルのタイガーマスクは、
「タイガーステップ」なんかしない。
飛んだり跳ねたりもしない。

要するにプロレスラー・タイガーマスクは、
梶原一騎が描いたタイガーマスク通りに試合をしなかったのである。

梶原一騎をガン無視。

梶原一騎が作ったオリジナルのタイガーマスクを、別の、現実のタイガーマスクが塗り替えてしまった。

梶原一騎、気分良くはなかったんじゃないかなぁ。


(ここからはウンチク話です)

この、タイガーマスクのデビュー戦が行われた蔵前国技館の興行は、

「プロレスとロックの融合」を初めて試みた興行でもあって、

タイガーマスクの入場時には「ブレインウォッシュバンド」が、ダイナマイトキッドの入場時には「外道」が演奏している。
あまり知られてないかもだけど、映像が残ってる。

「ロックバンド、外道の生演奏の中を…」と古舘伊知郎が言っている。

ロックバンド「外道」のギターボーカル、加納秀人は2013年にインタビューで下のように答えている。

このインタビューより抜粋。


もう周知の事実だけど、初代タイガーマスクをやってたのは佐山サトルである。

去年「真説 佐山サトル」という本を読んだのだが、とてもおもしろかった。

特におもしろかったのは「佐山サトルの息子」の証言。

佐山サトルの息子が子どもの頃、佐山サトルは「新しい格闘技(今の総合格闘技に繋がる)」を作ろうとしていて、殆ど家に帰ってなかった。

小学生のある日、佐山サトルの息子は母親から「コレがアナタのお父さんよ」とタイガーマスク全盛期のビデオを見せられる。

「スゴイ!お父さん、スゴイ!」と感激した息子は小学校の友達にタイガーマスクのビデオを見せる。

「これ、ボクのお父さんだよ!スゴイでしょ!」

しかし、21世紀の小学生は「そうなの?…へぇ…」という反応しかしなかった。

ガッカリして「親父、そもそも何の仕事をしてんだよ…」と思ってた中学生時代のある日、友人からネットのある動画を見せられる。

「これ、お前の親父じゃねえの?」

自分の親父だった。

なんとも…な話である。

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